SSシナリオ2「ゴブリンの襲撃」
第2話 SSシナリオ2「ゴブリンの襲撃」 村長の視点
「ゴブリン!」
村の南門付近から子供の叫び。
あれはフォスコン家の下の倅(せがれ)か。
門に登って遊んでいたことが功奏し南の森から出てきたゴブリンに気付けたのだろう。
しかし珍しい。普段は北の森から襲撃してくるのだが。
もう秋だ。人類も動物も冬に向けて蓄えをする時期だ。
森で他の生物との食料争いに敗れたゴブリンの集団がまた現れたか。
畑の収穫はほぼ済んでいる。…狙いは村の中の倉庫か。
レドワース国のほぼ北端にあるラッカ村は年に何度も獣やモンスターの襲撃を受けるので、村民の皆も対応は速やかだ。フォスコン家の倅の警告に応じて、周囲の畑で落穂拾いや片付けをしていた村民が村の石垣の内側へ走って戻る姿が見える。
東の畑で切り株の根を掘り起こしていた儂も、すぐに作業を中断して鋤を杖代わりに村の東門を目指す。
しかし年々痛みを増す膝のせいで走ることは叶わない。
ほどなく南門付近から門を閉じたという声が聞こえてくる。
その声は、村の南側で働いていた村民が全員石垣の内側へ無事戻れたことも意味する。先ずは良かった。
しかし同時に、次に危険なのは東門となることも意味していた。
ゴブリン共は南門からの侵入が出来ないとわかれば、村の石垣に沿って北上し、侵入可能な箇所を探すだろう。
そして膝の悪い儂よりもゴブリン共が先に東門へ辿り着くことは、考えずとも明らかだ。
「東門も閉じろ!」
戻ることを諦め、そう叫ぶ。
「村長!急いで!」
「儂ぁ間に合わん!閉門だ!」
死にたい訳ではないが、自分の欲で村全体を危険に晒す訳にはいかん。それに死ぬなら年寄りからというのが世の習いだ。
膝は悪いが畑仕事を続けられる位の腕力はまだ残っている。鋤も持っている。ゴブリン共の1匹くらいは道連れにしてやれるだろうさ。
村の南側へ目をやるとゴブリン共が村へ走る姿が見える。まだ少し猶予はあるか。
さて迎え撃つ肚を決めようと深呼吸をし終えたあたりで、背後から足音が聞こえて来る。儂以外にも誰か残っていたのか。
振り返るとトロールのように大柄な男が走ってくる姿が見える。オスカーだ。
「オスカー!お前まだ村に戻っておらんかったのか?!」
「向こうの畑手伝ってた。村長は?」
「儂ぁ走れん。置いていけ。ああ、傭兵のお前に依頼だ。村の皆を守ってくれ。」
「わかった。引き受けるよ。じゃあほれ。」
そういうとオスカーは眼の前で大きな背を向けてしゃがみこむ。
「何をしている?」
「ほれ早く乗って。」
「聞いとらんかったのか?儂は置いていけ!」
「村長も”村の皆”の一人だ。」
「ぐぬっ。」
なんという物事の優先順位がわからんお人好しか。戦士のお前がここで斃れたら村の守り手がそれだけ手薄になるというのに。
「村長急いで!間に合わなくなる!」
たしかに言い合いをする時間も惜しい。
見れば東門もまだ開いている。儂らをギリギリまで待つつもりなのだ。
選択の余地はない。
鋤を投げ捨てオスカーの背にしがみつく。
オスカーはすぐに立ち上がると東門へ向けて全力で走り始める。
…子供の頃、家畜の背にしがみついて走らせたことがあったことを不意に思い出す。オスカーの背から伝わってくる、太い骨と筋肉の動きがあのときの牛から伝わってきたそれと似ていたせいだろうか。
ほどなくしてオスカーの息があがり始める。
大男といえど、成人男性をひとり背負っての全力走は流石に堪えるのだろう。オスカーと、南側から回り込むゴブリン集団のどちらが先に東門へ到着するかの命懸けの競争になった。
頭を上げるとオスカーの肩越しに、東門に取り付いたモヤン家の主人の気が気ではない様子の表情が見て取れる。本当にギリギリなのだ。
ゴブリン共もこちらをはっきり認識している。儂らに先回りすべく走ってくる。いっぽう、あごを出し始めたオスカーは速度が少し落ちてくる。
このぶんでは競争は儂らの負けだ。
儂を助けようとしてくれただけで十分だよ。オスカー。お前はどうか助かってくれ。
オスカーへ儂を置いて行くように伝えようと改めて口を開こうとするタイミングと、東門からするりと一人の人影が外へ出てくるタイミングが重なる。そのせいで言いそびれてしまう。
門の外へ出てきた人影は胴鎧を着けている。ツェッペリンか。
ツェッペリンは身体の前で両手を素早く動かした後、左手をゴブリンの集団へ向ける。
目には何も映らない。しかし儂は何度かその威力を見たことがある。魔法だ。
先頭のゴブリンが、急に胸を押さえるともんどり打って転倒する。後続のゴブリン達はそれを見てギョッとしたように立ち止まる。
その僅かな隙に、オスカーは東門へ走り込みつんのめるように倒れこむ。
オスカーの背から降りつつ振り返ると、ツェッペリンもするりと門の内側へ戻って来るところだった。
東門にとりついていたモヤン家の主人と倅が素早く門を閉じ閂(かんぬき)をかける。
「東門!閉めたぞ!」
声が響く。
なんと。助かってしまった。
そう思ったら、いきなり身体が震えだす。肚を決めたつもりだったが、生き延びられたことを自覚したらその肚が緩んで恐怖が全身に回り始めたらしい。
「間に合って良かったです。村長。」
ツェッペリンがいつもの丁寧な口調で話しかけてくる。
儂は恐怖で呂律が怪しくなった口で、モゴモゴと感謝の言葉をツェッペリンとオスカーの二人へ述べる。
ツェッペリンは軽く会釈してそれに応えてくれる。
地面に大の字になってゼーゼーと息を整えているオスカーも、こちらの声が聞こえたのだろう左手を少し持ち上げて応えてくれる。
「村長、落ち着いたら村の中央へ。私は北門を見てきます。オスカーさん、息が整ったら北門へ来てください。」
南門に見張りを残して他の者達が東門へやってくるのを視界に収めながらツェッペリンは一息にそう言うと、残る北門へ走り出す。
(ツェッペリンの所作こそが正しい”冒険者の対応”だな。)
恐怖に震えながらそう思う。
そのいっぽうで、かたわらでまだ荒い息をしているオスカーに目を向け、こうも思ってしまう。
(だが一人の”人間”としてはこうありたい。)
畑で、儂を置いていくよう明確に指示をしても彼は従わなかった。
オスカーが村に来て半年、普段の彼の行動を見る限りでは『眼の前の困っている者を見捨てる』という選択肢がそもそも欠落しているようだ。お人好しを通り越してうつけなのでは?とすら思う。
こんな世の中では損な役回りを押しつけられる性格に違いあるまい。
「…光の女神様、この者達にどうかご加護を。」
震える手を合わせ、村の安全とオスカーら冒険者の勝利を束の間 祈る。
祈り終えると不思議と震えは止まっていた。
南門・東門は閉めたがまだゴブリン共が去ったわけではない。
いつまでも呆けている場合ではなかったな。さあ、村の長として責務を果たすか。
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