第5話 行方不明の女子高生・三木伶奈
私立桜の宮女子高等学校は、東京の山手にあるお嬢様学校だ。
朝のホームルームがはじまる前、3年1組の教室は
ちょっとした騒ぎになっていた。
クラスの三木
みんながグループLINEで伶奈に呼びかけてみたが、反応は全くなく
仲良しの
伶奈はお嬢様学校である桜の宮高校の中でも特に大人しく読書家の少女だった。
心優しい性格で、クラスの誰とも仲が良く
トラブルになっているところを見たことがない。
練崎愛は、すぐ後ろの席に座る浜辺汐栞と伶奈のことを何度も話し合った。
そういえば伶奈のうちに遊びに行ったことは一度もないし
どこに住んでいるのかも聞いたことがない。
私立校だから、通学域が全然違う可能性も勿論あるけど
伶奈のことを、実は何も知らないんじゃないかと段々思うようになった。
「三日も既読がつかないなんて、おかしいよ。変な事件に巻き込まれてるんじゃ…」
汐栞が心配そうに伶奈の身を案じ、愛も
「どうして伶奈の家族は、学校に何も言ってこないんだろう」と疑念を打ち明けた。
二人の座席とは遠くの方、クラスの中でも特に活発な相澤あたかが
「あたし、見ちゃったんだよね。伶奈の秘密バラすみたいで悪いから黙ってたけど」と近くにいたギャルっぽい生徒に伶奈の失踪について話し始めた。
愛と汐栞は一緒に席を立って、あたかたちの話に参加するため
教室の入り口の方へ移動した。
「最近、伶奈ってトー横でよく見かけてたのよね。一人で広場に座り込んでるの」
愛は思わず「そんな大事なこと何で今まで黙ってたの」と、
あたかに詰め寄りそうになったが、必死に自分を抑えて平静を保った。
失った時間は何を言おうが、どうしようもない。
相澤あたかは伶奈の行方の手掛かりを知る唯一の人間かもしれないのだ。
愛はあの辺りには一度も行ったことはなかったものの、トー横のあぶない噂はうんざりするほど耳にしていたし、場所柄、一刻の猶予もない気もした。
「相澤さんは、伶奈には話しかけかなったの?」
「そりゃねー。あそこってかなり個人的な場所じゃない?
伶奈は伶奈の事情であそこに行ってたんだろうし。何権限でって思わない?」
あたかは、明るい栗色に染めたさらさらの長い髪を掻き上げながら言った。
あたかが言っていることも一理あるが、
どうしても感情面でイライラした気持ちが出てきてしまう
クラスメイトが音信不通になっているのに、なぜそんなに切迫感がないのか?
でも、愛は喉元まで出かけたその言葉を飲み込んだ。
あたかと対立している時間の余裕など、ないかもしれないのだ。
「相澤さん、放課後一緒に伶奈を探しにいってくれない? 嫌な予感がするの」
今まで二人のやりとりを静かに聞いていた汐栞も
「私からもお願い…。あたかちゃんがいたら心強いし、伶奈のこと心配なの」
愛と汐栞の頼みを腕組みしながら聞いていたあたかが
「勿論いいけど。でも、二人とも伶奈がふだん何読んでるか知ってる?」と聞き、
汐栞が「伶奈はミステリー好きだよ。時々、海外の文庫本なんかも読んでる」
と屈託なく答えた。
「あたし、一度伶奈に黙ってブックカバーを外してみたことがあったの。
そのときに見たのが”魔法の使い方”って本で、あれは本物のヤバい本だったと思う。
練崎さんも汐栞ちゃんも、伶奈の心の奥なんて全部は知らないでしょ?」
そう問いかけられた愛はこれまでの信念がぐらついた気がした。
伶奈のよく分からないところ。伶奈の影の部分。
でも仮にそういうところがあるなら、それこそがこの件の原因なのかもしれない。
担任が教室に入ってきて「おーい。朝礼をはじめるぞー!」と
皆を席に着かせ、ホームルームがはじまる頃には
練崎愛は赤フレームの眼鏡を外して、ズキズキと痛むこめかみを指で押さえていた。
思考の渦に呑まれ、放課後のことを考えると、とても授業どころではなかった。
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