第3話 魔法使い、今回もまだ出ません!!(汗)

俺は赤沢さんの死体に近寄り、手首を持ち上げると

彼の手は驚くほど軽く、グニャリと力なく垂れた。

生きていたときより幾分小さくなった気がした。


何かの本で読んだのだが

人は死ぬと、21グラム体重が軽くなるらしい。

それが魂の重さなのだと、そこでは語られていた。


俺は持っていたタバコを供えてやろうかとも思ったが

今の赤沢さんには口すらない。


頭部は墜落して爆発したエレベータに押しつぶされて

跡形もなくペチャンコになっていることだろう。


俺は警察に通報するのも忘れて、棒立ちしていたが

警官たちは非常階段を昇って10分も経たないうちに四階までやってきた。

これだけの事故だ。街の人たちが通報してくれたのだろう。


もしかしたら、一階は火の海になっているかもしれないが

たとえ悪魔から「あなた今から焼死しますよ」と囁かれたとしても

俺にとっては赤沢さんの首なし死体と対面したショックの方が大きかった。


死体の周りにはすぐに非常線が張られ

痩身で目つきの鋭い刑事と

太っちょの刑事のコンビが近くまでやって来て


「ここの従業員の方ですね? 署までご同行願いますか」と言った。


パトカーの中では太っちょ刑事が

「僕らはただね、状況説明してほしいだけです。可哀想でしょ? 

 被害者だってあんな死に方しちゃったら」

と粘っこい目線でバックミラー越しに俺を観察しているようだった。


俺は赤沢さんが死んだ経緯いきさつはすべて説明した。

もちろん、昨夜のポルノサイト女の子首斬り事件のことは言っていない。


そんなことをこぼしてしまえば、容疑者の筆頭候補に躍り出るばかりか

黄色い救急車に乗せられて保護室に閉じ込められる可能性すらある。


痩せ刑事が

「だいたい分かりました。小山洋彦ひろひこさん?

 ところでこの写真の顔に見覚えはありませんか?」

と俺に聞いた。


写真には狡猾な目つきをしたガラの悪い男が

麻雀卓に手を伸ばしながら、タバコを咥えている姿が写っている。

男の友人が撮影したのだろう。


「知りません。これ誰ですか?」


太っちょ刑事が

板柳いたやなぎ剛造といって、二十年前に埼玉で銀行強盗した挙句

 駆けつけた警官二名を素手で撲殺した指名手配犯なんだ。

 でも、あと何年かで時効なんだな。

 こいつが今回の事件にどう関係しているか分かるか?」


「さあ?」


「赤沢耕作が死んだ現場。事故か殺人かは捜査中だが

 そこに板柳の指紋が残っていたんだ。

 それも、ただ残っているなんてもんじゃない。

 フロアのそこら中にあった。まるでそこで暮らしているみたいだったよ」


写真の男と赤沢さんは全く似ていない。


板柳剛造と呼ばれた男は

暴力に取り憑かれたよう人相が悪く、頬がこけ、

目の下にクマができていて

シャブでもやってそうな男だったが


赤沢さんは、表情も朗らかで福々しい丸顔だ。


しかし、もしもの可能性もあるので一応言ってみることにした。

「赤沢さんの死体が、その板柳って男の可能性はありませんか?」


痩せ刑事は面白そうにニッと笑って

「いや、その線は無い。死体の指紋は板柳剛造のものとは一致しなかったんだ。

 まあ、その赤沢だって頭部がグチャグチャになったわけだから

 歯型の記録が本人のものと照合はできないのは確かだがね」と解説した。


「ウチは客が出入りする表通りには監視カメラをつけているが

 非常階段や雑居ビルのフロアには防犯カメラをつけていません。

 でも、その板柳って男が滞在しているようなら、俺も他の従業員も気付きます。

 うちは交代制で殆どの時間、誰かが休憩所にいますからね」


俺が長い説明を終えると、痩せ刑事の方がタバコを一本恵んでくれた。

「よく頑張ってくれた。まあ、ちょっと間ゆっくり休憩してくださいよ」


痩せ刑事は太っちょ刑事に「ほら、行くぞ!」と命令し

二人は取調室を出て行った。


そうして俺は一人になった部屋で、モクモクと煙を味わった。

取り調べ後に吸う煙の美味さったら、不謹慎な話だがこの上なかった。


あれだけ酒もタバコも大好きだった赤沢さん。

彼が無事納骨されたら、カップ酒もタバコも供えに行こう。

そう思った。




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