Prologue (Ⅲ)
病院を退院して退魔局局長セイジ・アベが用意してくれた家を拠点にして生活が始まるのだが、その場所に秘書のクレアに案内されて雪兎は思考が全く追いつかないでいる。
「ユキト君、住まいはどんなのが良いかい?」
「え? ああ、お風呂とトイレ別だったら嬉しいです。あとは分からないのでお任せします」
その選択が間違っていた。自分も確認すると言うべきだった。気持ちとしては七万から十万前後でお風呂とトイレが別のアパートになると思っていたのだが、まさか超高層マンションの最上階のフロアまるまる一人で住む事になるとは思いもしなかった。
「ここは局長の持ち家の一つでして、局長曰くもう使っていないからユキト君にあげるよ、とのことです」
「持ち家!? いやいやいやいや、俺なんて来る途中にあったアパートくらいで充分ですよ」
「いえ! これは必要なことなんです。確かにユキト君の価値観は私達の価値観とほぼ同じ様なので安心しましたが、この世界の常識を知らない慣れない状態では命の危険さえあるので、安全面を考慮した結果です」
この世界で暮らすのに常識の一つとして魔素対策があり、その魔素対策を怠るとそこから魔物が発生することになるため魔素対策は義務付けられているが、どんなに対策しても世界から魔素が消えないため町のどこかしらに魔素の吹き溜まりが出来て魔物が現れているのは世界中のどの国も抱える問題となっている。
「それがこの高層マンションとどう関係しているんですか?」
「魔素は十階より上には溜まりません。下位ランクの飛行型の魔物は二十階より上には飛べません」
「な、なるほど」
他にも内外に結界が張られているため、仮に魔物が現れても侵入は拒め、たとえ許してもそこそこ暴れても平気らしい。
必要そうな家具は揃えられ、リビングのテーブルの上に何冊か重ねて置いてあり一番上の“退魔官になる基礎編〜安倍式〜”と言う本を手に取る。
「ユキト君に神聖力があるのは映像に映ってましたので、局長からのプレゼントだそうです」
「あ、ありがとうございます」
プレゼントと言われて他の本の表紙をパッと見ると全部、本をくれた局長が決め顔で表紙を飾っている物ばかりだったのが素直に喜べない所である。
一通り説明を受け、クレアは下の階に住んでいるそうで、時折に様子を見に来るそうだ。携帯電話も用意されていてクレアと局長への電話番号が登録されてあったが、パカパカの携帯――ガラパゴス携帯だったのが気になる所ではある。
夕食にしようと冷蔵庫を開けるが何も入ってない事を知り、買い物に行こうかと思ったが行く気なれず、一階にある喫茶店で済ませる事にした。コンセルジュがいて十八時まで一般開放されている喫茶店があるとんでもないマンションの最上階で暮らすことになったんだなと恐れ多く感じるところである。
▼
「いやぁ~ごめんね。本当は一緒に行きたかったんだけど、ユキト君は驚いていたかい?」
「普通のアパートで充分だといってました」
「だろうね。彼は歳の割に落ち着いているから僕は心配だよ」
魔素や瘴気は負のエネルギーを呼び、知恵ある魔物には狙われ、憑依型の魔物には取り憑かれると言うケースが多い。魔物に関係なく他にも自殺の発生率が高くなるのも負のエネルギーが繋ぎ止めていた気持ちを断ち切ってしまう事も調べがついている。
雪兎の生い立ちと朝から召喚されるまでの出来事を聞いて、家族と言うものに憧れその理想の家族像を手に入れた日に知らぬ世界へ召喚されたのだから、頭と心が追いついていないだけで心の奥底にはグチャグチャになった思いが沈んでいるに違いないとセイジ・アベは考えている。
「僕等は彼の家族じゃない。別の方法で気を紛らせて和らげてあげることだけさ」
いつまでも異世界から来た少年一人に時間を割く訳にはいかない。事件の後処理はまだ終わっていない。
責任追及を免れたとはいえ、S級とA級の退魔官を失った事務所への対応。表沙汰に出来ない事を隠すために関係各所への根回しをした上でのメディアによる心象操作と局長として出ないと行けない場面が多く残っている。
書類の山が追加された局長室には深く長い溜息が漏れた。
❅
マンションで暮らし始めて一週間が経ち、食料品の買い出し以外で少しずつ外に出始めるようになり今日は大型ショッピングモールへ行ってみる事にした。
電車の乗り降りからバスの乗り方は元いた世界とほぼ一緒で助かるが、クレジットカードとデビットカードのような決済はあっても電子マネーでのやり取りは無かった。電気電子系を操作したり好んだりする魔物がいるため、電子マネーのやり取りは危険と言う理由で大きい買い物以外は現金でのやり取りが安心らしい。
開店してから洋服にアコースティックギターにと色々と買い持ち切れなくなる度にそれらを全部宅配サビースを利用する。
最初は人生で初めての纏め買いをしてテンションが上がっていたが、ふっと糸が切れたかのように虚しくなった。
父が好きそうなコーヒー専門店を見ても、義妹の麗が好きなケーキ屋を見ても、それを話す家族に会うことはもう……
「
父雪成はコーヒーを拘る他に釣りが趣味で、釣ってきた魚を雪兎が捌き料理して、義母に教える約束したのを思い出してしまう。
家族との思い出が付き纏い、それを振り払うかのようにショッピングモールを去って当てもなく彷徨う。
本来なら高校一年の学生として高校に通い親友と馬鹿なことを言い合ったり青春を謳歌するはずだった。
それが似たような世界の似たような町並みの中で一人だけ居場所もなく生きるのは怖くて不安しかない。
「兄ちゃん、兄ちゃん。随分と湿気た面してんな。一振りどうだ?」
「え? あ、いえ、俺は――」
サングラスにアロハシャツの胡散臭い男が露天を開いていて声を掛けてきたのだが、その店は桃剣と書かれてある木剣を販売している店だった。
「ほら、これ売ってやるよ。本当なら一万のところを兄ちゃん何かヤバそうだし、五千で売ってやるよ」
「え、あ、はい」
勢いに押されて買ってしまったのは、刀身が三〇センチの全長四〇センチちょっとの物で、リュックにいれると丁度入るサイズだったのは売人が狙ったのだろう。
十四時を過ぎると往来が多くなり、学校帰りの学生達が視界に入ってはその姿に自分を重ねてしまい思わず走り出した。
「危ねぇ!!」
横断歩道の信号は赤だったのに気づかないで走って渡ろうとした所を武装した男に腕を掴まれて止められた。
「す、すみません」
「何が遭ったか知らねぇけど気をつけな。お前みたいな奴が魔素の吹き溜まりに迷い込んで奴等の餌食になんだよ」
「ほんと、すみませんでした。助かりました」
「あ! おい」
信号が青に変わって逃げるように走り出して公園のベンチに座って休んでいるとキッチンカーが入ってきて店を開き出した。
下校中の女学生がターゲットのクレープ屋なのだろう。それを待っていた女学生達が現れて列が出来ていた。
そのクレープ屋が人気店らしく、親子で来ている者も現れて繁盛して列が終わりを迎え始める頃。
クレープ屋の前を行ったり来たりと往復してはウロウロする幼女が視界に映った。
麗と同じ一〇〇センチちょっと位の背丈で長くて綺麗な桜色の髪に白いワンピースを着ている。
「クレープ食べる?」
その桜髪幼女に思わずそう声を掛けると、幼女は驚いてからすぐに頷いた。
無口な子なのか喋らない子だが、キッチンカーの前に置かれてある黒板にスペシャルベリー・ベリー・ストロベリーを何度も見ていたので何を食べたいのか分かっている。
「すみません。スペシャルベリー・ベリー・ストロベリーとチョコバナナクレープください」
丁度一〇〇〇
無言でただ一緒に食べる。それだけの事が今は妙に嬉しく温かく感じた。
スペシャルってだけあってクリームの量が凄いのか食べる口が小さいからなのか口の周りが凄くて、受け取る時に一緒に渡された紙ナフキンで拭いてあげると嬉しかったのか笑顔を浮かべて何度もこっち見てきた。
「あ〜、そう言えば麗も最初の頃そうだったな」
父に再婚したい人がいると言われて、顔合わせしたレストランで口の周りを汚した麗の口を拭いたら、嬉しそうに何度も拭いて欲しいと何度も目を輝かせて振り向いていたのを思い出した。
「食べ終わったらちゃんと家族のいる所に帰るんだよ」
クレープ屋が店仕舞してキッチンカーが公園を出て、少しのこと公園の空気に変化を感じ周囲を見渡す。
「何か嫌な感じがする。食べ終わったら公園を出よう」
クレープを食べ終わったのを確認して手を繋いで公園の外に出ようとすると見えない壁に阻まれて弾き返され、何が起こったのか分からなくて壁らしき物があった場所を叩く。
「すみませーん! おーい! 誰か!!」
目の前を通り過ぎていく人に声を掛けるが気付く事無く通り過ぎていった。
他に出入り口がないか探すために公園内を移動しようとするが手を繋いでる事を思い出し、一旦止まって幼女を抱えてから移動を始める。
出入り口は四箇所。学生が通学路の通り抜けで使っている綺麗な花を見せるためにある遊歩道。
清掃業者など入れるための収納できる車止めポールがある出入り口。
遊具がある出入り口。
どれも見えない壁に阻まれて外に出ることは出来ない。
公園内を移動して分かったのは園内に閉じ込められたは雪兎と一緒にいる無口な桜髪の幼女と子連れの女性と学校帰りの学生達。
「何でよ繋がらないの!」
「ここから出してよ!!」
「お願い気づいてよぉぉおお!!」
あっちこっちで見えない壁を叩いて叫んでいる。
携帯を取って見ると電波は着ているが発信されないでぷっぷっぷと鳴ってるだけだった。
いつの間にか人は減った様な気がしてどうすれば良いのか悩んでいると、抱えていた幼女が心配そうに此方の顔を伺っているとハっとして思い出す。
こういった場面に遭遇した時の対処方が“魔物に遭遇したら〜安倍式〜”に書いてあった。
それが出来る場所はこの公園で一つしか無い。
花壇にあった支柱を一本抜いて遊具があるエリアの地面に不格好な五芒星を描いて頂点を円で繋げていると男の子が母親の手から離れてこっちに来た。
「兄ちゃん何してんの?」
「簡易結界を張るんだよ。皆さんも学校か何かで習ったでしょ。打つ手がないならやりましょう!!」
そう言うと心当たりのある者が鞄の中を探り出し、護身用として学校からそういった物を支給されているのか分からないが、簡単に結界が発動するアイテムを使用して様々な結界が見える。三角錐、六角錐、八角錐などバリエーションのある結界を見た中であることに気づいてしまう。
それは座った状態で発動できる物と立った状態で発動する二種類があるということだ。
立った状態で発動できるとスペースを取らない分発動しやすいだろうが、助けが来るまで立ちっぱなしは辛そうだなと思った。
子連れのお母さんの方は結界を持っていなかったため、雪兎の結界に入れて改めて張ろうとするとサイドテールの女子高生に呼び止められた。
「その結界、私も入って良い?」
「別に良いけど……仲良くしてね」
女子高生が来て幼女が雪兎の後ろに隠れ、男の子はお母さんの後ろに隠れるというチビちゃん特有の人見知りが発動していた。
「うそ!? 本当にできた」
「ちょ!? 初めてなの!?」
そんな言葉に反応できないほど、ファンタジー感がある事ができて昂ぶって我を忘れそうになるがチビ達の視線に気づいて我に返る。
「この突き立てた支柱を動かすと、動かした面の結界が強くなるんだよ」
さっきまでの行動が恥ずかしくて誤魔化すように結界について説明していると他のエリアで見掛けた生徒がこっち側に逃げてきて、結界の存在を思い出したかのように真似して持っていた護身用結界を張り、持ってない者は友達の結界に入れてもらうが一人用の結界に一緒に入ったものは狭そうで、それが嫌で拒否した者もいた。
「あの〜、結界に入れてもらえたりしませんかね〜?」
気弱そうなブレザーの制服を着ている男子学生が少し怯えながら伺ってきて、手間だけど一回解除してもう一回五芒星を書く所から始めれば良いかなと考えていると――
「私のあげるから、それ使いなよ」
と結界内にいる女子高生が持っていた簡易結界を気弱な男子学生に投げ渡し、物が結界を貫通する事に驚いてしまった。
「え? 結界張っといて知らない感じ?」
こくこくと頷くと女子高生に飽きられながら結界の種類について説明される。
結界には幾つも種類あるが、この場には空間遮断の結界と邪気を祓う結界の二種類があって、学生達が張っている簡易結界が空間遮断結界で、雪兎が張っているのが邪気を祓う結界で外から中に入るのは無理だが、中から外へ出ていく事が出来る仕様になっているため、空間遮断と違って瘴気など害ある物を外へと排除することが出来るとのことだ。
「へぇ〜、物知りだな」
「まあね。退魔官志望だからね。フレイムリバー三姉弟のアミさんに憧れて――」
「ママ、おなかすいた〜」
十八時を回って日が落ち初めてもう薄暗く、公園の街頭に明かりが灯ったのは救いだが、男の子の言う通りお腹が空いてくる時間でもある。二人はクレープを食べたけど、買い物帰りの親子と学生達はどうだろう。
子がお腹すいたと言っても、買った食材は調理しないと食べれない物ばかり。
「帰ったら作るから、我慢しようね」
袋から見えたのは玉葱、人参、ジャガイモ、カレーを連想させる物だった。
「夕飯じゃないけど、食べれる物あるよ」
リュックからカットされいるロールケーキが一本出てきて、お茶、紅茶、コーヒー、オレンジジュース、いちごミルク、ミルクのストロー付きの小さなパックがごろごろと出てきた。
飲み物の前半は自分の好みで後半はいつもの癖だ。
「ちょっと、そのロールケーキお高いやつじゃん!? あ〜こんな状況じゃなかったら絶対お嬢様気分で食べたのにぃ〜」
そんな声をはいはいと流しながら、手を拭くためにウエットティッシュを出して渡して飲み物とロールケーキを配布していると女子高生から護身用結界を貰った男子学生が羨ましそうに見ている。
「遮断結界で聞こえてないけど、こっち見んなし」
「まぁ、確かに食べずらいよね」
女子高生がしっしっと手で振り払うと気弱な学生は別の方へ向き直り、お腹を満たすためにロールケーキを食べながら口の周りをクリームでベチャベチャにする幼女の口を拭ってやる。
「仲の良い兄妹ですね」
「あ、いえ。兄妹じゃないんですよ。成り行きで一緒にいるだけで……」
「そうなんですか。てっきり兄妹かと」
「もしかして君ってロリ――」
子連れのお母さんが仲の良い兄妹と勘違いし、約一名ロリコン扱いしようとした途端に雪兎の携帯電話が鳴り出し履歴を見ると専門家のトップからのコールだった。今は外部と遮断されて携帯電話が通じなかった状況なのは結界内にいる者なら知っているため緊張が走り他の二人は自信の携帯に手を伸ばし駆け出すが繋がらない。
「やぁやぁやぁユキト君。今日は一緒に夕食でもどうかな? あれ? もしかしてもう食べちゃいました?」
「今、それどころじゃないんですけど!?」
「迷子にでもなっちゃいましたか?」
「公園で閉じ込められてるんだけど」
「公園で? 閉じ込められてる? どういうことですか?」
見えない壁に阻まれて出れないこと、公園の周りを歩いている人には此方には気付かないで通り過ぎてしまうことを説明した。
「なるほど。巡回中の退魔官が気付かないレベルですか。それはまずいですね。ユキト君の他に閉じ込められてる人はいますか?」
学校帰りの学生達が多く、年長者は買い物帰りの主婦だけである事を伝え、視界に入る限りの学生が護身用結界を張って身を守っている事を伝える。
「遮断結界に閉じ込められているユキト君と私は何で電話ができているのかな?」
「結界の中にいたらそっちから電話がきたから?」
「その結界は何の結界ですか?」
「本にあった五芒星のやつ」
「本に――っ!? 破邪・五芒星の結界を張ったんですか!? あはははは」
何がおかしいのか不安でいるのに急に電話越しで笑われて思わず拳を作り強く握っていた。
「すぐに退魔官を向かわせます」
「そっか助かりました。みんな助けが来るって」
「ああ〜、喜ばせてなんですけど、おそらく張られた結界を破るのに時間がかかると思います。もしもの時は……結界の基盤となっている物があるはずなので破壊してください。これは素人に頼むような事ではないので決して無茶をしないでください」
「わ、わかりました」
電話を切ると長い相槌の内容が気になったのか視線が集まっている。ここで何でもないと言うべきか、正直に話すべきかで少し悩むが、正直に話すことにした。
結界を破るのに時間が掛かるかも知れないこと、最悪の場合は自分達で結界の基盤となっている物を壊さないといけない場合があると伝える。
「そうなんですね」
「やっぱそんな感じ?」
驚いてはいる様だけど、思ったより取り乱してなくて唖然とすると、急死に一生とかそういったテレビの特番で放送され、ドラマまたは映画などではお約束的な展開らしい。
五月とはいえ夜は少し肌寒い。男の子は携帯ゲーム機のお陰でおとなしいが、無口な幼女は欠伸をして眠そうにしていた。
「そのリュックどうなってるの? 凄すぎでしょ」
女子高生が驚くのも無理はないだろう。どう詰め込んだら入ってるのかと言いたくなる感じで
「私の膝貸そうか?」
その言葉で自分の膝と彼女の膝を見て、どっちが膝枕に最適かは比べる必要はなかった。
「あったか〜い」
体を動かさないから冷えたのかスカートが短いせいか湯たんぽとして欲しくて膝枕をかってでたようだ。
公園にある時計を見ると二十時を超え、電話してから二時間近く経とうとしているという事は結界を破るのに手を焼いているのだろう。
「っ!?」
「なに!?」
遠くで悲鳴が聞こえだし、その悲鳴の他にこっちに向かって無数の足音が聞こえ緊張が走るが、空間遮断する結界に守られている者には音や空気を感じる事はできないためか気づいていない。
「二人共おちびの目と耳を塞いで」
魔物と呼ばれる異形のモノが襲ってきたらグロい物を見ることになる悲惨な光景を見せないためにもそう伝えると二人は頷いて、女子高生は腰に巻いていたセーターを眠っている幼女の頭を覆い、主婦は息子をぎゅっと抱きしめて顔を胸に埋めさせ悲鳴が聞こえる度に抱きしめる力が強まっていく。
「ぎゃああああ! 助け――」
逃げている中で先頭を走っていた男子学生が近くで結界に守られている者に向かって手を伸ばした瞬間に体が真っ二つになり血飛沫が飛び結界を真っ赤に染め、空間遮断の結界のお陰と言うべきか結界内にいる学生の悲鳴が外に響くことはなかった。
遊具エリアにいる全員が探すが街頭の明かりだけでは心許なく魔物の姿が見えない。
「な!?」
雲が晴れて月光が強く照らし何かを反射して、その反射の先に視線を向けると上半身が女性の姿をした
上半身が女性の
魔物は真っ二つにした男の下半身を持ち上げて血肉を啜り終えると品定めでもするかのように周囲を見渡し、八角柱の細い立った状態で張っている結界の前に着て横一線に切断して結界ごと上半身と下半身をわかれさせ、また下半身の方から血肉を啜りだした。
また様々ある結界を陳列された品を品定めするかの様に見て回り、幾つか鎌で攻撃して弾かれ、そして座れるタイプの結界の前に来て地面を抉って鎌を引っ掛けて六角錐の結界をひっくり返す。
「うわぁぁああ!?」
主を無くした結界がころころと転がり、結界を張っている者達は自分の結界の下の部分が大丈夫か不安で叩いて確かめだした。
「どうなってんの!?」
「護身用結界を持ってるのは校則だから。でも用意するのは自分達で滅多に使わないからね……」
「ママぁ!?」
「大丈夫よ。大丈夫だから」
魔物がこっちに来て近くにいる気弱な男子学生の結界を鎌で攻撃するが結界に弾かれて、今度はこっちに向かって鎌が振られ結界に触れた瞬間バチバチっと音を立てながら弾くと痛かったのか直ぐに何処かへ去っていった。
寝ていた幼女は男の子が騒いでも起きずにぐっすり寝ているのには驚くが、それよりも男の子や他の結界に守られている学生達の精神が持たなそうだ。
結界の基盤になっている物を破壊するべきだと思い覚悟を決め結界を出ようとした時に女子高生に呼び止められる。
「そのリュックの桃剣持ってかないの?」
「何で?」
「何でって桃剣って邪気を祓う効果があるのよ? 逆に何で知らないの?」
この世界の人間じゃないから知りませんとは言えないため、苦笑いを浮かべながら桃剣をベルトに差して結界を出ようとしたが急に動きを止めて女子高生の方へ振り向く。
「何よ」
「結界の基盤て何かわかる?」
「その支柱みたいなもんじゃないの?」
「あーなるほど。ありがとう」
一度深く息を吐いてから意を決して結界を出て魔物が来た方へ向かおうとした瞬間――
「ぬわぁ!?」
嫌な感じがしてしゃがむと何かが空を切る音がして、見上げるとさっき去っていたはずの魔物が戻って来て背後から胴体を真っ二つにしようとしてきた。
離れていた魔物が雪兎の動きを察知して来たという事は、この空間内では結界で身を守っていない者なら誰が何処にいるのか動きを把握しているということになる。
「これはしくったかも」
桃剣を取り出して咄嗟に鎌を受け止めようとした瞬間に木剣で受け止めるのは無謀だと――
「ふぇ!?」
鎌を受け止めた桃剣は切断されることなくまるで鉄でできているかの様な音が鳴り、攻撃を反らして斬りつけると結界の時ようなバチバチとした音が斬りつけた場所になって爆発した。
「桃剣すご!」
斬った所が爆発するのに驚いたが、結界同様に痛みを与えただけで倒せるような感じではなさそうだが、それだけでも警戒して距離を取ってくれたのは助かった。もし強引に攻撃を続けられたら捌けずに鎌の餌食になっていただろう。
そして無意識に構えた桃剣の刀身が白く輝き出し、柄から温かい物が腕へと流れ始めやがて身体を巡り最後に鳩尾の辺りに集約していき身体の奥底に眠る何かに引火するかのように爆発し力が溢れてくる。
「何だこの感覚……まるで自分の身体じゃないみたいだ」
今まで何となく追っていた魔物の鎌の斬撃が目で追えるようになり、距離を取られても距離を詰めて桃剣による斬撃を振るう他に蹴りをいれると素人の威力のない蹴りでも強い衝撃を受けたかの様に魔物が吹き飛び体勢が崩れ、追い打ちをかけるべく距離を詰めようとしたが読んでいた本の内容が何故か頭を過ぎり、桃剣で小さめに五芒星を切りだす。
「
破の言葉とともに左手の掌底で押し出された五芒星がキャッチボールしたくらいの速度で魔物へと向かって飛んでいく。体勢を崩していなかったら簡単に避けていたであろう五芒星が命中すると魔物が苦しみだし、その当たった箇所を見ると五芒星の焼印が入り魔物を焼き続け、悲痛な叫びを上げながら羽を生やして何処かへ飛んで逃げていった。
▼
事件の発生が発覚してから二時間以上が経過して、騒ぎを聞きつけて野次馬が集まり騒いでいる。
その中で一番騒いでいるのは見回りを担当していた退魔官達の事務所の社長で世間体を気にして焦っている。
「何をやってるんだ! こんな結界くらい早く突破してみせろ」
「無理です。この結界はそこらへんの魔物の張る結界とは違います。迂闊なことをしたら何が起こるか分かりません」
「それでもお前はB級退魔官だろ!! そこら辺の退魔官より高い給料払ってんだぞ!」
「まぁまぁ、怒鳴っても解決はしません。それに彼の言う通り、こういった結界には何らかのトラップが仕掛けられているケースもあります。結界を無理に破ろうとして周囲を巻き込んでしまった事例もあります」
「何だ!? あんた――っち」
怒鳴り散らしていた社長は退魔局局長であるセイジ・アベに気づいてばつが悪そうに去り少しは彼の作業もやりやすくなるだろう。
退魔局局長として来ている訳でないが、立場的に指揮を執ることになり自分で派遣した退魔官のリーダーが報告に来た。
「局長! 局長の睨んだ通りでした」
「そう……ですか。では手筈通りにお願いします」
雪兎とのやり取りから、覚えのある退魔官を派遣して現場に訪れたセイジ・アベは
煙草に火を点けて蒸しながら事態を見守る。
❅
月明かりを雲が隠して街頭の灯りが公園を照らす中で、鉄と鉄が打つかるような音が響いている。
蟷螂の姿を模している上半身が女性の魔物は目の前に対峙している少年の行く手を阻んでいる。
少年の視線は魔物の背後にある繭玉に向けられ、その視線を遮るように魔物が立ちはだかった。
「それを破壊すれば――」
結界を解くために基盤となっている物を破壊するべく公園内を走り回りそれっぽいものを破壊したがどれも外れだった。酷いものは繭玉を切断すると肉団子にされた人だったモノを見てしまい、その時から恐怖心よりも怒りの方が勝り戦えている。
武器は剣と呼ぶには短い桃剣、描いた五芒星を飛ばす結界の応用技しか無い。
そして何より強気で渡り合えているのは急に力が湧き上がって身体能力が上がったからだ。
「っちょ!?」
今まで白く輝いていた桃剣の刀身が点滅しだして、消えかけた蛍光灯を連想して不思議な力が切れかけていると解釈し、身体能力が上がっているうちに魔物が守っている繭を早く破壊しようと気持ちが焦りだす。
だんだん身体が重くなるように感じ攻撃もなんだか重く感じ冷や汗が流れ始め桃剣の刀身の点滅が一層弱くなり意を決した。
「臨兵闘者皆陣烈在前、破!!」
五芒星を切りそれを打ち出すが狙いは魔物でなく後ろで守られている繭で、それを魔物が身を挺して守るが打ち出した五芒星の結界は囮だ。
力いっぱい跳んで頭上から全体重をのせた本命の突きに全てを賭ける――
「うぉぉおお!!」
高く跳んで真っ逆さまになりながら突き立てる桃剣は繭に向かって落下するが五芒星の結界を防ぎきった魔物が間に入り鎌を交差して防ぐが鎌を粉砕してなお勢いは止まること無く桃剣は魔物の頭蓋ごと繭を貫き役目を終えたと言わんばかりに根本から折れた。
息を切らし座り込んでいると外で待機していたのか人が雪崩込んで来て魔物の死体を見た退魔官達が驚いている中で見知った顔が現れてホッとした。
「やぁ、ユキト君お疲れ様です。まさか倒してしまうとは驚きました」
「最初は戦う気なかったんだけどね」
最初は結界を何とかしようとしたが、基盤となる物が分からなかったことと魔物に狙われて戦闘になり、一度は追い払うことに成功してそれっぽいの破壊してたら異様なまでに守る繭がありそれが結界の基盤だと思って破壊するために戦ってたら倒したことを説明する。
「それにしても
「ももけんじゃなくて桃木剣?」
「どっちも一緒です。疲れたでしょう。あとは退魔官に任せて帰りましょう」
「はい。その前に荷物を――とっぐぅ!?」
荷物を取りに戻ろうと振り返った瞬間にお腹に強い衝撃を受けて勢い余って尻もちを付くと、お腹に飛び込んできた幼女がぐっと抱きついていた。
この感覚に覚えがある。
麗が昼寝している間に買い物に行ったら、帰る前に起きてしまい帰宅したら不安から開放された嬉しさが勢いとなった突撃と一緒だった。
あの時の麗が大泣きして泣き止ませるのに苦労したのを思い出しながら幼女の頭を撫でる。
「これでパパとママの所へ帰れるよ」
「ユキト君、その子は妖精だね」
「妖精? どうみても幼女にしか見えないけど」
「妖精に関しては色んな姿があるからね。今回はそうだったてだけだね」
小人に羽が生えた妖精もいれば幼児の姿をした妖精など様々な姿で生まれるらしい。
妖精は人のプラスのエネルギーによって生まれるらしく、祭りなどイベントで一人増えてたりするのは妖精がいると噂され、そのイベントは成功していると言い伝えられお弁当など発注する場合は数人分多めに用意するのが習わしとされているが、現代では用意する者は少ないらしい。
「えっとじゃあ、この子はどうすれば?」
「妖精は何処にでもいて何処にもいない存在と言われているからね、その子の気分次第じゃないのかな?」
「ああ、じゃあ一緒に来る?」
こくりと頷いた幼女もとい妖精を連れて帰る事になった。
妖精が一人の人間に執着する事例はあるが報告例が少なく、それが目の前にいると言うことに興奮したセイジ・アベが妖精をマジマジと見ている姿が嫌だったのか妖精がユキトの後ろに隠れてしまった。
「あはは。嫌われちゃったかな。とりあえず送りますんで帰りましょう」
荷物を回収してセイジ・アベの運転する車で帰ることになり、車内で妖精と出会った経緯と事件に遭遇した状況の説明をした。
セイジ・アベの方も今回の魔物について説明される。
今回出現した魔物は分類で妖魔と言われる存在で、妖精がプラスのエネルギーで生まれるのと逆でマイナスのエネルギーで生まれるのが妖魔と伝えられ特に思春期のマイナスエネルギーが好まれその強さに比例して強い妖魔が生まれるそうだ。
「ああ、なるほどね。だから俺に大金と高層マンションの最上階をくれたのね」
思春期で異世界に召喚されて帰れない少年、その帰りたいと言う気持ちに妖魔が食いつかない理由がない。それから生まれる妖魔がどんなものか想像がつかない。なら危険な少年を――と考える者もいるかも知れないが、もっと厄介な怨念が世界に影響を与える恐れがある。なら世界を好きになってもらおうと考えた処置だ。
「事務所に所属してなくても退魔官になって稼げますか?」
「え? ええ。見回りなら低いライセンスでも稼ぐことができます」
妖精がこっちを見てニッコリと笑うのを見て決心する。
「俺、退魔官になります」
「本気かい?」
「この子は生まれたばかりの妖精なんでしょ? 俺もこの世界に来たばかりだから、一緒にこの世界を好きになろうと思います。それに何もしないでいるより退魔官になって見るのも良いかなって……」
デーモンによって召喚されたと言うことはデーモンなら帰す事もできるかも知れない。そのデーモンと交渉するにしても遭遇しないといけない。退魔官ならデーモンの情報も遭遇する確率が上がると思っての考えだ。
そんな浅い考えはセイジ・アベにも見通されていたのか深く溜息を吐かれてしまう。
「分かりました。確かに退魔師の資格は十五歳から習得できますが、簡単ではありませんので私が面倒見ましょう」
「はい。お願いします」
父さん、俺異世界で退魔官を目指すことにしました。
俺を召喚したのはデーモンで、そのデーモンを倒したら帰れなくなりました 猫の気まぐれ @nya_su
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