5.決着(5)

それは余りにも唐突で、予期など全くしていないことだった。

緑の葉を茂らせた何本もの蔓草が、身動き取れぬシェルフィドーラの胸元からわらわに目掛けて真っ直ぐに伸びて来たのだ。

躱すことすら儘ならぬ凄まじい速さにて。


伸び来た蔓草はわらわの身体にスルスルと纏わり付く。

気が付くと、わらわの身体は巻き付いた蔓草によって宙に高々と持ち上げられていた。

わらわは懸命に足掻く。

何とかして蔓草の縛めから逃れようと試みる。

けれども、わらわを縛り上げる蔓草はいつの間にかその太さを増していて、腕や脚をしたたかに締め付けていた。

身動きすら儘ならぬわらわは両腕を掲げるような姿にて吊り上げられつつあった。


噎せ返るような花の薫りがフワリと漂い来る。

甘く、濃密なその薫りは、わらわの意識をぼんやりとした霧の中へと包み込むようだった。

わらわは頭を巡らして薫りの元を見遣る。

そこには赤くて毒々しい色を湛えた花が幾つも咲き乱れていた。

わらわは次第に焦点を失いつつある目にて勇者さまの姿を探し求める。

勇者さま達の周りには数多の不死者が出現しつあって、一斉に襲い掛かりつつあった。


あぁ……、結界が失われてしまったのだとわらわは悟った。

迫り来る不死者どもに剣を向ける勇者さまたち。

その上に、大きな影が舞い降りつつあるように見えた。


何時しか意識が曖昧となりつつあるわらわは、衣装の裾や隙間から蔓草が忍び入りつつあることを感じていた。

忍び入る蔓草は樹液を纏っているようであり、ヌルリとした感触が肌に伝わり来た。

粘着く樹液が肌に拡がるにつれ、わらわの身体から力は失われて行くようであり、肌の感覚は次第に鋭敏となりつつあるようだった。


蔓草はわらわの肌の上を這い回り、身体は知らず知らずのうちに火照り震えつつあった。

何時の間にか、荒い喘ぎ声が喉の奥から迸りつつあった。

朦朧としつつある意識の中、わらわの脳裏に去来するのは勇者さまとの睦事むつごとだった。



わらわは旅の最中、勇者さまに純潔を捧げた。



皇女たる者が、いかに勇者とは言えども身分違いの者に身を捧げることなどあってはならぬことなのだ。

ましてやわらわは『斎女さいじょ』を継ぐ身。

『斎女』は純潔なる身でなくてはならないのだ。

もしもわらわがこのまま皇国へと還り、純潔を喪った身であることが露見したのなら、如何なる仕打ちを受けるのか知れたものではない。

申し訳程度の金子を与えられて国から放逐されるかも知れぬ。

宮城の奥底へと閉じ込められ、生涯をそこで過ごさねばならぬのかも知れぬ。


けれども、わらわは『斎女』となる宿命なぞ受け入れたくはなかったのだ。




蔓草は次々とわらわの衣装の隙間から押し入りつつあるようだった。

身体から力はとうに失せ、肌は粘液を帯びた蔓草によって撫で回されつつあった。

「あぁっ!」と吐息が口から漏れ出る。

敏感さを増しつつある肌にとって、その上を蔓草が這い撫でる様は、勇者さまの掌や指、そして舌の感触を思い起こさせるものだった。



わらわは『第三皇女』という産まれが恨めしくてならなかった。

二人の姉上様たちは壮健であり、わらわが女皇となる望みなどまるで無かった。

然れど、姉上様たちのお力は平凡そのものであって、わらわには遠く及ばなかった。

一番上の姉上様は、御身に何事も無ければ女皇を継ぐのであろう。

二番目の姉上は、何処ぞの国の王子に嫁ぎ、王妃として尊ばれる生を送るのであろう。

然れど、わらわは『斎女』を務める運命さだめにあったのだ。

『斎女』に就いたのなら、四十歳を過ぎるまで最高神殿の中で身を慎んで生きて行かねばならない。

恋することも叶わず、街を気ままに歩くことも叶わず、自由に旅することすら叶わない。

その定めが疎ましくてならなかった。

恨めしくてならなかった。

凡庸なお力しか持たぬのに、女皇や王妃として多くの人々から尊ばれる生を送るであろう姉上様たちが羨ましかった。

妬ましくて妬ましくてならなかった。

何とかして『斎女』としての宿命から逃れたかった。



そう願っていた時だった、勇者さまがアウグスタ皇国を訪れ来たのは。

勇者さまを一目見た時、世に稀なる傑物であることをわらわは悟った。

そして、こう心に決めたのだ。



いずれはこの勇者さまと夫婦になろう。

そのためには共に魔王軍と戦い、華々しき成果を挙げよう。


勇者の妻としての威光を以て、姉上様たちを押し退けて女皇の座を手にしよう、と。





蔓草に肌を撫で回されるわらわの意識は混濁の度合いを増しつつあった。

この場所が荒野なのか、それとも勇者さまとのねやなのかすらも判然としなくなりつつあった。

わらわは何時しか勇者さまの名を呼びつつあった。

このわらわの身体に触れて良いのは、勇者さまだけなのだ。

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