5.決着(4)

拡がり来た白き光に身を縛られた私は、何とかして身体を動かそうと試みる。

けれども、歩むことはおろか指先すらも動かすことが叶わなかった。

辛うじて、瞳だけを動かすことが出来た。

神官さまをじっと見据えた私は、その心を縛ろうとする。

恐らくだけど、彼女の意識を奪うなどしたら、この忌々しい結界を解くことが出来るのであろう。

魂の力を振り絞るようにして彼女を見据える。

例え生者と言えども、力を込めて見据えれば意識を朦朧とさせるくらいは出来る筈だった。

けれども、恐るべきことに神官は耐えてしまったのだ。

きっと長年に渡って修練を重ねてきた身なのであろう。



勇者、賢者、そして戦士がゆっくりと歩み寄りつつあるのが見えた。

油断無く周囲を見遣り、慎重に地面を踏み締めながら私目掛けて歩み来る。

私の心を後悔、そして絶望が満たしていく。

辛うじて動く瞳にて空を見遣る。

赤く染まった夕空は夜の気配を濃くしつつある所為か、黒の色合いを含みつつあるようにも見えた。

それは、私がこれから夥しく流すであろう血の色を思わせた。


生温い風が吹き抜ける。

まるで何者かが私の愚かしさや浅ましさを嘲笑っているかのようにも感じられた。


あぁ……。

私が勇者の刃にたおれてしまったのなら、樹隗候じゅかいこうさまはどんな反応を示すのだろうかとの考えが脳裏を過ぎる。

せっかくの忠告に耳を貸さなかった愚かな女だと嘲笑うのかもしれない。

魔王さまからの恩賞に目が眩んだ浅ましい者だと蔑んでしまうかもしれない。


気が付くと、勇者どもは私の眼前まで歩み来ていた。

その剣を青眼に構えた勇者は、私に向けてこう呼び掛ける。


「四魔候が一人、壖土侯ぜんどこうシェルフィドーラ殿!

大儀により討たせて頂く。

ご覚悟!!!」


きっとこの時、私は涙を流したかったんだと思う。

自分の愚かさや浅ましさが悔しくあった。

幻骨竜げんこつりゅうに跨がれぬことが哀しくもあった。

樹隗候じゅかいこうさまと語らえぬことが寂しくもあった。


けれども、私の目から涙は流れ出なかった。

神官の結界の縛めは、私の涙腺にも力を及ぼしているのだろう。


せめて、目を閉じるくらいの慈悲は欲しいなと思った。

自分の胸が勇者の剣で貫かれる様を見たくはなかった。


勇者が高々と剣を振り上げたその時だった。

唐突に、緑の薫りが漂い来た。

聞き覚えのある柔らかな声が耳へと響き入る。


「ジメジメちゃんってば~! 

無理しちゃ駄目だって言ったでしょ? 

ホントに困るんだけどさ~!」


揶揄うような声音が響くと共に、胸元のペンダントから緑の薫りを帯びた疾風が吹き出した。

そして、ペンダントの紐であった蔓草がその太さを唐突に増し、猛烈な勢いにて伸びて行った。

辛うじて動く眼で以て、私は蔓草が伸びゆく先を見遣る。

そこには陶然とした表情を浮かべる神官さまの姿が在った。

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