4.激闘(4)
目の前で起きつつある情景は、まさしく賢者さまが予見した通りのものだった。
妾たちを取り巻く地面の至る所から、夥しい数の不死者どもが次々と這い出つつあったのだ。
恨みをじっとりと湛えたかのような、低く昏い呻き声が辺りを満たし始める。
その数は、これまでよりも遙かに多かった。
百体どころではなく二百体を優に超えているように思えた。
もしかすると、三百体に迫る数なのかもしれない。
奴らが妾たちに向ける敵意の所為なのか、怖気がゾクリと背筋を走り抜ける。
【よし! それじゃ俺達で何とかするか!】と、勇者さまの檄が飛ぶ。
【ここが踏ん張りどころ、頑張りますしょう!】と賢者さまが答える。
【ふん、これくらい楽勝だぜ!】と、戦士さまが意気揚々と応じる。
【皆さん……。どうか、どうかお願いします!】と、妾は言葉を返す。
地面にしゃがみ込んで、さも具合が悪そうな素振りを見せながら。
押し寄せつつある夥しき不死者の群れを迎え撃つ戦いに、この妾は加わらないのだ。
【俺たちが何とかします。その間に準備をお願いします!】と、勇者さまが妾へと語り掛けて来る。
【はい、お願いします!】と、念話を返しながらも、妾は一心に勇者さまの無事を願っていた。
それからの闘いは壮絶そのものだった。
これまで幾多の闘いを難無く切り抜けてきた勇者さま達であっても、絶え間無く攻め寄せ来る夥しき不死者の群れには辟易し、今までに無いほどに苦闘していた。
勇者さまが風の刃を放って不死者の頭を打ち砕いたとしても、その体はよろめきつつも依然として寄せ来るのだ。
賢者さまが火球を放って打ち倒そうとも、燃え盛る仲間の体を盾にするようにして、その後に続く不死者たちは歩み続けるのだ。
戦士さまが一刀のもとに両断しようとも、不死者たちは次から次へと押し寄せるので、際限も無く剣を振り続けなければならないのだ。
三人は妾を護るようにして円陣を組み、津波のように寄せ来る不死者の群れを只管に退け続けていた。
空は依然として血のような赤さを湛え、その陰惨さやは夜が迫り来るにつれていよいよ増しつつあるように思えた。
妾は、目の前にて剣を振るう勇者さまの背中を見上げる。
勇者さまが纏う鮮やかな蒼色のマントは赤茶けた砂塵ですっかり汚れていた。
息切れしつつあるのか、その肩がせわしなく上下している様が目に入る。
妾の胸中に堪らない思いが込み上げる。
今すぐにでも祝福の祝詞を唱えたい、寄せ来る不死者の群れを一網打尽にしたいとの衝動を抑えることで精一杯だった。
気が付けば、視界がぼんやりと滲みつつあった。
念話に乗らないよう気を付けながら、妾は心の中にて勇者さまの名を叫ぶ。
幾度も、幾度も叫ぶ。
そんなことは決して無いだろうけれども、もしも勇者さまが命を散らしてしまったならば、妾は一体どうすれば良いのだとの思いを込めながら。
これから先の生を勇者さまと共に過ごし、力を合わせて魔王軍と戦い続け、その旅の果てに魔王を討ち果たす。
それを叶えなければ、妾には生きる術も、そして帰るべき場所すらも無いのだ。
目の前で剣を振り続けている愛する男を喪ったとしたら、妾の心はきっと壊れてしまうのだろう。
「俺を信じて下さい! 大丈夫だから!!!」と、勇者さまの声が妾の鼓膜を揺らす。
その声は力強く、そして優しかった。
「うん、うんっ……」と、妾は呟くように、呻くようにして言葉を返す。
知らず知らずのうちに目尻から滴が垂れ落ちる。
込み上げる嗚咽に抗いながら、妾は先程の打ち合わせ通りに準備を始める。
この荒野の何処からか妾たちの様を見据えている凄腕の『死霊使い』に気取られないようと一心に祈りながら。
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