4.激闘(1)

「ふむ……、さすがは勇者一味!

それぞれの力量は噂通りに抜群といったところですな!」


漆黒の燕尾服を身に纏った執事兼参謀である家臣が、忌々しげながらも感心したような調子にて語り掛けて来る。

その彼の近くでは、幾人もの下僕達が地平の彼方に目を凝らしたり水晶玉を覗き込んだりしつつ、羊皮紙の帳面にあれこれ書き込むなどしている。

彼らには魔王様に提出するための記録をまとめさせているのだ。

私がどのような攻めの手を繰り出し、勇者一味はどのように対応したのかを細やかに書き記させている。


家臣の言葉に黙ったままで頷いた私は、次なる手を繰り出すべく荒野に眠る死霊達へと語り掛け、永き眠りから喚び起こし始める。

私の姿形のイメージを送り込むようにして。



金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまから勇者一味への『威力偵察』を命じられてしまい、涙ながらもそれを引き受けざるを得なかった私は、屋敷に戻ると直ちに家臣たちへ準備するよう命じた。

そして、八頭立ての骨馬車に乗って屋敷を出発した。

屋敷を出る間際、幻骨竜げんこつりゅうに行って来ると告げたけれども、実に寂しく哀しげな唸り声を上げていた。


あの勇者一味が、過去に起きた魔王軍と人間の軍勢との大きな戦いの場である荒野を通り掛かっていたのは本当に運が良かった。

その地に眠る数多の骸を使役することが出来るのだ。

荒野を見下ろす高台の上へと身を隠した私達は、遙かな上空を舞うゾンビ鳶、あるいは密やかに地を這うジャンゴ蟲の眼を通して戦況を見守っていた。

恐らくは魔王様も遠視の術を使い、この場をご覧になられているのだろう。


「次は、如何なされます?」と、家臣が私に問い掛けて来る。

「そうね……、次はメンバー同士の連携を確認しようかしら……」と言葉を返した私は、喚び起こした死霊達と語らい始める。



魔族や魔物、人間やその家畜。

この荒野にて命尽きた者達の魂は、ひっそりと眠りに就いている。

誰からも顧みられぬが故の、凍て付くような孤独から目を逸らすようにして。

そんな死霊達からしてみれば、私からの語り掛けは春の陽だまりの如く暖かなものらしい。

私が彼等へと呼び掛けると、驚きの声を以て応えてくる。

私が労りの言葉を投げ掛けると、泣き出さんばかりの歓喜に震えてくれる。

私が懇願すると、我先に言わんばかりに戦いへと趣いてくれる。

戦いに身を散らした彼等に対し、私は労いと感謝の言葉を伝える。

彼等は満ち足りた思いを抱きながら、再び永き眠りへと就く。

『四魔候』と持ち上げられたところで、私に出来るのは死霊達と語らうことくらいなのだ。

陰気な上に舌足らず、風采にしても単調極まりなく、そして頭の回りも遅い私に対し、歓喜を以て応えてくれる死霊達には感謝する他に無いのだ。


それはともかく、勇者一味は噂に違わず秀でた力を持っているようだった。

骸骨剣士が繰り出す剣戟を児戯の如くあしらってしまう勇者の精妙な剣捌き。

白骨亀の強固な甲羅を一刀両断してしまう豪快極まりない戦士の剣技。

空から襲い来る骨翼竜を的確かつ素早く撃ち落とす賢者の魔法。

そして、百体を越える不死者の群れを一挙に殲滅してしまう神官の神聖魔法。


並みの冒険者ならばとっくに討ち滅ぼされているであろう攻撃なのに、あの勇者一味は傷一つ受けることも無く健在のままなのだ。

口惜しくもあるけれども、それぞれの力量を相応に確認出来たから良しとしよう。

次はどのように連携して攻撃へ対応してくるかを確かめることにする。


それにしても、と私は思わず歯噛みしてしまう。

闇が空を埋める夜ならば、死霊達はもっと力を発揮できるのにと口惜しく思えてしまうのだ。

魔王様が戦況を余すこと無く確認するためには夜だと都合が悪いとのことだ。

そのため、まだ陽も落ちぬ時間なのに戦いを仕掛けなければならぬ羽目となってしまった。

仮にこれが夜だったら、と夢想もしてしまう。

夜ならば死霊達は存分に力を奮えよう。

もしかすると、勇者一味を倒すことすら夢では無いかもしれぬのだ。

もし勇者一味を討ち滅ぼしたならば、魔王様から恩賞を存分に頂けるだろう。

精気を失いつつある幻骨竜を温泉へと連れて行くのに必要な金子に思い煩うことも無くなるだろう。

骨艶も褪せつつある幻骨竜げんこつりゅうのことを考えると、胸が締め付けられるような思いに駆られてしまうのだ。

そして、私が未熟で不甲斐無い当主であるばかりにと、自責の念もまた込み上げて来てしまう。

今日はもう少しだけ頑張ろう。

勇者一味を倒すことなど叶わぬとしても、彼等の力量をもう少しだけ確かめよう。

そして、彼等が私の居場所を突き止めるなどして反撃してくる前に、この荒野から引き上げることにしよう。


魔王城にて樹隗候じゅかいこうさまが掛けて下さった言葉が胸中にて蘇る。


『ジメジメちゃ~ん、無理しちゃ駄目だからね!』


知らず知らずのうちに、彼が私の首へと掛けて下さったペンダントを握り締めていた。

仄かにひんやりとしたその感触は、焦りを覚えつつあった私の心を宥めてくれるようだった。

蔓草で作られた紐は茶色く乾いているはずなのに、妙に瑞々しく感じられてしまった。

それはまるで、ひっそりと脈打っているかのようにも思えてしまった。

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