3.襲撃(2)

わらわはアウグスタ皇国の皇女だ。

『第三皇女』であって、上には二人の姉上さまがおられる。


そのわらわが初めて勇者さまたちと相見えたのは一年ほど前のこと。

当時のわらわは、我が国の最高神殿にて『斎女さいじょ』としての修行に明け暮れていた。

斎女さいじょ』とは浄き身体の皇女が代々務めていて、十代の後半から四十代の半ばまでの間、最高神殿の中にて身を慎みながら神に仕えるという役周りだ。

国の安寧の祈りを神々に捧げるための重要な役周りなのだ。


その頃。

わらわの国は暴竜ジャマタヴォルグの猛威に苦しめられていた。

長年に渡る魔王軍との戦いは事実上の休戦状態ではあったけど、血の気が多く強欲な魔物共は人間界へと勝手に侵入しては各地にて好き放題に暴れ回っている。

そんな魔物共を退治するには、国の軍隊だけでは手が回らないのが実状だ。

各地に自警団的なギルドが雨後の竹の子といわんばかりに発生し、所属している冒険者たちが報奨金目当てに魔物退治へと勤しんでいる。


それにしても、暴竜ジャマタヴォルグは実に厄介な存在だった。

普段は山の中に潜んでいるけれども、やたらと臭い糞尿を垂れ流しては川を穢してしまうのだ。

そのお陰で、下流にある村々では、稲作に川の水を使うことが出来ず不作に苦しめられてしまった。

奴の糞尿を含んだ水を田に流し込もうものなら、稲の葉は汚らしい赤紫色に変わり果て、見窄らしく腐り落ちてしまうのだ。

水を穢すことのみならず、好色であることもまた厄介だった。

自分の姿形を八通りに変化させることが出来るらしく、その姿にしても幼い少年であったり妙齢の女性であったり、中性的な容姿の青年だったり活発な雰囲気を放つ少女だったりと、まさしく変幻自在だったと聞く。

変化した姿にて街中を訪れ、これはと目を付けた若い女へ近寄っては言葉巧みに話し掛け、油断させて籠絡してしまい、山の中へと拐かしては色欲の捌け口としてしまうのだ。

被害に苦しむ民の声を受けた女皇たる母上は軍を差し向けて討伐しようしたものの、ジャマタヴォルグはその姿を自在に変化させ、各地を巧みに逃げ回るために捕えることも叶わずにいた。


そんな時だったのだ、勇者さまたちが我がアウグスタ皇国を訪ね来たのは。

北方に在る小国の出身だという勇者さまは、幼馴染みの賢者さまと共に諸国を巡る旅の途中であって、その勇名を次第に高めつつあった。

勇者さまが女皇へと謁見する場に居合わせていた私は、彼の佇まいや雰囲気からはっきりと悟った。

この勇者さまは、世に溢れる紛い物の勇者などとは全く格が違う存在であると。

そして、こう心に決めた。

わらわの生、このお方に賭けてみようと。


謁見を終え、街へと戻ろうとする勇者さまを密かに引き留めた私はこう持ち掛けた。

私が囮を務めるから、共にジャマタヴォルグを討ち果たそう、と。


一計を案じた妾わらわたちは、このような噂を流した。

斎女さいじょ』の修行として、わらわは人里離れた山奥の泉へとひとり趣き、三日三晩に渡って身を浄めるのだと。

そんな噂を流したならば、好色なジャマタヴォルグは私を拐かすために現れるだろうと踏んだのだ。

わらわの見目麗しさは国中に知れ渡っていて、そのことは当然ながらジャマタヴォルグも知っている筈だった。

そのわらわかどわかす機会が訪れたのならば、好色なジャマタヴォルグは必ずや姿を現わすと考えたのだ。


予想は見事に的中した。

二日目の晩、夜霧に紛れるようにしてジャマタヴォルグは姿を表わしたのだ。

幼い少女の姿で現れたジャマタヴォルグは、木の実拾いに一緒に来た母親の姿を見失ってしまったと涙ながらに告げ、母を一緒に探して欲しいと頼み込みつつ、わらわの手を取って山奥へと引っ張って行こうとした。

見た目は巧みに幼子を装ってはいたものの、その手は冷ややかであって人でないことは直ぐに分かった。

わらわは直ぐにその手を振り解き、目眩ましの閃光魔法を放った。

それを合図として、気配を消して潜んでいた勇者さまが颯爽と現れ、少女の姿をしたジャマタヴォルグの喉元へと剣を突き付ける。

正体が露見したことを悟ったジャマタヴォルグは八つの首を持つ竜へとその姿を変え、おどろおどろしい叫びを轟かせながらわらわたちへと襲い掛かって来た。

八つの首から繰り出さされる矢継ぎ早の攻撃を勇者さまは危なげも無くいなし、その場に駆け付けて来た賢者さまや戦士さまと力を合わせて見事に討ち果たしたのだった。

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