3.襲撃(1)

荒涼たる荒野は赤茶けた砂礫に覆い尽くされていて、緑の色など一片たりとも見当たらなかった。

西へ傾きつつある陽は赤々とした光を地に投げ掛けていて、乾き切った風がザワリと吹き過ぎていた。

その荒野の只中にて、わらわたちは唐突に襲い掛かって来た不死者の群れと延々たる戦いを繰り広げていた。


六本の腕それぞれに焦茶に錆びた蛇剣を掲げた骸骨剣士が、土煙を巻き上げながら猛然と迫り来る。

威嚇するかのような骨の音がカタカタと響き来る。

疾風のようにその前へと立ちはだかったのは、他でもない勇者さまだった。

眼窩の奥に赤紫の光を瞬かせた骸骨の剣士は、勇者さま目掛けて次々と剣戟を繰り出す。

薙ぎ払い、袈裟斬り、そして諸手突き。

焦茶の刃が続けざまに勇者さまへと襲い掛かる。

次々と繰り出される刃を易々といなした勇者さまは、一瞬の隙を見出し、構えた剣で以て相手の胸元へと閃光のような突きを叩き込む。

突きをマトモに喰らった骸骨戦士は無念の叫びを迸らせ、身体の骨を四散させながら遙か彼方へと弾き飛ばされて行った。


次の瞬間、辺りの地面がグラグラと揺れ始める。

赤茶けた砂煙が濛々と立ち籠める。

轟音と共に、大地を爆ぜさせるようにして巨大な白骨亀が地中から姿を表わす。

馬車ほどもあろうという巨体を誇る白骨亀は、重々しい地響きを轟かせながらわらわたちへと迫り来る。

その脚の太さは酒樽ほどもあっただろうか。

踏みしだかれでもしたら、たちまちのうちに不具と成り果てるに相違あるまい。

けれども、横合いから浴びせられた斬撃によって、その巨体は西瓜の如く真っ二つに斬り裂かれてしまった。

斬撃が放たれた方へと顔を向けると、戦士さまが身の丈ほどもあろうかという長剣を構え直す姿が視界へと飛び込んで来る。

哀しげな叫びを迸らせた白骨亀は、その巨体をボロボロと崩れ落ちさせて行った。


安堵の念を抱いたのも、ほんの束の間だった。

甲高くも奇っ怪な鳴き声が響き渡る。

それは、空の彼方から響き来たようだった。

【北からだ!】と、賢者様の念話が頭の中へと飛び込んで来る。

つられるようにして北の空を見遣ると、五羽の骨翼竜が甲高い叫びを上げつつ舞い降りて来る様が目に入る。

【頼むぞ!】と勇者さまの念話が響く。

【任せろ!】との返事と共に、賢者さまが高々と杖を構える。

多重詠唱を難無く済ませた賢者さまの杖が赤い光を帯び、その先から火球が続けざまに撃ち出される。

放たれた火球は鋭い風切り音を放ちながら宙を翔び、迫り来る骨翼竜へ次々と命中する。

火だるまとなった骨翼竜どもは、断末魔の叫びを迸らせ、燃え滓と成り果てながら地表へと落下していく。

地へ堕ちながらも、幾羽かの骨翼竜はわらわたち目掛けて骨の槍を投げ放った。

夕陽を浴びた骨の槍は磨き抜かれた刃のようにギラリと輝く。

込められた殺意を誇示するかのようにして。

けれども、放たれた骨の槍がわらわたちの居る場所へと辿り着くことは叶わなかった。

空を仰ぎ見た勇者さまが、その剣を横凪ぎに振り抜く。

まさしく目にも止まらぬ迅さにて。

剣の軌跡からは風の刃が勢い良く放たれて、迫りつつあった骨の槍を木っ端微塵に打ち砕いた。


胸を撫で下ろしたものの、敵の攻勢は息つく暇を与えぬほどに苛烈で執拗なものだった。

わらわたちを取り巻く荒野の至る所から、数多の不死者どもが次々と這い出して来たのだ。

恨みを湛えた呻き声が、鼻を突く腐肉の臭いが辺りに立ち籠める。

白骨の姿であったり腐乱した姿であったり、人の形であったり獣の形であったりと、その姿形も様々な不死者の群れが四方八方からジワジワとわらわたちへ迫りつつあった。

その数は十体や二十体どころでは無く、百体を優に超える夥しきものだった。

今度はわらわの番だ!と思った。

【任せて下さい!】と念話にて叫んだわらわは、右手に携えた聖杖を高々と掲げる。

祝福の祝詞を手早く唱えながら杖の先端へ魔力を込め始める。

詠唱が終わった刹那、杖の先端から白く眩き光が辺り一面へと放たれる。

眩い光は波紋のように繰り返し繰り返し放たれ行く。

わらわたちに迫りつつあった不死者の群れは押し寄せる光の波の中、その身体をボロボロと崩れさせて土へと還って行った。


【ありがとう、流石だね!】と、勇者さまの念話が響き来る。

思わず顔を赤らめたわらわは、【いえ、皆様こそ本当に凄いです!】と念話を返す。

【油断しないで、また来るよ!】と賢者さまが呟き、【幾らでも来いってんだ! 片っ端から蹴散らしてやる!】と、戦士さまが勇ましげに念話を返す。


わらわたちは互いの背を預けるようにして円陣を組み、周囲の様を油断無く見遣る。

日没までもう間も無いのか、空は血のように赤黒く染まっている。

低くて重々しい不気味な音が荒野のあちこちから響き来る。

地平や空の彼方には黒き影が蠢く様がちらほらと見える。


わらわの左の手のひらがそっと握られる。

ちらりと左を見遣ると、勇者さまのお姿が其処に在った。


「大丈夫、何があってもお護りします!」と、勇者さまはわらわの耳元にて囁く。


その囁きは、わらわの身体をじんわりと熱くするようだった。

赤らみつつある顔を勇者さまに見せることが恥ずかしく思えてしまい、わらわはつい勇者さまから顔を背けてしまう。

けれども、左の手のひらは勇者さまの手を強く握り返していた。

ごく当たり前のようにして互いの指は絡み合い、互いの熱を交しつつあった。

戦いの最中なのに、わらわの身体は勇者さまの熱を思い出しつつあるようだった。

何があろうとも、何処に行こうとも、この手だけは絶対に離さない。

そう思った。

もう、後戻りなど出来る訳は無いのだ。

勇者さまの手のひらが与えてくれる束の間の安らぎの中、わらわはふと回想へと耽った。

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