2.命令(8)

私が樹隗候じゅかいこうさまに交替をお願いしなかったのは、ご叱責を賜るのが怖かっただけではない。

上手く事を成し遂げたら、恩賞を魔王様から頂けることが魅力的に思えつつもあったのだ。


恥ずかしい話なのだが、代々続く魔界の名門貴族と言えども、我が壖土侯ぜんどこうの家は金子に余裕がある訳では無い。

それなりに広大な領地を抱え、配下には多くの不死人を従えてはいるけれども、彼等の大半は日中には眠りに就いているのだ。

だから、領地の管理などといった雑務は金子を払って他所の者に頼むことが多かったりする。

それ故に、他の四魔侯の家と比べて余裕が無いというのが実状なのだ。

幻骨竜げんこつりゅうの具合が悪くなったのも、我が家が困窮しつつある所為なのだ。

先程に金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまが仰ったように、幻骨竜げんこつりゅうは死体であって骨にしか過ぎない。

けれども、その骨には定期的に魔力を与えてやらなければならないのだ。

元々の生まれ故郷は魔界の辺境にあるヴァスチン火山の付近である所為か、定期的に其処にある温泉へと連れて行き、温泉に浸らせる必要がある。

大地の奥底から滾々と湧き出る温泉は幻骨竜げんこつりゅうの骨に宿る魔力を回復させる力を秘めているらしい。

その温泉に心行くまで浸った幻骨竜げんこつりゅうは骨も艶やかに白く輝き、漲る魔力のためか身体も随分と膨らんで見える。

従える鬼火の数も回復し、その姿はより厳かで力強いものとなる。

幻骨竜げんこつりゅうの精気を保つためには、定期的に温泉へと連れて行く必要があるのだ。

ただ、如何せんヴァスチン火山は魔界の辺境にあるため、そこに趣くには相応に金子も必要となってしまう。

その金子を賄う余裕など、このところ我が壖土侯ぜんどこうの家には無いのだ。

幼き頃から家族のように親しみ、その背に載せられて空を飛んできた幻骨竜げんこつりゅうが弱り行く様を目の当りにするのは本当に申し訳無いし、身をつまされるように悲しい。

幻骨竜げんこつりゅうを大切にしてきた先祖に対しても本当に申し訳無いと思っている。

だから、今回の務めを上手く果たして魔王様から恩賞を頂けたら、幻骨竜げんこつりゅうをヴァスチン火山まで連れて行って元気を取り戻させることも出来よう。

幻骨竜げんこつりゅうの活力を取り戻すためにも、私は今回の務めを全うしなければならないのだ。



決意を固め、歩みを進めようと再び足を踏み出した時のこと。

背後からの視線を感じた私は、ふと振り向いてみる。

廊下の彼方に人影が見えた。

それは、樹隗候じゅかいこうさまのお姿だった。

先程のようににこやかな表情では無く、何処と無く物憂げで沈痛な雰囲気を纏っているように思えてしまった。

けれども、私が振り向いたことに気が付いた樹隗候じゅかいこうさまは、直ぐに軽薄な微笑みをそのお顔へと浮かべ、挨拶をするようにして右手を挙げる。

そして、「ジメジメちゃ~ん、無理しちゃ駄目だからね!」と私へと呼び掛けてから、踵を返し歩み去って行った。

私は何時しか樹隗候じゅかいこうさまが掛けて下さったペンダントを握り締めていた。

ヒヤリとしたその感触は、私が心に抱く怯えや焦燥をサラリと宥めてくれるように感じられてしまった。

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