2.命令(5)

けれども、金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまは頭を左右に振ってからこう口にされる。

仄かながらも険を帯びつつある調子にて。


壖土侯ぜんどこう殿が申される通り、潮嘯候ちょうしょうこうは冷徹なる者ぞ。

然れどな、その冷ややかさは与えられた任務の意義に向けられることも多くてな。

何故に此度の任務を果たさねばならぬのだと延々たる議論になりかねん。

まさしく『水掛け論』ぞ。

仮に任務を受けたにしても、己の遣り方に拘る癖もまた強いのよ。

勝手なことをされては困る今回の任務には不向きぞ」


そう告げた金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまは、「フン!」と荒々しく鼻息を吐く。

不機嫌がいよいよ募りつつあることの証だ。

私は泣き出したいような気持ちに見舞われる。

なけなしの勇気を振り絞って二度までも金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまにご注進申し上げたのに、悉く却下されてしまった。

説得出来ないだけならまだしも、金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまの機嫌は次第に悪くなりつつあるのだ。


壖土侯ぜんどこう殿よ」と、金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまの呼び掛けが耳に飛び込んで来る。


「ひぃっ!

はっ、はいっ!」と、私は慌てて返事を返す。


金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまは唇の端を小さく持ち上げてから、こう口にされる。


壖土侯ぜんどこう殿よ、今日は珍しく多くをお語りになられるものだな。

いやいや、何とも驚いたものぞ。

四魔侯のご歴々を招いての会議の席ではお言葉を慎まれておられるが故、此度の冗舌さには大変に驚かさましたぞ」


私は思わず息を呑む。

冷ややかな思いが背筋を駆け上がる。

そうなのだ。

金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまが四魔侯を集めて会議をすることは月に幾度かある。

けれども、私がその場で積極的に発言することなんて殆ど無いのだ。

金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまが議論を主導し、炛驕候えんきょうこうさまが声を荒げて反駁し、潮嘯候ちょうしょうこうさまが冷たい声で突っ込みを入れ、そして樹隗候じゅかいこうさまが混ぜっ返すような言葉を口にするといった雰囲気なのだ。

私はそんな話の輪に加わることも出来ずにいて、無言のままで俯いているだけだ。

時折、金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまから発言を促されたら、場をそろりと見廻してから、「わ……、私は金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまのご意見に賛成で御座います」などと、その時の主流的な意見に阿るような意見を口にするのが精一杯だ。

自分自身の意見を口にすることなど在りはしないのだ。

もしも自分から何かを発言し、そのことで炛驕候えんきょうこうさまから怒鳴りつけられたり、潮嘯候ちょうしょうこうさまから冷たい声音で斬って捨てられたりしたらと想像すると、どうしても声が出て来ないのだ。


「いや、此度は壖土侯ぜんどこう殿からのご提案はお断りさせて頂いたが、侯が斯様に色々とお考えになっておられるとは実に心強い。

これからの会議では、是非とも先程のように冗舌にお話して下され」


蔑むような笑いを帯びた声にてそう告げた金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまは、話も終わりとばかりに椅子から立ち上がろうとしていた。

私は必死に考えを巡らし、それから再び口を開く。


「あっ、あの……、金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさま! 

今しばらく! 

どうか、私めの話をお聞き下さいませっ!」


自分の声音が惨めな程に震えているのがはっきりと分かった。

けれども、ここで何としてでも粘らないと、私は勇者一味と相見えてしまうことになるのだ。

それだけは絶対に嫌だ! 

金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまの左の眉毛がビクビクッと痙攣するように動くのが分かったけれども、私は構わず言葉を続ける。

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