2.命令(4)

怯えを抱きながらも目線を上げ、金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまのお顔へと視線を注ぐ。

怯みそうな気持ちを抑え付け、なけなしの勇気を奮いってこう口にする。


「あっ、あぁ……。

あのぉ……。

その……。

お、畏れながら申し上げます。

この壖土侯ぜんどこう、僭越とは重々承知しつつも、申し上げたき儀が御座います」と。


金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまのお顔に、微かながらも戸惑いの色が浮かびつつある様が見て取れる。

普段の私なら、金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまに異を唱えることなど決して無いのだ。

恐れ多く、それに加えて畏敬の念だって抱いている。

そもそも背丈が私の倍ほどもあるのが基本的に怖い。

今は重厚な執務机の向こう側にて椅子に座っておられるけれども、それでも立っている私より遙かに目線は高いのだ。

長年に渡って魔王軍のNo.2として君臨してきた実績に畏れを抱いているし、数多の華々しい戦果には敬意を抱くしか無い。

それに、くせ者揃いである四魔侯の会議を硬軟交えて巧みに仕切る様は見事と言う他にない。

仮に私にやってみろと言われたら絶対に無理だ。

けれども……、今回ばかりは抗わなければならない。


逃げ出しそうになる自分を、挫けそうになる自分を内心にて叱咤しながら私は言葉を続ける。

あくまで柔らかで落ち着いた声音にて。


「ぶ、不躾ながら申し上げます。

今回賜ったご任務は……。

えっ、炛驕候えんきょうこうさまが、私めなどより遙かにご適任かと存じます」


炛驕候えんきょうこうであるアルドビルデさまは、金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまに次ぐ実力の持ち主なのだ。


私は震えを押し殺しつつ言葉を続ける。


「え、炛驕候えんきょうこうさまにおかれては、ご武勇の誉れもこの私めなどより遙かにたこうございます。

きっと、いや必ずやに勇者一味を追い詰めて、その能力を露わにすることが出来ましょう。

それのみならず配下の炎魔軍団にしても強者揃いであり、多彩な戦いも出来ましょう。

火龍に炎騎兵、炎輪戦車に火槍兵など配下のつわものも手練れ揃いで御座います。

夜陰に紛れて骨やら腐れ屍の群れを差し向けるしか能の無い私めなどよりも、遙かに良き結果を得られることかと存じます」


よし、言うべきことは言い切った! 

きっと金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまがご理解下さるに違いあるまい、と私は思った。

けれども、金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまはその頭を左右に振ってからこう口にされた。

有無を言わさぬかのような重々しい調子にて。


壖土侯ぜんどこう殿の仰る通り、炛驕候えんきょうこうは武勇に秀でた者ぞ。

然れどな、血の気が非常に多くてな。

偵察しろと申し付けても、それでは飽き足らずに勇者一味と戦いを始めてしまうかもしれん。

故に、此度の任務には不向きぞ」


私は内心にて深々と溜息を吐く。

なけなしの勇気を振り絞ってご意見申し上げたのに、こうもアッサリと拒否されてしまうとは……。

自分の言葉足らずさには落胆させられるばかりだ。

けれども、この任務は決して受けてはならない。

私には到底無理なのだ。

勇者一味に完膚無きまでに叩きのめされるに決まっているのだ。

叩きのめされると言うよりも、きっと無様に討ち取られてしまうのだ。

そんなことは嫌だし受け入れられない。

再び自分を奮い立たせた私はこう口にする。


「えっ、炛驕候えんきょうこうさまが此度の任務に不向きな件、承知致しました。

さ、然れば……、然ればで御座います。

ちっ、潮嘯候ちょうしょうこうさまは如何でしょうか?」


金魂絶鋼侯きんたまぜっこうこうさまの左の眉毛がピクリと動くのが見て取れた。

それは、彼が機嫌を損ねつつあることの他ならぬ証なのだ。

背中を冷や汗がタラリと滴り落ちる。

微かな震えが足元から這い上って来る。

もう諦めたい、この場から逃げ出したいとの思いが心を過ぎる。

けれども、尽きかけた勇気を振り絞った私は、改めてこう口にする。


「ち…、潮嘯候ちょうしょうこうさまは冷徹なお方です。

氷の如き冷徹な御心で以て事に臨まれ、澄んだ水の如き曇り無き眼差しで事を見据えられるが故、偵察にはこの上無く向いておられるかと存じます。

そっ、それに加え、水の如く融通無碍で臨機応変に事にあたれる為、状況の変化にも巧みにご対応されましょう」


言葉を切った私は、大きく息を吸い込んでから、なるべく低い声音にてこう申し上げる。


「冷徹かつ柔軟な対応が求められる今回の任務、潮嘯候ちょうしょうこうさまはまさにご適任かと存じます。

何卒!

何卒、ご賢察の程をっ!」


務めて冷静にあろうとしていたけれども、発する言葉は悲痛の響きを帯びつつあったのかもしれない。

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