第一章 一軍陽キャ、何故か僕の部室に居座る
<健太視点>第6話 健太ママの朝は早い
朝の日課として、俺は隣に住んでいる腐れ……良き縁ではある幼馴染。シズクを起こしに、彼女の家に上がり込んだ。
男子高校生の夢である女の子の部屋。そこに俺はほぼ毎日、上がり込んでいる。
これを聞けばマルあたりが聞けば、発狂して俺をうらやましさのあまり、絞め殺してくるに違いない。
マルじゃなくても、憧れを抱くのは当然のことをしているだろう。
しかし、きっとこの部屋の惨状を見て、誰も俺をうらやむ者はいない。マルでさえ、同情して優しく優しく抱擁してくれるはずだ。
俺は死んだ目でシズクの部屋を見る。
服は脱ぎ散らかされており、学校から配布された用紙類で床は覆い隠されており、足の踏み場がない。
そしてあらゆる場所に付着する―――血痕。
殺人家具メジャーのタンスは角だけでなく、側面にべちゃりと。ほかにも、小型テレビ、ベットに本棚。あらゆるところに血がついている。
女の子の部屋にドキドキする夢ある男子高校生の魂は今の俺にはかけらもない。
今の気分はさながら霊が出ると噂される事故物件に単身乗り込む霊媒師の気分だ。
小型テレビなんて、今にもあいつがきっと来そうな予感すらある。
朝と言えば清々しい空気をどこかしらから感じるはずだ。
覚醒したての目に優しい青色の空、肌に触れる温かい空気、息を吸えば新鮮な空気が肺を綺麗にしてくれる。
しかし、ここは。
目に鋭く刺さり目が混乱する赤い血液、埃っぽくて窮屈な空気。朝日が全く入ってこない夜に取り残された室内が全身を怠惰に誘う。
全くの真逆と言っていい。
ここはゴミお化け屋敷だ。ゴミ屋敷だけじゃ飽き足らずお化けまでついてきた屋敷。ゴミだけでもおなか一杯なんだから、どれか一つにしてくれ。
俺はあたりを見渡し、現状をいやいやながらも受け入れた。
一日、二日見ないふりをしていたが、これは速く掃除しないといけないな。
……帰ってきたら、やろう。
「すかーすかー」
そして、そのごみお化け屋敷で気持ちよさそうに寝息を立てている奴が一人。
俺は彼女―――シズクを上から見上げて、じとりと睨む。
そして、気分の浮き沈みに体が反応して、勝手に足が立つ力を失い、項垂れた。
「……俺はいったい毎朝何してんだ」
思わず、そう独り言ちる。
シズクのお母さんには恩があるとはいえ、快く引き受ける提案でもなかった。
はぁ、今にでも一年前に戻って、シズクママyesマンだった自分を止めたい。
しかし、そう後悔してもいられない。時は巻き戻らないし、過去の自分を殴ったところで、過去の自分が変わるとも思えない。シズクを起こして学校に行かなくては。
俺はシズクの肩に手を置き、揺さぶる。
「おい……おきろぉ。朝だぞ」
「んっ……あ、あと三時間」
「そんなに待ったら、二時間目まで終わるわ」
この役割って、俺じゃなくてどっちかっていうと、シズクの役割なんじゃないのだろうか。
マルに借りたライトノベルを見て、最近思う。
揺さぶり、しかし起きないシズクはさらに掛布団の中へと潜り込んだ。
「はぁ……」
俺は思わずため息をつく。だが、このまま寝かせるわけにもいかない。
俺は布団を引っぺがし、掛布団をたたんで端に置いた。
「ひゃいっ……さむい」
「ほら起きて、動いたら暖かくなってくるから」
そう言っても、シズクは体は起きるつもりがないようで、身体を縮こまらせて二度寝を始めようとする。
彼女を無理やり立たせようと手を伸ばすも、それよりも先に彼女の服に目がいった
「あっ、お前。昨日カッターシャツのまま寝たのか?」
シズクは学校着であるシャツを身にまといっていた。
シャツはどこからかはだけていて、とこどころ白い肌が見え隠れしている。ズボンに至っては着ておらず、その艶やかな白い長足があらわになっている。
最初のころは取り乱したりもしたが、もう慣れたものだ。この光景を見慣れるって、俺、高校生として大事な何かをなくしてしまった気がする。
「…また、風呂入らなかったのか?」
俺が呆れ気味に言うと、シズクは眠たい目をこすり上半身を起こしながら、つぶやいた。
「……めんどくさくて」
「めんどくさくてもお風呂は毎日入りなさい。現役の女子高校生がそれじゃあ、友達に笑われるぞ」
俺はスマホで時間を確認して、まだ完全に覚醒していないシズクを横目に言う。
「はやくシャワーだけでも浴びとけ。俺、ご飯用意しとくから」
「……」
「シズク?」
「…わかっ…た」
シズクはゆっくり立ち上がると、千鳥足で一階へと降りて行った。
大丈夫か…あいつ。
俺は心配げに彼女を見送りつつも。遅刻しないために強かに頭の中でやらなければいけないことを整理する。
整理するとは言ってもほとんどルーティン化しているために、そこまで考えるようなことはない。
まずは部屋に散乱した服を回収し、一階へと降りる。
洗濯機がある場所はお風呂場なので、確認のため閉じた戸を叩いて声をかける。
「シズク、ちゃんと入ってるか?」
「うぃ~」
すると、シズクの腑抜けたお風呂場で反響した声が聞こえてきたので、中へと入る。
入ると、温水がフローリングをはじける軽快な音が聞こえてきて、うっすらとシズクの影が扉越しに見える。
しかし、徹底的にそこには視線を映らせないように脳を麻痺させる。
いくら幼馴染とはいえ、裸をみてしまうというアクシデントはないようにしないとだからな。
もし、漫画でよく見るようなラッキースケベが起きてしまえば、母さんに殺される……というか、そもそもそんなことしたら、シズクを傷つかせてしまう。
入ってすぐに見たのは洗濯機のすぐそばにある籠。中には服が入っている。
そこから、白い服や色付きの服、洗濯機で洗える服、洗えない服を分けて洗濯機に放り込む。
中にはもちろん、下着などもあるのだが、そこは無心で洗濯機に放り込む。
こまめに洗濯(俺が)しているために、洗濯機周りはきれいになっている。シズクがあまり洗濯機周りをいじらないこともきれいに保たれている理由の一つだろう。
あいつ、洗濯とか全く自分でしないからな。なんで、宿主がやらずに俺がやってるんだという思いといつも戦っている。
「ふんふんふ~ん♪」
すると、お風呂場から抑揚のないトーンの鼻歌が耳に入ってくる。その声はえらく上機嫌で、遅刻しそうで焦る気持ちは毛ほども感じなかった。
それに少しイラっとしつつも、イライラはすぐにため息とともに霧散する。
胸に回帰したのは「しょうがないな」という経験則のポジティブな諦めだった。
「シズクぅ、遅刻なんだからもうちょい焦れよー」
「うんー」
それだけ声をかけると、洗濯ものを家に帰ったら、干せるように予約ボタンを押す。
もういくら焦ったところで、学校は遅刻だからな。無駄に焦ってカリカリする必要もないだろう。
洗濯を終えると、すぐに台所へと足を進める。
食材は自分の家から持参、シズクの家の冷蔵庫は何がなにかよくわからないものしか置いてないからな。シズクとシズクの母親の趣味だろうけれど、朝食に使うにはどれもインパクトが過ぎるので使用は控えている。
一応、冷蔵庫の中身を覗いてみるも、まず日本語のパッケージが見つからない。加えて、落ち着いた色合いのものがなく、虹色の人参(?)みたいなものが見える。
俺は家から持参してきた食材を今日も使うことにした。
スクランブルエッグ、ポークビッツ、トーストと簡単な洋風朝食を作っていく。
二人で使うには大きすぎるダイニングテーブルに、皿を向かい合わせるように置けば、扉がきぃと開く音がする。
「いいにおいだね」
「おぉ、シズクご飯できてる…ぞ…」
食器並べて終え、顔を上げる。すると、シズクの姿が目に入る。
蒸気を発している体、湯上りで火照った頬、そして白銀の髪はどこか湿っていた。
「……」
「どうしたの?」
俺はシズクに近づいて、頭一つ低いシズクを上から見つける。シズクは頭上に「?」を浮かべて、学校では「妖精」とも呼ばれる神秘的さを持つ顔が俺を見上げていた。
髪へと手を伸ばす。頭にぽんと優しく掌を載せると、シズクはびくっと震えたので、手を瞬間的に離して、シズクの顔色を伺うも特段不快そうではなく、いつもの無表情だった。
それを確認してから、また俺は優しく髪に触れた。
その白くて髪から感じたのはやはり、見た目通りに濡れて少し冷たい髪だった。
「やっぱ……全然渇いてねぇな」
俺が責めるように睨むと、シズクは無表情でブイサインを顔近くに掲げる。
「自然乾燥…ぶい」
「だめだ、ちゃんと乾かしなさい。自然乾燥は頭かゆくなるんだぞ」
「だいじょうぶ、私はかゆさに対して耐性が」
「はいはい、もう俺が乾かすから来い」
「……殺生」
シズクの首根っこを掴み、無理やり洗面台に引き戻した。
ドライヤーのコンセントを刺し、柔らかい暖かさの出るスイッチを押す。シズクの髪をくしで溶かしながら温風を当てていく。
途中で逃げ出そうとするシズクを捕まえつつ、全体的に乾いてきたら、
ようやく、髪を乾かし終えたら、作った朝食はすっかり冷たくなっていた。
すこし、温め直した後、俺たちは箸を進め始めた。
カーテンから通った陽光は早朝とはいえず、五月ながらも大層な暑さをまとっていた。肌感覚的に、今は八時半といったところか。
シズクの家は、シズクの自室以外は案外に清潔に保たれているため、ここダイニングもその限りではない。あらゆる国の変な置物がところどころにあるものの、調和を壊しているというわけでもなく普通におしゃれだ。
シズク家の好奇心が溢れたこの家で食べるご飯が、俺はそれなりに好きだった。
俺はパクパクと口に放り込み、作業のようにご飯を口に放り込むとすぐに皿からご飯が焼失した。
前では、皿のブロッコリーを見つめながら静止しているシズクがいた。
「……」
「食べろよ」
俺がそう言うと、シズクはしぶしぶといった表情でブロッコリーを口に入れる。咀嚼するごとにシズクの顔が若干苦々しいものになる。
「森を感じる…」
シズクはそう言いながらも、マヨネーズを存分に使いながら、ブロッコリーを完食。
「じゃあ、そろそろ出るか」
食器を流しに出して、俺はシズクにそう声をかけた。シズクは小さくうなずく。
「上にカバンあるから取ってくる」
「おう」
シズクがカバンを持ってきている間に、何か忘れていることないかとシンクを見ると、卵を炊いたボウルが置きっぱなしになっていた。
「おっと、危ない危ない」
俺は急いで卵を溶いたボウルを水にさらす。卵って時間たつとこべりつくから、置いとくと洗うときしんどくなるんだよな。
と、水に晒していたその時。
―――ガッゴンッ!
下から何かが壊れるような鈍い音が聞こえてきた。
「大丈夫か!」
急いで向かうと、そこには階段で足を滑らしたシズクの姿があった。
「し、シズク!」
そして、上からそのまま滑り落ちて、「がごがごっ」と何度も骨を打ち付ける生々しい音が家中に反響して、階段最後まで転げ落ちる。
シズクはパタリ、と力無く倒れる。
「―――し、シズクうううううううッッ!」
***
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