<友之助視点>第5話 恐怖


全力ダッシュ。それはもう、本気の本気。


ボクは毎日、学校から家に帰るこの道を全力疾走で帰っている。本当は、必死で走ると顔が崩れるし、かっこよさのかけらもないから、もっと落ちついて帰りたい。


しかし、できない。それよりも優先しなければならないことがあるからだ。


今日はヤツより早く、早く、早く帰る!!


壁のいたるところに亀裂が入っており、いつ崩れるかわからないボロアパート。あの健太やマルにさえ教えていなかったボクの家をあいつについに特定されてしまった。


くっ、こんなかっこ悪い家に住んでるだなんて身内に絶対バレたくなかったのに・・・っ!


ボクは家の前まで来ると、制服ズボンの右ポケットにいれてある家の鍵を取り出して、カギ穴に差し込む。


中に入り、ボクはドアを背中にして、肩で息を整える。


家の電気は消えており、人の気配はない。これは……勝ったっ!


ボクは勝利に震え、拳を血が出るほど握り込む。


俺はあかりのスイッチに手を伸ばす。すると――ふにっ、とした感触が手のひらに伝わった。


あれ、灯のスイッチってこんな感触だったっけ、と思ったのも束の間。玄関の電気がつく。


すると、俺のものが輪郭をはっきりとさせる。


それは――手。しかも、ボクの手とは違い、さらりとしなやかな細い指先。手入れされている爪。


この手をボクは何万回も見たことがある。


冷や汗が背中を伝う。嫌な予感で心臓が早鐘を打たせながらも、その手の先に続く本体に目を向けた。


「おかえり」

「ぎゃあああああああああああ!」


ボクは驚きでドアの方へ飛んで行った。そして、ドアノブに頭をぶつけた。


が、ごあああああ……痛いぃ。


いつのまにか、ボクの前には一人の美少女が直立していた。


瞳にはグルグルと闇が渦巻いており、まるで蛇のような危険な美しさを宿している。その妖艶な瞳を引き立てる涙袋に一つあるホクロ。バランスの取れたスタイルは、高校生離れした魅力が溢れ出ている。


彼女の名前は在条有栖ざいじょうありす。在条財閥のお嬢様。そして、人間じゃない例のヤツである。


在条は視界に捉えると安心を促すように、にっこりと口角を上げた。


「安心してください、私ですよ。トモくん♡」

「キミだから安心できないんだよっ!」


ボクは思わず大声でツッコむ。


な、なんで家の中にいるんだ。人の気配なんてまるで無かった。いや、実際はいたのに存在をまるで感じ取れなかった。……忍者かな?


彼女の表情から感情や思惑を読み取ろうとするも、彼女は不敵な笑顔を浮かべるのみでそれ以上言葉を発しない。


せめて何か言って。怖いから。


僕は心臓の鼓動が早まるのを、感じていた。


これはもう、完全に在条のペースに持っていかれている。


とりあえず、落ち着けぇ。ボクは生粋の紳士であり、イケメン。動揺して

無様な姿をさらすのはナンセンスだ。


ボクは後頭部の痛みを我慢しながら、何事もなかったかのように立ち上がる。


さて、ではどうやって有栖におかえりいただくか考えよう。このままだとロクなことにならないのは経験則で悟り済み。


念のため、すぐに逃げられるようにドアのカギを開け、ドアノブに片手で触れておく。


そこまでやって、ボクは彼女を正眼で見つめながら、口を開いた。


「……なんでまた、ボクの家にいるのかな? 在条さん」

「私の帰ってくる場所もここだから……です♡」

「違うねぇ」


在条は両手を頬にあて、恍惚とした笑みを浮かべる。ボクはその表情を見て、胃がキリキリと嫌な音を立てるのを感じていた。


キミの帰るべき場所はこのボロアパートじゃなくて、三階建てでプールに車庫に完璧に手入れされた花畑のある豪邸・・・っ! くそ、ボクへの当てつけかぁ!


ボクは強烈な憧れを唇を噛むことで耐え忍び、口を開いた。


「あのだね……あの、何も言われずに部屋に入られるのは少しびっくりするというか、怖いというか。とりあえず、やめてほしいんだよね」


気持ちを遠回しに伝えると、在条はニコリと笑って頷く。


「わかりました。私もトモくんを怖がらせるのは本意ではありませんし、致し方ありませんね」

「そ、そう! わかってくれてなによりだよ。まぁ、怖がっては無いけどびっくりするだけだけど」


ボクは胸をなでおろして、安心する。


「ではトモくん。これから毎日、おうちにお邪魔させていただきますね♡」

「え?」


そして、すぐに打ち砕かれた。


ま、毎日……? 聞き間違いか?


俺が聞き間違いを疑っていると、在条はその顔を見てまた一度にこやかの笑って言う。


「一身上の都合で多少空ける日もあるでしょうが、できるだけ毎日通います」


聞き間違いじゃなかった。


冷や汗が背中で流れて、滝のようにあふれ出ている。


というか。それって結局、状況は今までと何も変わってないんじゃ……


「毎日通うので、トモくんもそのつもりでいてください」

「い、いや。待って、なんでそうなるの?」

「? ここに来るのにアポがないから怖いという話ですよね? だから、今アポを取りました」

「おっふぉ」


完全に伝え方を間違った……毎日、アポありだったら来てくれてもいいって解釈されてしまった。そうじゃないんだ、できれば来てほしくないことを伝えたかったんだけど……


「あの……そうじゃなくて。ボクにだって一人になりたい時間だって……あってさ」

「一人に?」

「そう、一人に。だから、毎日はやめてほしい……かな」


本音を伝え終えると、ボクはびくびくと体をさせなながら、在条の様子をうかがう。


在条はとても悲しそうな表情でうつむいており、


「そうですか……わかりました」


とだけ、つぶやいた。


悲しい表情にさせるのは本意ではなかったけれど……流石にしょうがないよね。


「そうですよね。トモくんだって年頃の男の子…情欲に抗えるものではありません。一人きりの時間は必要不可欠」

「そういう理由ではない。やめて、勝手に」

「しかし、トモくん。それならば、余計に私は必要では…? トモくんが望むのであれば…私」

「だから、違うって!」


何てこと言い出すんだ、年頃の女の子が言うセリフじゃない。


ボクが大声で否定すると、彼女は眉を八の字にして顎に手を付ける。


「ですが、そうなると困りましたね」


何が困るというのだろうか。それはさっきからボクのセリフなんだけどな。


在条は困り眉を作って話を続ける。


「私とて在条家の跡取り娘、それなりにやることが多いんです」

「え? 毎日、家に来ようとしてたのに?」

「いやーこれは困りました。私も時間とにらめっこしてここに来ていますから……やりくりを頑張ったのに、その日は来てはいけない日だったなんてのはあまりにもやりきれません」

「毎週火曜にだけ来るとかにすればいいんじゃないかな」


ボクは平然とそう口にする。すると、在条は顔を歪めて目を見開く。まるで、ボクがありえないことを言ったような、そんな感じだった。


「何を言ってるんですか? 会いに行くのが週一? 私たちは別居中の夫婦ですか?  

お熱い今どきの若者カップルがそんなの逆に不健全です」

「いや、ボクたち夫婦でもカップルでもないよね」

「だから、本当は毎日来たいのですが…トモくんが嫌だというなら、週五で我慢する所存です」

「あんまり我慢できてないよね、それ。ていうか、話聞いてる?」


すると、有栖は「こほん」と咳払いをした。あっ、聞いてないね。


「話を戻しますと、私は通うときのトラブルをなくしたいのです。そうなれば、定期的な連絡は必要不可欠。なので……」


有栖はもの欲しそうな表情でボクを上目遣いで見る。


やけに引くのが早いな、と思ったらそれが狙いか……


すでにスマホを片手にいじいじと体を揺らしている有栖にボクはため息交じりにスマホを取り出す。


「……わかったよ。ただし、その代わり家に来るのは週三回までだ。それでもいいなら交換する」


そう言うと、有栖は喜びを隠しきれない様子でぴょんぴょんとその場で跳ねて、こちらに近づいていた。


なんだかなぁ……譲歩をしたように見せて、まんまと乗せられた気がするのはボクの気のせいかだろうか。


互いの連絡先を交換し終え、在条はすぐに画面を素早い指使いで操作し始めた。


スマホを見ながら妖しい目で操作する有栖はぶつぶつ、なにか言っている……


「では、これをお気に入り登録して。イソスタで拡散……」

「なにしてるのっ?!」


聞き捨てならない言葉を聞いたボクは彼女のスマホを無理やりふんだくる。すると、画面に映っていたのはイソスタの投稿画面。


そこにはボクのラインアイコンの写真が映し出されており、そこにピンクの大きな文字で『↑うちの彼ぴ』と書かれていた。


「かっはっ」


こんなの見られたら、ボクは生きていけない。生涯にわたる傷として残り続ける。というか……見た目然りなんで有栖は文体だとギャルになるんだ。中身は真面目ちゃんなのに。


いや、そうじゃなくて。今、大事なのはこんなのクラスメートに見られたら、クラス公認カップルになってしまう、ということだ。


それだけは何に変えても防がなくてはっ!


「どうかしましたか、トモくん」

「……」


しかし、どう伝えたものか。正直、どう伝えても有栖の耳には届かない気がする。


「その…ちょっとそれを投稿するのは待ってほしい…かもなぁ」

「どうしてですか?」

「ほ、ほら色んな人たちに見られると不都合があるんじゃないかな」

「それなら、心配いりません。ちゃんと親しい友達限定にしてますから!」


親しい友達に見られるのがダメなんだよ。


ボクは言いたいことをぐっと我慢して、ほかのうまい言い訳を、頭をフル回転させて探り出す。


「あと、ほら……そんな投稿したら、在条さんの親御さんが絶対怒るよ?」

「……!」


そう言うと、有栖の顔色が変わった。余裕そうな表情が抜け落ち、盲点だったとばかりに取り乱していた。


来たっ! ここがウィークポイントだ!


ボクは後押しとして、更に言葉を吐く。


「学校でいつもやってるの苦労をそれで台無しにするつもり?」

「そ、それは……確かに、そうですね…」

「じゃあ、今日もその怖い親御さんに怒られないようにそろそろ帰りなよ。黒服さんたち、きっと今在条のこと探してるよ」


ボクは項垂れた彼女を横目に、ようやく家の中に足を踏み入れた。


これは勝った! これは勝ったぞ! 完全勝利だ!

 

すると―――肩が掴まれた。


振り返ると、それは当たり前に有栖の手で、その手は細かく揺れていた。


「一番重要なことをまだ聞いていません」

「な……なにかな?」


えらく有栖は真剣な表情で言うものだから、俺は気圧された。


俺はその真剣さに免じて、最後にその話だけ聞いて、絶対に帰らそうと決めて、彼女の話に耳を傾ける。


だが、その判断は間違いだった。

 

「トモくん、彼女が欲しいんですか?」

「ぶふぅうううう!」


脳内に稲妻が走る。

 

何故、知ってるんだ。こいつはクラスが別のはず……しかし、今問題なのはバレた経路ではなく、そう、その会話をしていたことがバレたことだ。


『私という将来の伴侶がいるというのに「彼女」が欲しいとは何事ですか? もしかして、私のこと嫌いになってしまいましたか? そうですか、じゃあいいです。私のものにならないなら、もうここでいっそ……』


背筋に冷たいものがたれる。


間違いなく殺される。よくて、半殺し。どちらにせよ、五体満足で生きては帰れないだろう。そして一生、地下深くに軟禁されるのだ……


ボクは先程よりも早く、言い訳を頭の中で考えるも、いい案が全く思い浮かばない。


死んだ…そう確信するのも時間の問題だった。ボクは訪れるであろう痛みを目を瞑り、待つ。


しかし、いつまでたっても痛みは来ない。


おそるおそる、目を開くと有栖はまるで怒った様子はなく、殴られそうな雰囲気でもない。逆に、嬉しそうな顔ですらある。


一体何事だ、と死なないことに安堵を覚えながらも、更に強烈な不安がボクを襲った。


すると、在条は懐をガサゴソと探すと、一つの紙を俺の目に向けてきた。

 

「だからほら、持ってきました」


彼女の持ってきた紙をじっくりと見てみると、そこには―――『婚姻届け』と大きな文字で書かれていた。


「えっと、ボクの目がおかしくなっていないのなら、婚姻届けに見えるんだけど……?」

「そうですよ」


そうですよ?


「トモがついに私のことを彼女って認めてくれましたよね? だから、婚姻届けです♡」


どうしてそうなるんだ。


「お義母さんの許可はもう頂いてます。あとはトモくんのサインだけ」


家帰ってないくせに、ちゃっかり何してんだっ! あいつ!


ボクは週三でしか返ってこない母親のあざけわらうような顔を思い出しながら、心の中で舌うちをした。


「トモくん……恥ずかしがらなくて良いんですよ。私の気持ちは変わっていません」

「いや、あの…えっと……ボクの気持ちも変わらないというか」


ぜったい、結婚なんてごめんだ。


やばい。今すぐ彼女を作らないと……俺はこいつと結婚じんせいのおわりを迎えてしまう。


僕が黙っていると、有栖は僕が迷ってるとでも思ったのか、メリット付け加えるかのように言い出した。


「私と結婚すれば、毎日あのシチューが食べられますよ」

「あのシチュー……やっぱり在条さんか」

「脳みそが溶けるくらい美味しかったですよね?」

「……」

「まさか、食べてないんですか?」


いやだって、宛先不明の料理とか怖すぎるし、いくらお金がないとはいえ、そんなものには手を付けない。


それにやはりボクの危機感センサーは正常だったっぽい。食ったら脳みそが溶けるらしいし。


「いや、ちょっと。うん、怖くてさ」 

「怖いものなんてはいっていませんよ。強いて言えば……私の愛は入っていましたけど♡」


なるほど、とんでもなく恐ろしいものが入ってたわけだ。


両頬を手で挟みながら、恥ずかしがっている有栖を横目にボクは戦々恐々、額に冷や汗をたらす。


「でも……そうですか」

「?」


そして、冷えた声が聞こえた。


それは、獲物を見定める視線。有栖の瞳から妖艶さが抜け、危険な色が宿る。


その瞳に体を貫かれ、ボクは体が硬直する。


「確かにお互いのことをより理解する機会は必要かもしれません。将来の妻が作る料理の味とか知っておいた方が相互理解が深まりますよね……♡」

「ん、んん? ……何それ、何もってるの?」


彼女はどこに隠し持っていたのだろうか、スタンガンを右手に持っていた。


「大丈夫……ちょっと気絶してもらうだけですから」

「気絶はちょっとじゃ済まされないけど?」


彼女は『大丈夫』と何度も口にして、ボクに近づいてくる。それに合わせて、後ずさるも、すぐに背中が壁にぶつかった。


「いや、ちょ、ちょっとまって!」


停止を促しても、止まる気配のない在条。徐々に迫るスタンガンはボクの首元にまで迫った。


「トモくん、相互理解……しましょ?♡」

「相互理解っていうか、もうこれ、ただの押し付――あぎゃあああああああああああ――っ!」


その日、ボロアパートに一つの悲鳴が木霊した。


♪♪♪


書ききるって想像以上に難しいですね!!


続きが気になる!


と思っていただけたなら、♡や☆どしどしお願いします! 


わをんは尻尾を振って喜びます…っ


 

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