第23話 接敵



  ◇



「奈美、待つワン」

「ヌコワン……!」

 司君が帰っていないと聞いて、外に飛び出した私のところへ、ヌコワンがやって来た。どうやって私の部屋を出たのかは分からないけど、今は突っ込んでいる場合じゃない。

「話は聞いているニャン。……恐らく彼は、ボスクラスに誘拐されたんだと思うワン」

 お母さんたちとの会話をばっちり盗み聞きしていたらしいヌコワンは、私と同じ可能性に思い至っていた。……直前にヌコワンが感じたらしきBEMの気配。それを考えれば、一番あり得そうなのがボスクラスによる誘拐だった。

「今、由美たちにも召集を掛けたニャン。だから、もし彼を見つけても、一人で先走らないで欲しいワン」

「でも……」

 ヌコワンに言われて、私は咄嗟に反論しようとしたけど、言葉が出て来なかった。……ボスクラスは、輝美がエボリューションフォームを習得するまで手も足も出なかった程の強敵と聞いている。私の大砲ならボスクラス相手でも通用するかもしれないけど、命中精度に難がありすぎて、一人では当てられる気がしない。どう考えてもヌコワンのほうが正しかった。

「とにかく、今はボスクラスと彼の居場所を探るのニャン。近くまで来れば僕のセンターで気配を察知できるから、人気のなさそうな場所を中心に探してみるワン」

「わ、分かった……」

 周辺の地図を頭に思い浮かべながら、私は走る。この辺で特に人気が少ない場所と言えば、一か所しか思いつかなかった。

「ここ……昔からある廃工場なんだけど」

 辿り着いたのは、住宅街の外れにある廃工場だった。私が物心ついた時からずっとあって、幼い頃に司君とこっそり忍び込んだこともある思い出の場所でもあった。

「確かに、ここからBEMの気配を感じるニャン。しかも、かなり強い……多分ボスクラスだワン」

「じゃあ、ここに司君が……」

 先程ヌコワンに言われたことは忘れていない。ここでみんなと合流するまで待つ。それが最善だって分かっている。

「ぐわぁぁ……っ!」

「司君……!」

 でも、工場の中から響いた悲鳴を聞いた途端に、そんなことは頭から綺麗さっぱりなくなってしまった。私は脇目も振らずに廃工場の中へと突入する。

「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

 中に入ると、目に映ったのは、十字架に磔にされたかのような恰好の司君。どうやら、鉄パイプで作った巨大な十字架に、ケーブルで縛りつけられているみたいだった。

「あれ、もう嗅ぎつけられたのか……全く、いいところだったのに」

 そして、司君の前に立っていたのは、黒いパーカーとジーンズの男。彼には見覚えがあった。以前、ショッピングモールに現れたボスクラスだ。

「司君……!」

「な、み……、逃げ……」

 私に気づいた司君が、逃げるように促してくる。でも、ここで逃げるわけにはいかない。

「待ってて司君……私が、助けるから」

 私はコンパクトを取り出すと、開いて魔法少女に変身する。ステッキを大砲に変形させて、ボスクラスに向けた。

「司君から離れて……!」

「つかさくん……? ああ、この人間か」

 ボスクラスの周りには、黒い靄が触手のように何本も揺蕩っていた。BEMウイルスかと思ったけど、それにしては質感がしっかりしているし、多分見た目通り触手なんだと思う。それが、ボスクラスの周囲から生えていた。

「まあいいや。魔法少女の相手は面倒だけど、一人だけなら何とかなるでしょ」

 ボスクラスの男は、私のほうにゆっくりと向かってきた。周囲の触手も、彼に追随してくる。どうやら、あの触手は彼の能力みたいだ。

「……!」

 私は大砲から白い弾を放って、触手を蹴散らす。この弾は命中精度に難があるけど、触手の数は多いからどれかには当たるし、人間にはダメージが入らないから司君を誤射する心配もない。

「うわっ……! あっぶないなぁ……」

 でも、ボスクラスは堪えた様子がない。触手を倒してもすぐに再生されてしまうし、本体にダメージを与えないと駄目な気がする。

「君、すっごい火力だけど、ノーコンだね。こんなんじゃあ、僕を倒すなんて無理だよ」

 その証拠に、ボスクラスは余裕綽々と言わんばかりに煽って来る。……確かに、私の攻撃だと周りの触手を散らすのがやっとで、このまま近づかれたらまずいかもしれない。近接戦だと、武器が大砲の私は圧倒的に不利だ。距離が近くなれば命中率は上がるかもしれないけど、照準を合わせている間に触手に絡め取られて終わるだろう。

「どうしてやろうかな……忌々しい魔法少女だからね。あそこの人間と一緒に縛り付けて甚振ってやろうか……」

「ひっ……!」

 ボスクラスの男は、私をどうやって痛めつけるか算段を立てていた。フードの中から覗く口元が嫌らしく歪められていて、そのことに気づいた私は、背筋が凍った気がした。自分一人では勝てる気がしない相手と相対して、恐怖を感じているのだと、今更ながら理解したのだ。

「どうしたんだい? そこの人間を助けるんじゃなかったの? やっぱり、魔法少女なんて言っても、一人ではこの程度か……」

 ボスクラスの男は、あくまでゆっくりと近づいて来る。でも、その緩やかな足取りが、私の恐怖を助長した。人の姿をした得体の知れない相手に対する恐怖が、私の心をへし折りに来る。先程まで撃ち続けていた白い弾も、いつの間にか止まっていた。

「もう終わり? つまんないの」

「……っ!」

 嫌な予感に、私は一歩だけ後退った。それがいけなかった。

「もっと抵抗してくれないと、面白くないじゃん」

「きゃっ……!」

 ボスクラスが目にも止まらない速さで接近してきて、それに気づいた時には既に、私は黒い触手に体を捕らえられていた。

「それとも、これから良い声で鳴いてくれるのかい?」

「うぐっ……!」

 触手による拘束はかなりきつくて、手足がちっとも動かない。大砲はまだ右手で掴んでいるけど、この状態から発射するのは無理だった。

「な、み……、奈美……!」

 司君の必死な声が聞こえてくるけど、私にはそれに応える余裕もなかった。このままじゃあ、二人とも……。

「リーフ……!」

 そんな時、聞き慣れた声と共に、体の締め付けが消えて、私は地面に投げ出された。

「きゃっ……!」

 受け身なんて取れなかったけど、魔法少女の衣装のお陰なのか痛みはなかった。そして私は、声のした方へ目を向ける。

「大丈夫……!?」

「どうやら、間一髪だったみたいね……」

 廃工場の入り口にいたのは、由美、輝美、一美の三人。どうやら、ヌコワンにこの場所を聞いて駆けつけてくれたみたいだ。

「また魔法少女か……しかも多いし。面倒臭いなぁ……」

「リーフから離れろ……!」

 気怠げにぼやくボスクラスに、由美が突撃してステッキを振りかざす。周囲の触手は一美が銃で撃ち払ってサポートしていた。私の体を戒めていた触手も一美が破壊したんだろう。

「リーフ、大丈夫?」

「う、うん……それよりも、司君が」

「そっちは大丈夫よ。ほら」

 駆け寄って来る輝美に司君のことを告げようとするものの、私の言いたいことを察した一美が司君のほうにチラリと目を向けてそう言った。

「大丈夫かい!? 今解くからね!」

 磔にされていた司君のところには、由美のパパさんが向かっていた。彼を縛り付けていたケーブルを力尽くで引き千切っている。

「司君……!」

 私はそれを見て、司君のほうに駆け寄るのだった。

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