第22話 時は少し遡り
◆
……数十分前。
「司君、またね」
「ああ、また」
俺―――遠山司は、奈美の家の前で彼女と別れた。……奈美とは家が隣同士の、いわゆる幼馴染だ。
勿論、奈美とは仲が良いのだが、最近はあまり話す機会もなくなっていた。奈美はご当地魔法少女なる活動を始めて忙しくなったし、そうでなくとも中学生になってからは学校で話しにくくなった。男子と女子が一緒にいるだけで、周囲からとやかく言われるようになったからだ。小学校でもその傾向はあったが、中学に入ってからは特に顕著になった。
更に厄介なのが―――俺自身、奈美を異性として見ていないかと言われれば、そんなことないと言い切れない部分があるのだ。ぶっちゃけ、異性としてかなり意識している。……多分、恋愛的な意味で、好きなんだと思う。好きになったきっかけなんて覚えていない。ただ、ずっと一緒にいたから、いつの間にか好きになっていたんじゃないだろうか。そんな気がする。
「……ったく」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、奈美は俺との時間がなくなるのを寂しがるようになった。なので、休日には商店街に遊びに出掛けたりして、平日に一緒に居られない時間を埋め合わせるようになった。互いの都合がつくときだけだから半月に一回くらいだけど、それでも奈美は楽しそうだったし、俺も楽しかった。そんな奈美と過ごすほど、俺の気持ちも強くなっていった。
でも、この気持ちを奈美に打ち明けるのは怖かった。勿論、今までの関係が壊れるかもしれないという思いもあった。奈美は俺のことを異性と思っていないかもしれないし―――それに、俺は自分に自信がなかった。奈美のことを好きだって思ったのも、単純に一番距離が近い女子だからだと言われたら、否定できないからだ。自分の気持ちにすら自信がないのに、そんなあやふやな思いを奈美に知られたくない。一緒にいたいのに、一緒にいるのがもどかしくて辛い。そんな風に、今日も奈美と一緒に過ごしたのだった。
「さてと……帰るか」
いつまでも奈美の家の前で感傷に浸っているのも我ながら気持ち悪い。俺はすぐ隣にある我が家に向かって歩き出す。
「……ん? 鍵どこやったかな……?」
自宅の前まで来て鍵を取り出そうとするも、ポケットの奥のほうに入って行ったのか、うまく取り出せなかった。うちの親は常に施錠するタイプなので、鍵を使って開けるか、インターフォンで呼び出さないと家に入れない。
「うぉっ……!?」
そうやってポケットと格闘している時に、ふと何かに体を引っ張られた。体が浮遊感に包まれ、思わず手足をじたばたさせてしまう。その弾みに鞄を落としてしまったが、気にしている余裕がない。
「丁度良さげだし、こいつにするか……」
声のしたほうに目を向けると、そこにいたのは黒いパーカーとジーンズの、多分男。フードで顔が隠れているけど、細身ながら長身だし、声も男っぽいから間違いないだろう。
「……!」
俺はそいつに声を上げた―――つもりだったが、声が出ない。何かで口を塞がれていた。
「あーもう……大人しくしててくれよ、面倒臭い」
そして、動いていた手足も、何かに縛られて動かせなくなる。ついでに目元も何かで覆われて、完全に自由を封じられてしまった。
「さてと……どれだけ遊べるかな」
唯一自由だった耳には、そんな気怠げな声が聞こえてくるのだった。
◆
……更に数十分前。
「……で? いつまで待ってればいいのさ?」
安楽町の片隅にある廃ビルにて。黒いパーカーとジーンズの男が、怠そうにしながら声を上げた。ボスクラスのBEM、ペンタである。
「おや、あなたは待つのが得意だと思っていたのですが」
それに応えるのは、燕尾服の青年、セプテンである。ここは彼らの根城であり、普段はここで寝泊まりしている。……BEMという存在の性質上、睡眠は必須というわけではないのだが、休息を取るための手段として睡眠を選ぶことはあった。
「そりゃあ、僕は勤勉じゃないけどさ……だからって退屈に耐えられるほど悟ってるわけでもないんだよ」
「それはそれは……退屈させてしまうのは申し訳ないですが、先日のようなことになられても困りますのでね」
微かな苛立ちの混じった声を出すペンタに、セプテンはちらりと奥の部屋に目を向けた。そこで眠っているのは、筋肉質な大男。先日ショッピングモールで大暴れした、アルという名のBEMである。
「そこの粗忽者は、準備も整えずに魔法少女と戦って、結果的に未だ回復しきらないダメージを負っていますからね。最低でも彼が復活するまでは待ってもらわないと」
「でもそれ、君の都合だよね? 前から思ってたんだけど、僕がそれに付き合う義務ってあるの?」
セプテンの言葉に、しかしペンタは聞く耳を持っていなかった。
「悪いけど、僕は僕で勝手にやらせてもらうから」
ペンタはそう言い残して、廃ビルから出ていく。セプテンが何か言っていたが、最早彼の耳には届いていなかった。
「さてと……遊び甲斐のある玩具でも探すかな」
日が傾き始めた町を、ペンタは歩く。探すのは玩具―――BEMとしての本能を満たすための、負の感情を吐き出す人間だ。
ボスクラスのBEMは、負の感情が集まって暴れているだけの人型BEMとは違い、明確な意志を持って人間から負の感情を吐き出させようとする。例えばアルは、暴力によって相手を傷つけることで負の感情を引き出そうとしていた。それと同じように、ペンタも彼なりの方法で、人間の負の感情を欲していたのだった。
「う~ん……」
人気の多い通りを歩くペンタ。彼の服装は人混みでも目立つことはなく、故に誰も彼に目を向けない。
「さすがに、ここで……ってわけにもいかないか」
彼の玩具になりそうな人間は周囲にいくらでもいるが、さすがのペンタもここで騒ぎを起こすつもりはなかった。アルのように衆人環視の中で暴れれば、すぐに魔法少女が駆けつけてしまう。それくらいのことは理解していた。故に、もっと人気の少ない通りに移動する。
「こっちはこっちで……って感じだな~」
だが、そちらはそちらで、彼のお眼鏡にかなう人間がいなかった。ペンタとしては、負の感情を搾り取るのであれば、若い相手のほうが良かった。だが、既に日が沈んだ今、人気のない通りをうろつく若者は数が少ないのだった。
「う~ん、難しいな……」
ペンタは悩みながら、住宅街のほうへやって来た。ここまで来ると、時間帯のせいもあってか人通りは皆無に近かった。
「……ん?」
いや、皆無ではなかった。ペンタの前方に、一組の男女がいた。
「司君、またね」
「ああ、また」
家の前で別れる少年と少女。その少女のほうは、ペンタには見覚えがあった。
「あいつ……魔法少女か」
ペンタは一度、ちらりと見かけただけではあったが、魔法少女の顔を覚えていた。宿敵であり目の上のタンコブである魔法少女のことは、彼も意識せざるを得なかったのだ。
「一緒にいる奴は知らないが……いや、待てよ」
魔法少女と言えど、一人のところを襲えば勝つのは容易いとペンタは考えていた。が、それでもリスクがある以上、今は交戦を避けるべきと判断する。それよりも、一緒にいる少年のほうに興味を向けた。……憎たらしい魔法少女の関係者であれば、痛めつけることで憂さ晴らしが出来るだろう。それに、少年というのもペンタの趣味に合致している。しかも、たった今魔法少女と別れて一人になった。これ以上ないくらいのチャンスだった。
「……ったく」
溜息を漏らす少年の後ろから、ペンタが音もなく忍び寄る。
「さてと……帰るか」
少年が動き始めたが、すぐ隣の家の前で立ち止まった。帰宅するのだろうということはすぐに察せられた。家に入られると面倒なので、その前に行動を起こすことにする。
「……ん? 鍵どこやったかな……?」
幸いにも、少年は鍵を取り出すのに手間取っていて、隙はいくらでもあった。
「……えいっ」
ペンタが小さく声を発すると、彼の足元から黒い靄―――BEMウイルスのようだが、それよりも質感が伴った物が、触手のような形で生えてきた。それが、少年の足元に忍び寄る。
「うぉっ……!?」
そして、その触手が少年の胴体を絡め取り、持ち上げる。少年は手足をじたばたさせるが、宙に浮いていては何の役にも立たない。
「丁度良さげだし、こいつにするか……」
獲物を捕らえた直後、大声を上げる気配を感じて、ペンタは追加の触手で少年の口を塞ぎにかかる。
「……!」
「あーもう……大人しくしててくれよ、面倒臭い」
それでもなお暴れようとする少年に、ペンタはうんざりしたように触手を追加して、手足を縛り、目元を覆って視界も塞いだ。
「さてと……どれだけ遊べるかな」
お目当ての玩具を手に入れて。気怠げながらも期待の篭った声を漏らしながら、ペンタはその場から立ち去るのだった。
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