第21話 幼馴染との微妙な距離感


  ◇



「司君、またね」

「ああ、また」

 夕方。私―――御正山奈美は、家の前で幼馴染の遠山司君と別れた。今日は二人で商店街に繰り出して遊んでいたのだ。

「ただいま~……ふぅ」

 家に入って、私は思わず溜息を漏らした。……司君とは、中学に入って以来は接する機会が減っていた。それを埋め合わせるように、休日に予定を合わせて遊ぶことはあるけど、それでも小学生の頃に比べたら会える機会は激減している。学校では顔を合わせるけど、話せるタイミングがあまりないし。

 司君とは、家が隣同士なのもあって、幼稚園時代―――いや、当時のことはよく覚えていないだけで、それよりも前からの付き合いになるはずだ。そんな彼とは、幼い頃からいつも一緒だった。学校が終わったら一緒に遊んだし、休日も家族ぐるみで遠出したりしていた。それが、小学校高学年辺りから男女の違いを意識するようになって。少しずつ疎遠になり始めて、それが中学入学で一気に顕在化したのだ。

 彼と一緒にいると、やれ付き合ってるとか、揶揄されることは珍しくない。由美たちにだって、一度はからかわれたし、それ以降も言葉にしないだけでそういう風に見られている気がする。でも……正直、私が彼に抱いている気持ちが何なのか、まだはっきりさせられずにいた。

 私だって、年頃の女の子なのだから、恋愛には興味がある。でも、自分が司君と一緒にいたいと思う気持ちがそれなのか、それともただの友情なのか、それとも兄妹愛に近いものなのか、未だに判断が出来ない。だから、彼との関係を正確に定義できなくて。でも一緒にいたくて。そんなふわふわした気持ちのまま、今日も共に同じ時間を過ごしたのだった。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 出迎えてくれたお母さんに挨拶を返して、私は自室を目指す。司君との関係については未だに答えは出ないけど、とりあえず鞄を部屋に置いて着替えたいということだけははっきりしていた。

「おかえりワン」

「ヌコワン……何でいるの?」

 部屋に入ると、ヌコワンが出迎えてきた。でも、彼(?)を部屋に招き入れた覚えはないし、何故私の部屋にいるんだろうか?

「君たちのメンタルケアも僕の仕事だニャン。だから、定期的に君たちの部屋にお邪魔してるワン」

「いや、それは知ってるけど、いつの間に入って来たの……?」

「企業秘密だニャン」

 私の疑問をはぐらかすヌコワン。いや、さすがに怖いんだけど……。確かに、ヌコワンが私の家に来ることは今までにも何度かあったけど、知らない内に部屋に入られていたのは今日が初めてだ。

「それよりも、気づいているワン?」

「何が?」

 ヌコワンは部屋への侵入方法を話すつもりがなさそうなので、私は諦めて、鞄を仕舞いながらヌコワンの話に応じる。何だかんだ、ヌコワンが無駄話をするためだけに部屋まで来たことはなかったし、何か用件があるのだろう。

「たった今、ほんの僅かではあったけれど……BEMの気配が、近くでしたニャン」

「え?」

 ヌコワンの言葉に、私は耳を疑った。BEMが家の近くに現れたということ? 確かにBEMは神出鬼没だから、そういうこともあるだろうけど……。

「ただ、気配が小さい上に一瞬だけだったから、多分もう近くにはいないワン」

「つまり、消えたってこと?」

「もしくは、移動したか、だニャン」

 ヌコワンの話を聞いて、私は嫌な予感がした。……今までの経験上、BEMは出現場所から殆ど動かない。BEMウイルスは動くけど、あれは発生源になっている人型BEMを中心に広がるってほうが近いから、完全に気配がなくなるような移動とは訳が違う。そんな移動をするBEMなんて、私が知る限りだと、一つしかいなかった。

「それって……もしかして、ボスクラスが?」

 ボスクラスのBEMは自我があって、自分の意志で移動する。もしそうなら、ボスクラスのBEMが家の近くまで来ていたことになる。

「まだ確定ではないワン。僕の内蔵センサーだけでは誤作動の可能性もあるし、今魔法少女局に問い合わせてるのニャン。……でも、その可能性は頭に入れておいて欲しいワン」

「うん……」

 ヌコワンに言われて、私は頷くしかなかった。……私はボスクラスと直接戦ったことはない。輝美の救援に駆けつけたときは戦闘にならなくて、姿を見ただけだった。でも、実際に戦った輝美曰く、かなりの強敵らしい。そんな相手と、私は戦えるんだろうか……?



  ◇



 ……数十分後。


「奈美ー、ちょっと来て頂戴ー」

 部屋で寛いでいると、お母さんが私を呼ぶ声が聞こえた。

「はーい」

 返事をしながら、私は部屋を出て、お母さんの声がしたほうへ向かった。……ただ、声が聞こえたのはリビングとかじゃなくて、玄関のほうなのがちょっと気になるけど。

「何ー? ……って、あれ? おばさん?」

 玄関に着くと、そこには私のお母さんだけじゃなくて、おばさん―――司君のお母さんもいた。どうしたんだろう?

「奈美ちゃん……うちの司、まだ帰ってないんだけど、何か知らない?」

「……え?」

 おばさんの言葉を、私は一瞬理解できなかった。司君がまだ帰っていない……?

「家の前にあの子の鞄が落ちてたんだけど……本人はどこにもいないし、スマホも繋がらないのよ」

「そんな……」

 おばさんの言葉が飲み込めた頃には、私は困惑していた。司君とは家の前で別れたし、そこからどこかへ行ったとは考えにくい。例えどこかへ行くにしても、家の前に鞄を置いていくっていうのも変だ。

「司君とは、家の前で別れたんだけど……」

「そう……心配だわ。最近はあまり治安も良くないって話も聞くし」

 私の答えに、おばさんはそう漏らした。……もしかして。

「私、ちょっと探してくる」

「あ、ちょっと、奈美……!」

「奈美ちゃん……!」

 私は不安になって、家を飛び出した。……さっき、ヌコワンが言っていた。この家の近くに、ボスクラスのBEMが出現したかもしれないって。だったら、司君がそのボスクラスに何かをされた可能性がある。そう思ったら、いてもたってもいられなかった。

「司君……無事でいて」

 彼の無事を祈りながら、私は日が沈み始めた町を走るのだった。

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