第20話 ランチタイムと意外な遭遇
「いらっしゃーい! あら、一美ちゃんじゃない! それに由美ちゃんまで!」
笑顔食堂に入ると、店の奥から店主の千代子さんが顔を見せた。恰幅の良い中年女性で、店名のように笑顔が絶えない人だ。一美は店の常連だし、私も訳あって名前を覚えられている。
「千代子さん、こんにちは。二人だけど、入れるかしら?」
「それが、お昼時だから混んでるのよね~。相席で良ければ何とかなるけど……」
千代子さんの言うように、店内は混雑していた。行列が出来てなかったけど、確かに全部のテーブルが埋まっていて、相席しないと座れないだろう。
「あれ? 一美と由美?」
「奈美?」
「それに遠山君も。二人でお昼?」
すると、聞き慣れた声が聞こえてくる。そこにいたのは奈美だった。奈美の対面には、彼女の幼馴染である遠山君の姿もあった。
「うん、ちょっと一緒に出掛けてて、それで」
「ふーん……」
休日に二人で出掛けていた、つまりはデートだろうか。デートの昼食が定食屋なのは多少ムードに欠ける気がしないでもないけど、中学生のお財布事情を考えたら笑顔食堂になるのは止む無しだろう。
「あら、お友達? だったら、相席をお願いしてもいいかしら?」
「あ、はい。司君もいいよね?」
「ああ」
二人が座っていたのは四人掛けのテーブルだったので、私と一美は彼らと同席することになった。デートのお邪魔をするようで気が引けたけど、こればっかりは勘弁して貰うしかない。
「じゃあ、お邪魔します……」
私は奈美の隣に、一美は遠山君の隣に座った。偶然とはいえ、いつもの四人のうち三人が揃ってしまった。輝美だけいないのがちょっと惜しい。
「由美、私は決まってるけど、どうする?」
「私も決まってるから大丈夫だよ」
「そう。じゃあ、千代子さん、注文お願い」
「はいよー」
そして、私たちはすぐに注文をした。私はハンバーグ定食を、一美は日替わり定食を頼んだ。
「二人もここ、よく来るの?」
「私は二回目かな。前も司君と一緒に来て、安くて美味しかったから」
料理が来るまでの間、私は隣の奈美に話しかけていた。奈美がこの店にいるのは意外だと思ったけど、どうやら前にもデートで来たことがあったらしい。
「俺は前からちょくちょく来てたけどな。やっぱ安いと来やすいし」
一方の遠山君は、その前から来てたみたい。やっぱり、学生にとっては安さが正義だった。
「サバの味噌煮定食とトンカツ定食おまちー」
そんなことを話していたら、奈美たちの料理が先にやって来た。二人は先に注文していたはずなので、それはいいんだけど……問題は、料理を運んできた人だった。
「あ、はーい……え?」
「あれ? パパ?」
「由美。来てたのか」
そう、料理を運んできたのはパパだったのだ。エプロンを着用したその姿は、家では見慣れたものだけど、家の外だと新鮮に見える。
「あ、そっか。今日は商店街でお手伝いするって言ってたもんね」
うちのパパは専業主夫だけど、そのせいなのか商店街の人たちとやたら仲が良い。そのためなのか、たまに商店街のお店をお手伝いしてる。今日もどこかのお店にヘルプで入るとは聞いていたけど、まさかここだったとは。
「それにみんなも。……由美、今は仕事中だから、後でね」
パパはそう言うと、厨房のほうへと引っ込んでいった。
「なるほど。ランチ時なのに空いてると思ったら、由美のパパさんが手伝ってたからなのね」
去って行くパパを見ながら、一美はそう呟いた。一美はこの店の常連だから、いつもの混雑具合をよく知っているんだろう。
「じゃあ、お先に頂くね」
「お先に」
「あ、うん」
料理が来た奈美たちが先に食事を始める。やがて私たちの分の料理も来て、四人でご飯を食べるのだった。
「じゃあね~」
食事が終わって。奈美と遠山君がデートの続きに行って、また一美と二人になった。
「それでどうする? せっかくだから遊んでいく?」
すると、一美がそう問い掛けてくる。商店街かつ中学生だと選択肢があまりないけど、遊ぶ場所もないわけではない。カラオケやゲーセンもあるし、一美と一緒なら服屋に行くのも悪くない。彼女はファッションセンスもいいし、服を見立てて貰えると助かる。
「うーん……食後だし、腹ごなしにゲーセンでちょっと遊んでいきたいかな」
「そう。じゃあ付き合うわ」
方針が決まって、私と一美はゲーセンのほうへと歩き出す。商店街のゲーセンは小さいながら、ダンスゲームみたいな体を動かすゲームも揃っている。食後の運動には丁度いいだろう。
「それにしても、奈美と遠山君、相変わらず仲良さそうだったね」
「そうね。最近はあまり話せてないとか言ってたけど、それでも休日に一緒に出掛けてるくらいだし。……むしろ、普段あまり接する機会がないから埋め合わせをしてるのかもしれないけど」
その道すがら、私は一美と、奈美たちについて話していた。やっぱり年頃の女子としては、身近な人のコイバナは気になるところ。奈美と遠山君の関係がどうなってるのか、興味が尽きない。
「まあ、私たちは陰からそっと見守るしかないのが、もどかしいところね。下手に手出し口出ししたら拗れそうだし」
「そうだね……それで気まずくなったら困るし」
だからと言って、私たちに出来ることは殆どない。中学に入ってからは男女で一緒にいるだけで冷やかしの対象になることも増えたし、私たちが奈美たちを冷やかす側に回るのは本意じゃなかった。……冷やかしたいわけではないけど、それはそれとして二人の関係が気になるっていう、この気持ちをなんて呼べばいいんだろう?
「そういえば、由美ってそういうのないの? 好きな男の子のタイプとかって」
「え……?」
すると、一美がそんなことを尋ねてきた。私たちの間でコイバナの対象になるのは専ら奈美で、私にこの手の話が振られたのは初めてだった。
「いや、由美とそういう話をしたことがなかったなって思って。いつも奈美の話ばかりじゃない」
「それはそうだけど……」
「で、どうなの? やっぱりパパさんみたいに大柄で頼りがいのある男の人のほうがいいのかしら?」
「なんでそこでパパが出てくるの……?」
一応コイバナしてる時に父親のことを持ち出さないで欲しい……確かに、パパみたいに頼りがいのある人がいたら異性としては魅力的かもしれないけど。
「パパを基準にしたら、大抵の人は頼りなくなっちゃうと思うよ……」
「確かに……」
でも、私の反論に、一美は頷くしかなかった。……パパはあまりに規格外すぎて、あれを基準に恋人選びをしたら、誰とも付き合えないと思う。
「そういう一美はどうなの? どういう男の子がタイプなの?」
お返しとばかりに、私は一美にそう尋ねてみた。一美の好きなタイプも気になるし。
「私は……どうかしらね。恋愛とか、結婚とか、あんまり興味ないかな。うちの親があんなんだし」
「あ……」
でも、今度は一美の地雷を踏んでしまった。……この子、どこから地雷に繋がるか分からないので、不意打ちを食らいやすいんだよね。本人が然程気にしてないみたいだから、余計にこっちが気まずくなる。
「まあその分、奈美たちにはうまくいって欲しいのよね。……うちの家庭みたいにならないで欲しいわ」
「……うん」
一美の言葉に重みを感じながら、私たちはゲーセンへと向かうのだった。
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