第三章 魔法少女は幼馴染同伴で

第19話 少女たちの休日


  ◇



 ……数日後。


「うーん……」

 金曜日の夜、私は夕食の後、リビングで唸っていた。今週も何度かBEMが出現して、その度に色々試してみたけど、私はエボリューションフォームを使えなかったのだ。……ちなみに、輝美は一度だけ使って見せたけど、まだ慣れていないのか発動までにかなり時間が掛かっていたし、持続時間もほんの一瞬だけだった。とはいえ、現れたのはボスクラスではなくていつもの人型BEMだったので、エボリューションフォームになった途端に戦いが終わってしまっていたけども。

「どうしたんだい?」

 そんな私に、パパが声を掛けてきた。……こういうことを聞くのはあんまり気が進まないけど、ダメ元でパパに尋ねてみることにした。

「パパって、私のことめっちゃ好きだよね?」

「勿論。由美のことは世界で一番愛してるとも」

 私の問い掛けに、パパは即答してみせた。……パパがこう答えるのは分かりきっていたことだった。私はパパに途轍もなく愛されている。それはもう分かりきったことだった。だけど、私はエボリューションフォームが使えない。ヌコワンの言っていた条件を満たしているはずなのに、何故か使えないのだ。

「だよね……」

 でも、そのことをパパに相談するのは憚られた。考え方によっては、パパからの愛情を疑っているとも思われかねない。そうでなくても、パパにあんまり余計な心配を掛けたくはなかった。

「あ、そうだ」

 そうやって悩んでいると、ふと妙案を思いついた。魔法少女のことでの悩みなら、同じ魔法少女に相談すればいいんだ。丁度、明日は土曜日で学校も休みだから、時間も取れるだろう。



  ◇



「……で、私を呼び出したってことね」

 翌日。私は一美に連絡して、喫茶店で会っていた。この前のモール近くにあった店とは違い、近所の商店街にある店だ。飲み物の価格も軒並みリーズナブルなので、中学生でも入りやすい。

「うん。一美なら、何か分かるかもって思って」

 私たち四人の中で、一番頼りになるのは一美だと、私は思っている。彼女は賢いし、常に冷静で視野が広い。だから、この手の相談は一美にすることが多かった。

「でも、その相談内容なら輝美にするべきだと思うけど。エボリューションフォームを使えるのは、現状だと彼女だけだし」

「それは、そうなんだけど……」

 一美の指摘に、私は思わず言葉に詰まった。確かに、エボリューションフォームのことを相談するなら輝美のほうが適任かもしれない。でも、私はそれを避けてしまっていた。何故なら―――

「まあ、分かるけどね。……してるんでしょ? 嫉妬。輝美に対して」

「うっ……やっぱり、分かる?」

「分かるわよ。私だって、思うところはあるし」

 その理由を言い当てられて、私は気まずくなった。……一美の言うように、私は輝美に嫉妬している。少なくとも、彼女を羨んで、妬む気持ちが多少なりともあるのは自覚していた。

「今まで、チームの中核を担ってきたのは由美でしょ? それなのに、急に輝美が自分より強くなったら、多少なりともそういう気持ちになるものよ。でも、別にそれだけじゃないんでしょ?」

「うん……」

 確かに、輝美に対して妬ましい気持ちはある。でも、それと同時に仲間が強くなって嬉しいという気持ちだってちゃんとあった。それが余計に、私に罪悪感を抱かせていた。

「まあ、それについては割り切るしかないわ。というか、由美もエボリューションフォームを使えるようになれば自然と解消されるでしょうし。……どちらかというと、自分がパパさんからの愛を疑っているように思えてしまっているのが大きいんじゃないかしら?」

 コーヒーを啜りながら、一美はそう言った。……砂糖もミルクもないブラックのコーヒーだけど、一美は結構好んで飲んでいる。私には苦すぎて無理だから、こういうところを見てると一美は大人っぽいなと思う。

「うん……エボリューションフォームになれないってことは、パパに愛されてないって、そう思ってるのかもしれないって、考えちゃって」

「それ、多分考えすぎよ。というか、そもそもヌコワンの言ってることが怪しいし」

「え?」

 私の不安に、一美はそうやってバッサリと切り捨てるように言ってきた。

「だから、エボリューションフォームになるための条件。愛されて育ったことを自覚すること―――この条件が怪しいわ」

「怪しいって、どういうこと? ヌコワンが嘘を吐いてるってこと?」

「まあ、その可能性もなくはないけど」

 私の疑問に、一美はまたコーヒーを一口飲んでから、こう続けた。

「ヌコワンって、魔法少女局の所属で、要するに政府組織の一員なんでしょ? だったら、守秘義務とかで私たちに話せないことだってあるはずよ。さっき言った条件だって、それが全てとは限らないわ。他にもいくつか条件があるのかもしれないし」

 一美の意見は、要するに「嘘は言ってないけど全部言ってもいない」ということらしい。確かに、他にも条件があって、それをヌコワンが意図的に隠しているのだとすれば、私の現状にも説明がつく。

「まあ、そもそも魔法少女になれる条件からして怪しいし。……愛されて育っただなんて、私が該当してるとは思えないし」

「あっ……」

 続いた言葉に、私は二の句が継げなかった。……一美は、両親が滅多に家に帰ってこない。シッターさんや家政婦さんに面倒を見てもらっていたという生い立ちだ。そんな彼女が愛されて育ったという条件を満たしているとは、一美自身、到底思えないのだろう。

「別に気にしなくていいのよ? 商店街の人たちも良くしてくれてるし、私は自分を不幸だなんて思ったことはないわ」

 言葉に困った私に、一美はそう言って微笑んだ。……彼女自身は自分の家庭環境に思うところはないのか、たまに自虐ネタのように言ってくるので、反応に困る。

「まあ、そんな感じだから、今は気にしなくていいわよ。……ボスクラスが現れて戦力増強しないといけない時期に黙ってるってことは、多分問い詰めても口を割らないだろうし」

 ともあれ、一美はそうやって結論付けた。そうやってはっきり言ってもらえると、私も安心できる気がする。

「そろそろいい時間ね……折角だし、この後お昼ご飯も一緒にどうかしら?」

「うん、大丈夫だよ」

 コーヒーを飲み干した一美の問い掛けに、私は頷いた。いつもなら休日はパパが昼食を用意してくれるんだけど、今日は用事があって出掛けているので、どの道どこかで食べるか、買って帰らないといけないし。

「マスター、お会計お願い」

 一美がそう言うと、店のマスターが無言でレジのところまでやって来る。……そういえば、他にお客さんがいなかったから油断してたけど、マスターがいたんだった。魔法少女の話とか結構しちゃったけど、大丈夫だったのかな……?

「ねえ、今更だけど、お店であんな話して良かったのかな……?」

 会計を済ませて店を出たところで、私は一美に問い掛けていた。一応国家機密だったりするし、聞かれてたらまずいんじゃないかって不安になった。この前も似たようなことがあったし。

「大丈夫よ。BGMが掛かってたからそれで掻き消されてただろうし、他にお客さんもいなかったし。もし万が一マスターに聞かれてたとしても、マスターは口が堅いから問題ないわ」

 けれど、一美は気にした素振りはない。そういえば、この店を指定したのも一美だし、彼女はマスターのことは信用しているのかもしれない。

「それより、お昼は笑顔食堂でいい?」

「うん」

 一美の提案に、私は頷いた。笑顔食堂は商店街にある定食屋で、気のいい中年女性の店主が一人で切り盛りしている。早い、安い、旨いのお手本のようなお店で、中学生でも利用しやすいので、私もたまに行っていた。

「じゃあ、行くわよ」

 そう言って歩き出す一美は、どことなく機嫌が良さそうに見えるのだった。

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