第16話 兄と妹


 ……その頃。


「ピンク……!」

「リーフ! イノセント!」

 ヌコワンからの知らせを受けて、私は現場へと急行していた。その途中、奈美と一美が合流する。……今、私たちがいるのは安楽町上空だ。スマホ(最近買ってもらった)にヌコワンからの連絡が入ったのはついさっきのこと。ショッピングモールにボスクラスのBEMが出現したこと、たまたま居合わせた輝美が一人で応戦していることを知らされて、すぐに変身して空へと上がったのだ。

「ボスクラスが出現したらしいけど……ブラウン一人で大丈夫かしら?」

「ブラウンは防御特化だから、しばらくは大丈夫だと思うけど……」

 珍しく不安げな一美に、私は希望的観測を述べることしかできなかった。……輝美の防御力にはいつも助けられているから、彼女が簡単にはやられないのは分かっている。でも、ボスクラスのBEMとは未だに対峙した経験がない。それに輝美が耐えられるかは未知数だった。

「とにかく、急がないと……」

「ええ。……ところで、今日はパパさんは? さすがにお留守番?」

 先を急ごうとモールのほうへ向き直る一美だけど、ふとそんなことを尋ねてきた。

「パパなら、あそこだよ」

「「……え?」」

 私が指さしたほうを見て、奈美も一美も驚きの声を漏らした。……パパは今、道路を爆走していた。下手な自転車よりも早い、原付くらいなら余裕で追い抜けそうな猛スピードで、だ。

「……相変わらず規格外ね」

「というか、あれ、危なくないの? 人が飛び出してきたりとか」

「パパは勘が良いから、そういう事故は起こらないみたい」

 パパは何故かやたらと勘が良くて、あの爆走で他人を巻き込んだことはなかった。曰く、誰かが近づいてきたら気配で分かるらしい。

「ならいいけど……」

「うん……今はそれどころじゃないしね」

 釈然としない様子ながらも、二人は目的地のほうへ向き直った。……とにかく、今は急ごう。



「おらぁ……!」

「くっ……!」

 ボスクラスとの戦闘が始まって。大男が放つ衝撃を、私はバリアを使って何とか防いでいた。……今のところは衝撃だけだからバリアで防げてるけど、あの拳が直撃したら防ぎきれないと思う。このままだとジリ貧だ。

「おらおらどうしたぁ……!? 防戦一方じゃねぇか……!」

 大男との距離が徐々に縮まっていく。バリアが一枚だと割られてしまうから二重に張って対処するけど、このまま距離を詰められると二枚とも割られてしまうかもしれない。

「守ってばっかじゃあ勝てないぜ……! おらぁ……!」

「っ……!」

 手が届きそうな距離になって、遂にバリアが二枚とも割られてしまった。

「食らえや……!」

 そして、大男が右腕を振り被る。この距離だと直撃してしまうし、バリアの再展開も間に合わない……!

「おらぁ……!」

「きゃっ……!」

 拳が振るわれて、私は思わず目を閉じてしまう。そしてやってくる衝撃。体が吹き飛ばされて地面に投げ出された。

「っ……?」

 でも、衝撃が思っていたほどでもなかったのと、代わりに体の上に重みを感じて、違和感を覚えながら目を開いた。

「……え?」

 そして、映った光景に目を疑った。私の上に、兄貴が覆い被さっていたのだ。……つまり、さっきの攻撃から兄貴が守ってくれたってことだ。

「な、何で……?」

 あまりにも予想外な展開に、私は困惑していた。兄貴には避難するように言っておいたからもうこの場にいないと思っていたし、そうでなくても、まさか私を庇うとは思っていなかった。

「ぐっ……思っていたよりきついね、これは」

 兄貴は苦しそうにしながら、私の胸の中で呻いていた。あの攻撃をバリアもなく、魔法少女の衣装もなく、生身で直撃を受けたのだから、大怪我をしていても不思議じゃない。実際、兄貴は完全にぐったりとしていて、動くことが出来そうになかった。

「どうして避難しなかったのよ……危ないって、分かるでしょ」

「妹の、ピンチに……体を、張れない……兄は、いない、よ」

 そんな状態になっても、兄貴は笑顔だった。私を不安がらせないためか、無理して笑みを浮かべているのだ。

「そんなの……馬鹿じゃないの? こんな、私なんかの、ために……」

 兄貴は、この人は、私が妹だからというだけの理由で、ここまで体を張るのか。由美のパパさんならやってのけるだろうけど、あれは実際に成し遂げられるだけの力があるから出来ることだ。兄貴はあんな超人じゃない。普通の人で、荒事も苦手なはずだし、何より私みたいな生意気な妹を守るだなんて……。

 私は、我ながら可愛げのない妹だと思う。今日のことを思い返してもそうだ。一緒にモールに行こうと誘ってきた兄貴に、私の対応はずっと素っ気なかった。多分、兄貴は私が塞ぎ込んでいることに気づいて、気分転換をさせるために連れ出してくれただろうに、私はお礼の一つも言わなかった。それどころか、着いた途端に現地解散なんて言い出したり、ご当地魔法少女のポスターを見られて不機嫌になったり、服を買ってくれたら許すだなんて偉そうなことを言ったり……兄貴の気持ちも考えず、自分勝手な言動ばかりだ。

 今日だけじゃない。普段から、私は兄貴のことを疎ましがっていた。何かと構ってくる兄貴に、塩対応したり、文句を言ったり、お世辞にも友好的とは言い難い態度を取り続けていた。……昔は、こんなはずじゃなかったのに。まだ私が小学生くらいのときは、もっと素直に兄貴に甘えて、まだ可愛げのある妹だったはずだ。でも、兄貴が大学受験で忙しくなって構ってくれなくなって、合格後も新生活のためにしばらくは忙しくなって、それで私は不貞腐れたのだ。そこに私の思春期が重なって、いつの間にか今みたいな生意気な態度を取ることが常態化していった。

「輝美は、大事な……妹、だから、ね」

 そんな私に、兄貴は優しかった。今思えば、受験中も兄貴なりに私との時間を作ろうとしてくれていた。決して私のことを蔑ろにはしていなかった。なのに、私が勝手に駄々を捏ねて、距離を取って……それでも、私のことを大事だって、そう言ってくれるのだ。

「兄貴……」

 そんな兄貴に、ふと私は思い出したことがある。魔法少女になれる人間の素質には、「強く愛されて育つ」という条件があるらしい。私がその条件を満たしているというのなら……私はきっと、兄貴に愛されて育ったのだ。まだ幼かった小学生のときも、生意気になった今も、私は兄貴に愛されている。―――だから、魔法少女になれたんだ。

「ったく、期待外れすぎだろ……もういい、纏めてぶっ潰してやる」

 そのとき、大男の声が聞こえてきた。……そういえば、まだ戦闘中だった。このままってわけにはいかない。兄貴が私を守ってくれたように―――兄貴を守れるのは、私だけなんだから。

「……兄貴、ごめん。生意気な態度ばっかりで。後でちゃんと謝るから」

 私は、兄貴を押し退けた。覆い被さった男の人を退かすのは大変だと思ったけど、魔法少女の力のお陰ですんなりいった。兄貴を床に寝かせると、私は立ち上がる。

「今度は―――兄貴をちゃんと守るから」

 体が熱い。力が、体の奥底から湧き上がってくるようだった。―――兄貴に愛されていた。その事実を認識しただけで、ただの気持ちの持ちようで、ここまで人は変わるのだろうか。

「弱っちぃ癖に粋がるなよクソガキ……! てめぇも、そこのクズも、全部ぶっ潰してやる……!」

 大男が、右腕を振り被りながら距離を縮めてくる。さっきまで途轍もない脅威に感じていたけど、今の私は不思議と怖くなかった。

「悪いけど、そんなことはさせない」

「なっ……!」

 大男の拳を、バリアで防ぐ。さっきは二枚重ねても防ぎきれなかったけど、今は一枚のバリアだけで完全に防ぎきっていた。

「これ以上、あんたに好き勝手されて堪るか……!」

 私は、自分の中で何かが変わったことに気づいた。今まで以上に、魔法少女としての力の使い方を理解したという感覚。そして、新たな力の存在に辿り着いた。

「行くわよ……エボリューションフォーム!」

 私は剣になったステッキを掲げて、新たな力の名前を呼んだ。

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