第15話 対峙する強敵

「お客様、困ります……ここはイベントステージですので、許可なく立ち入らないでください」

 ショッピングモールの店員が、ステージに立つ大柄な男に注意をする。だが、その男は聞く耳を持っていなかった。いや、そもそも彼には人間と会話するという機能があるかすら怪しかった。

「……ムカつく。……イラつく。……どうして俺が我慢しなくちゃならない? ……俺は何だ? ……何故俺は遠慮なんてしてるんだ?」

「あの、お客様……? 聞こえていますか……?」

「……この衝動を、どうして抑えつけなければならない? ……ひと月だ、ひと月待った。……だというのに、まだ待たねばならないのか?」

 大男はぶつぶつと独り言を漏らしていた。店員の声など、聞こえている様子もない。

「……ああ、簡単じゃないか。……全て、壊してしまえばいい」

「あのー、お客様? いい加減に―――きゃっ!」

 それでも何とか対話を試みる店員を、大男は右手を振るって突き飛ばした。

「壊す、壊す、壊す……!」

「だ、誰か……!」

 地団太を踏むようにしてステージを破壊していく大男から、店員がほうぼうの体で逃げ出す。そうしている間にも、ステージが破壊されていき、大男が床に投げ出される。

「全部、壊す……!」

 大男は床に着地すると、周囲のテーブルや椅子などを破壊し始めた。そうして、広場が混乱に包まれていくのだった。



「ちょ、あれ……!」

 目の前の光景に、私は驚きを隠せなかった。……ボスクラスのBEM。話には聞いていたけど、本当に物を壊し始めている。今までのBEMとは違うっていうのも一目瞭然だった。

「輝美、とにかくここから離れよう」

 そんな私の手を、兄貴が掴んだ。他のお客さんたちは、遠巻きにあの大男を見てるか、一目散に逃げ出してるかのどちらかだし、普通に考えれば後者のようにこの場から立ち去るのが賢明だろう。

「でも……」

 だけど、私は迷った。私は魔法少女だ。こういうときのために魔法少女になったんだ。でも……今は兄貴がいる。兄貴は、私が本当に魔法少女をやっていることは知らない。ただのパフォーマンスだと思っている。そんな兄貴の前で、魔法少女になっていいのか。

 そもそも、今この場にいる魔法少女は私一人だ。私だけで、ボスクラスと戦うの? 由美たちがいないとまともに攻撃も出来ないのに?

「はぁーーーっ!」

「……!」

 でも、そんな迷いを吹き飛ばすような声と気配に、私の体は勝手に動いていた。兄貴の手を振り払って、コンパクトを取り出す。そして開いて、魔法少女に変身、兄貴とあの大男の間に割って入った。

 ステッキを即座に剣に変形させながらバリアを張ると同時、とんでもない衝撃が周囲を襲った。

「くっ……!」

 ギリギリ展開が間に合ったバリア越しにでも伝わる、激しい衝撃。それは周囲の壁や床に亀裂を入れ、ステージの周りにあった椅子などを吹き飛ばしていた。ちょっとでもバリアの展開が遅れていたら、私も兄貴もヤバかったかもしれない。……ひと月程度とはいえ、私は魔法少女として戦ってきた。その経験が、咄嗟に私の体を動かしたのだ。

「て、輝美……?」

 そんな私の後ろから、困惑する兄貴の声が聞こえてくる。……あーあ、バレちゃったか。でも、こればっかりは仕方ない。今のは迷ってる時間もなかったし、事故だと思って割り切ろう。

「兄貴、早く避難して。……あいつは、私が何とかするから」

 私は兄貴にそう言って、大男のほうを向いた。大男は未だに暴れているし、大声を出すたびに周囲に衝撃が走る。

「ヌコワン! みんなは!?」

「もう連絡してあるニャン。でも、さすがに時間がかかるワン」

 私の呼びかけに、ヌコワンはそう答えた。……分かってはいたけど、しばらくは私一人で耐えるしかないみたい。

「……」

 チラリと周囲を見回してみると、他のお客さんは殆ど逃げていた。でも、さっきの衝撃で倒れた人が何人かいる。この人たちにボスクラスの攻撃が向いたらまずい。絶対に防がないと。

「……ん? 何だお前ぇ?」

 すると、大男が私に気づいた。こいつの意識が私に集中すれば、他の人たちへの被害が減るから、これでいい。いいんだけど……やっぱり、怖い。ボスクラスが大男の姿だからなのか、それとも私一人だけだからなのか。

「私は魔法少女ビューティーブラウン。勝負よ、BEM」

「ベム、だぁ……? まあいい、嬲り甲斐がありそうな奴が来て嬉しいぜぇ……!」

「……!」

 大男が腕を振るうと、空気を切り裂く程の衝撃が私に襲い掛かる。張り直したバリアが軋んで、悲鳴を上げた。

 今の衝撃は私に向けられたものだったけど、その余波は広場全体に広がっていた。このままだと、逃げ遅れたお客さんたちが危ない。

「ヌコワン……!」

「今、魔法少女局に連絡して職員を寄越して貰ってるニャン! それまではどうにか周囲に被害を出さないで欲しいワン!」

 ヌコワンに呼び掛けると、私の意図を察してそう返してくる。……となると、それまでは出来るだけこいつの攻撃を私に惹きつけて、耐え続けるしかないってこと。分かりきっていたことだけど、気が重い。

「おらぁ……! 掛かってこいやぁ……!」

 大男が叫ぶたび、周囲の空気が軋む。……怖い。いつもはみんなと一緒だけど、今は私しかいない。それに、いつもの人型BEMと違って、ボスクラスの威圧感はとんでもない。魔法少女をやってて、初めて恐怖を感じたかもしれない。

「行くわよ……!」

 でも、後には引けない。私は必死に恐怖を押し殺して、ボスクラスと対峙する。

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