第14話 そしてそれは唐突に



  ◇



「さて、どこから見ようか?」

 モールに着いて、兄貴はそう尋ねてきた。私たちが今いるのは、立体駐車場に続く出入口のところ。車で来たので当然だった。モールの端のほうなのでテナントは少なく、ATMコーナーやトイレ、階段くらいしかない。

「別に、一人で見て回るけど……」

「じゃあ、輝美の好きなように回るといいよ。僕はついて行くから」

 現地で解散して帰りに合流するつもりでいたのに、兄貴はそんなことを言い出した。……服とか下着を買うときにもついて来るつもりなのだろうか、この兄は。兄貴ならマジでやりそうで嫌だ。

「ついて来ないでよ」

「それじゃあ折角一緒に来た意味がないじゃないか。それに、欲しいものがあったら買ってあげるよ。バイト代も入ったから、懐には余裕があるし」

 突き放そうとするも、兄貴は折れる様子がない。……兄貴は昔から構いたがりで、こういうところに来るとなかなか一人にしてくれない。大学生になってからはバイトで稼ぐようになったからか、私に何かと買い与えようとまでする始末。いや、それ以前も自分のお小遣いから色々プレゼントしようとしてたっけ。

「……とりあえず、お昼にする」

 こうなったら何を言っても聞かないだろうし、昼食もまだだったので、先にご飯を済ませることにした。中学生の財布だとフードコートでの飲食も結構痛手だけど、兄貴が奢るんだったらその心配もない。

「じゃあ、行こうか」

 歩き始めた兄貴の後ろを、着かず離れずの距離で私はついて行った。休日なので人も多いけど、さすがにはぐれるほどではなかったので、大丈夫だろう。

「あっ」

「……ん?」

 すると、兄貴が急に足を止めた。どうやら、壁に取り付けられた掲示板を見ているみたいだけど。

「……げ」

 兄貴が見ているポスターを見て、私は思わず声を漏らした。……そこに張られていたのは、安楽町をPRする内容のポスター群。そのうちの一つが、見覚えのあるものだったのだ。『魔法少女マジカルビューティー4、安楽町の平和を守ります!』と書かれたそれは、私たちがやってる魔法少女活動―――正確には、表向きにやっているパフォーマンスとしてのご当地魔法少女としての活動で作ったポスターだった。

「本当にご当地魔法少女なんだね、輝美は」

「……あんま見んな」

 兄貴がしみじみとしながら言い出したので、私は思わず低い声でそう返してしまう。……顔は加工されていて別人だけど、コスプレしてポーズを決めている写真を家族に見られるのは、やっぱり恥ずかしかった。それも、家の外という場所で、不意打ち気味だったので余計にだった。

「この茶色の子が輝美だろう? 顔は加工がされてるけど、雰囲気がそれっぽい」

「見るなっての……!」

「ええ~? 可愛いと思うんだけどな」

「……っ~~!」

 このままここにいたら、兄貴が余計なことしか言わなそうなので、私は兄貴の腕を掴んで引き摺って行くことにした。

「そんなに恥ずかしがらなくていいのに」

 兄貴は残念そうにしながらも、大人しく私に引っ張られていった。……本当のことを話すわけにもいかないし、多少はお金も貰えるからってやることにしたけど、やっぱりご当地魔法少女なんて引き受けなければ良かった。



「まだ恥ずかしがっているのかい? そろそろ機嫌を直してよ」

「……」

 フードコートで昼食中、私は終始無言だった。腹いせに値段の張るチャーシュー麺(味玉トッピング)を頼んでやったものの、兄貴の財布はその程度では大したダメージにもならないらしい。

「僕も輝美が頑張っているところを見たかったんだよ。だから、ちょっと舞い上がっちゃったんだって」

「……」

 兄貴が釈明しているけど、私はそれを無視してチャーシューを頬張る。……いや、別にいいのだ。こうなる可能性は最初から想定していた。公に出回るポスターの撮影をした時点で家族に見られることは覚悟していたし、既にサンプルを何度か見せてもいる。これは単純に、私の精神が未熟なだけなのだ。兄貴が悪いわけじゃない。

「……服」

「え?」

 だから、本来なら許す必要すらないはずなのに。私は素直じゃなかった。

「服。新しい服、買ってくれたら、許す」

「お安い御用だよ」

 素直じゃない妹の、可愛げのない我儘。道理の通らない、傲慢な要求。それにも関わらず、兄貴は本当に嬉しそうに笑っていた。

「……ふん」

 それが何故か気に食わなくて、私は八つ当たりのように味玉を口に放り込むのだった。



「ん? あれ、なんだろう?」

 昼食を終えて。私と兄貴は、衣料品コーナーがある二階へ向かおうと、広場前のエスカレーターを目指していた。そうなれば当然、中央広場が目に入る。

 このモールの中心は吹き抜けになっていて、そこが中央広場になっていた。普段なら休憩スペースとしても利用できるけど、たまに何かしらの催し物がやっていたりする場所でもある。

 そんな場所にあるステージ上に、誰かが立っていた。一人は、多分モールの店員さん。そしてもう一人は、筋肉質で大柄な男の人。由美のパパさんみたいな体格だけど、彼とは違って短い金髪と褐色肌が特徴的だった。

「なんか、揉めてるみたいだけど……」

 兄貴が言うように、その大男は、店員さんと揉めているようなのだ。今は特にイベントがあるわけではないようなので、勝手にステージに乗っている大男を咎めているのだろう。

「そんなことより、早く行こ―――」

 揉め事だとしても私たちには関係ない。だから先を促そうと、私が兄貴に声を掛けようとしたときだった。

「―――あれはBEMだワン」

 ポーチから声がした。正確には、ポーチから顔を出しているぬいぐるみ、ヌコワンから。

「ちょ……!」

 突然のことに、私は慌てた。ヌコワンにはぬいぐるみの振りをしろと言っておいたのに、勝手に喋りだして―――遅れて、その内容を理解して、私は思考が真っ白に染まった。

「輝美、あれはBEMだニャン。ボスクラスのBEMが現れたワン」

 BEMの中でも特に強いと言われているボスクラス。それがよりにもよって、このタイミングで現れたなんて。私は、それをすぐに理解できなかった。

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