第2話 東京部隊の勇者たち
東京家の滅亡を一番に悟ったのは埼玉であった。現在の埼玉家の勇者は二十六歳、東京家の代替わり後に埼玉家の後を継いだ新人勇者だ。セミロングの黒髪が控えめな顔によく似合い、体のラインの出ないシンプルながらオシャレな服を着た細身の女性だ。東京とは仲が良く、東京の母のことも母と呼び慕っていた。東京の死に際にも立ち会い、報道より先に情報を得ていたのである。東京の支配が続いている限り安泰であった埼玉の地位であるから、彼女は大急ぎで実家に帰り家族会議が始まった。
「お母さん、どうしよう。東京さんが亡くなって他に勇者の力を持つ人がいないとなったら、もう東京家は終わりだよね。え、どうしよう」
勇者たちは、それぞれ勇者の
しかし遠くない未来、東京家の権威は失墜する。東京家の定めたルールなどもはや意味を持たず、秩序は失われた。埼玉は、腰に帯びた装飾のない簡素な剣の鞘を指で撫でる。その手は目の前の両親を不安にさせるには十分すぎるほど震えていた。
「戦うしか、ないんじゃないかな。確かに東京さんに気を遣って、彼らに良くしてもらうことで分不相応な扱いを得ていたかもしれない。だけど、我々だって弱いわけじゃない。こうなってしまったら、覚悟を決めるしかない」
ゆっくりと答えたのは父であった。埼玉家勇者は、先代である母、その婿であり勇者の力を持たない父、十代の弟との四人家族であり、勇者も新人のためまだ一度も戦ったことはない。東京家先代とともに何度もモンスターとの戦いに赴いていた母だけが頼りであったが、訃報を聞いてから彼女は一言も言葉を発さなかった。
埼玉と同じく東京の側近として高い地位を保っていた勇者であるが、こちらは随分と反応が異なるようである。神奈川だ。三十四歳の男性で、幼い三人の子供がいる。日焼けした肌に短い黒髪、明るい笑顔が質の良い高級なスーツと腕時計に映える。
「東京が死んだって聞いたけど、あんたチャンスじゃない?」
報道を見た妻が冗談めかして言う。彼と同じく日焼けした肌に明るい笑顔が輝く同い年の女性だ。
「あんまそんなこと言うなって」
口ではそう言うけれど、勇者自身もその笑顔を隠すつもりもなかった。
神奈川家は東京家に次ぐほどの強い力を持ち、東京でさえも意のままにはできないほどであった。悍ましいモンスターたちから国を守ることにも大いに貢献しており、隙あれば首都の座を手にしようという野心が東京にも見えていただろうが、それを咎められることもなかった。
今となっては彼を止めるものは何もなく、自信に満ちた白い歯が輝いていた。
東京と同じ部隊で戦い、東京を近くで支えていた勇者は、全部で三人いる。最後の一人は、千葉である。レッドブラウンの長い髪を揺らし、ノースリーブの白いワンピースに白いサンダルが白い腕にも少し焼けた足にも似合う、二十一歳の長身の女性であった。若いが勇者としては七年目であり、戦いには慣れている。彼女が訃報を知ったのは戦場だった。
「ガチやばいよちばち、聞いて聞いて、ちょっと来て」
大きい剣を振り回しモンスターを薙ぎ倒していく千葉に声がかかる。
「何さ、今いいとこなのに」
モンスターの巣にまで乗り込んで、人々を襲う素振りさえ見せないモンスターたちまで狩り尽くしていた千葉を止められたのは、彼女を止めたのが同じくモンスターの巣にまで乗り込むような戦友であったからだ。ノースリーブのトップスにジーンズを履き、金髪を靡かせる二十九歳の女性だ。彼女も十年戦場に立ち続けている勇者であり、気質が近く年下の千葉を彼女が一年目の頃から可愛がっていた。茨城である。
「東京さんが死んじゃったんだって。あの人兄弟とかもいないし、がちやばいっぺ?」
「え、は、嘘!」
なんでもない話題であったらすぐにでも戦いを再開しようとしていた千葉であるが、茨城からの報告には驚き剣を背中の鞘に戻した。
「東京さんって、あの東京さんだよね。でもだって、まだそんな年じゃないし、今は戦いにも出てないでしょ。なんで。そしたらどうなんの。どうなんだ」
千葉は必死に頭を働かせるが、結局彼女はどんな結論を出すこともできず、戦友とともにまずは国に帰ることを決めた。
「いやぁ、びっくりした。ちょっと、今日だけ一緒にいてもいいかな。なんか、今日は一人になんの、きついかも」
「うん、全然いいよ。ちばちだったら何日泊まってくれてもいいよ。子供らも喜ぶし」
茨城は四人の子供を持つシングルマザーであり、千葉は茨城の子供たちを弟妹のように可愛がっている。
東京の勇者が死亡したということは、どういうことなのか。この国はどうなっていくのか。千葉と茨城には具体的なイメージはできていなかったが、なんとなく不安を感じ、二人で茨城の家へと向かった。彼女たちは勇者同士が争うなんてことは考えもしていなかったが、戦いの足音は確かにその耳に届いていた。
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