3話 電車への飛び込み
これは単なる事故ではないわよね。
お昼前、陽の光が暗い雰囲気のオフィスを照らす。
音羽と、先日亡くなった係長、男性たちを見たときは、再び体が凍りついた。
音羽は、自殺の原因となったプロジェクトで指導役だった里さんの後ろにいる。
後ろからかぶさり、肩に両腕を垂らしている。
係長たちは、里さんの横に座っている女性たちを1人づつ囲み、睨んで立っている。
どうして、係長たちまでいるの。
お昼前なのに、里さんが座る席の島だけ、どんよりと濁って、暗く見える。
なにか、黒い煙が漂っているみたい。
その席に座る人たちは、目を充血させながらパソコンにかじりつき、全く気づいていない。
音羽は、この前見たひどい姿だった。
でも、係長たちは、濡れているだけで、この前までと姿はあまり変わらない。
ただ係長たちの目つきは厳しく、目の前にいる人を殴ろうとする気迫を感じた。
バタン、バシャ
係長が、前を通りかかった男性若手社員の足をいきなり蹴った。
男性若手社員は、つまづき、持っていたコーヒーを周りに撒き散らしながら倒れたの。
「おまえ、何やっているんだ。本当にクズだな。給料の半分、返納な。いや、それでももらいすぎだ。
お前、死んだほうがいいじゃないか。その方が、会社のためだぞ。」
「申し訳有りません。そんなつもりじゃなかったんですが、どこかに躓いて。」
「そもそも、お茶くみをこいつにさせてサボっている女はどこだ。ちゃんと、自分の仕事をしろよ。こいつの仕事は、お客様への請求書を作ることだろう。それさえできないというのに、お茶くみとかさせてるんじゃないよ。」
「彼にお願いしたのは私です。申し訳有りません。」
それを聞いて、里さんは、書類をその女性の頭に殴りつける。
「おまえか。お前も仕事できないな。ここで、裸になれ。それぐらいしか、職場を明るくすることはできないだろう。」
その女性は泣き出してトイレに駆け込んだ。
「俺に感謝しろよ。こんなできない人を退職に追い込んでやっているんだから。本当は俺だって、こんなこと、いいたくないんだぞ。ただ、会社のためだと思って言っているんだ。そういえば、沢村も、自殺するなんて本当に迷惑だ。俺の仕事が増えたじゃないか。少しは仕事できるやつというと沢村だったんだけどな。まあ、お客様とトラブルを起こしたんだから、その責任をとって自殺したんだから、しかたがないか。さあ、みんな、働け。」
本当に、里さんは聞いていたい以上にひどい人。
そして、音羽は、里さんの耳元で囁いた。
今回は、はっきりと聞こえた。
しかも、子供に言い聞かせるように、ゆっくりと。
「あの時のミスは私のせいじゃない。高野から送られたメールを課長に見せて、高野のせいだと伝えなさい。そして、踏切で飛び込み、電車に轢かれるのよ。」
聞き間違いじゃない。はっきりと聞こえた。
あの時のミスというのは、お客様に大きなご迷惑をかけた件だと思う。
それで、里さんは、音羽を毎日のように怒鳴りつけ、音羽は鬱になってしまった。
そして、係長たちも、女性たち一人ひとりに囁いた。
「お前たちは、音羽を陰でいじめ、鬱に追い込んだだろう。お前たちは、生きるに値しない。里と一緒に、踏切に飛び込み、電車に轢かれろ。また、お客様にも、今回のミスは、高野が行ったものだと伝えておけ。」
里さんは、あの事件は、高野さんのせいだったというメールを全社員に一斉送信したの。
そして、表情もかえずにランチにと言って、オフィスを出ていった。
また、囁かれた女性社員3人は、屋上でお昼を食べ始めた。
社内では、メールをみて、音羽が鬱になったんだと誰もが話していた。
高野さんからミスを押し付けられたせいだと。
でも、高野さんは社長の息子で、正面から批判する人は1人もいなかったの。
でも、お昼すぎに、みんなの雰囲気は一変した。
里さんたちが、オフィスからでて、踏切から電車に突進して轢かれたと聞いたから。
ドシ、ドシ、ドシ
また、屋上でお弁当を食べていた女性3人は、屋上の柵を飛び越えて、ビルから飛び降りた。
上から次々と女性たちが落ちていく。
これを目の当たりにした通行人たちは、悲鳴を上げ、地面にしゃがみこんでしまっている。
次は、音羽を助けられなかった私に囁くんじゃないかと、恐怖で怯えたわ。
そう思ったのは私だけじゃない。
音羽の自殺の原因となったプロジェクトメンバーはどんどん死んでいく。
心当たりのある人は大勢いた。
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