第6章 海からの囁き

1話 恋愛

お母さんは、私が赤ちゃんのときに殺されたから顔は覚えていない。

でも、私は、養護施設で澪ちゃんといつも可愛がられてきた。

また、私は強運の持ち主とみんなが言っていた。


車の事故でも、無傷で助かったんだって。

ただ、養護施設育ちで親がいないことには少し引け目を感じていたわ。

こんな私って、結婚とかできるのかしらとか。


彼の親から、やめておきなさいとか言われないかしら。

でも、お母さんは殺人者じゃなくて被害者。

だから、そんなこと言わないでよ。


そして、私は就職をした。

なんか、最近、体が軽くなったようにも感じる。

お母さんのことも、あまり思い出さなくなった。

新鮮な気持ちで仕事を始めたの。


そして、入社3年目で、心が踊る日々を過ごしていた。

社内で付き合っていた彼がいたから。


その彼は竜也というんだけど、私の2年上の先輩。

こんなブラックな会社で激務なのに、淡々と仕事をこなしている。

上司からもとても評判がよく、30歳のときに課長に昇進していた。


見た目もイケメンで、あんな人と付き合いたいと、大勢の女性社員の憧れの的だった。

私が、会社からの帰り道で、その先輩とばったり会ったの。


「今日も遅いんだね、一緒に飲みに行かないか。」

「え、どうしようかしら。」

「なんか予定はあるの?」

「別にないんですけど。先輩と行ったら、他の女性から睨まれそうだし。」

「そんなことはないと思うけど、そうなったら僕が守ってあげるから。」

「先輩って、強引なんですね。」

「強引なのは、有村さんが、あまりにかわいいからさ。強引なのは嫌かい?」

「そうでもないけど。」

「じゃあ、行こう。」


爽やかな笑顔で誘われた。

でも、あの皆の憧れの先輩が私を誘ってくれるなんて信じられなかった。

なんか恥ずかしくて、最初は、あまり話せなかったわ。


でも、それから、よく会うようになり、朝まで一緒にいるなんてことも増えた。

優しさは変わることはなく、仕事の悩みも相談にのってもらっていたの。


「ねえ、最近、毎日のように酒井さんという御局さんからいびられるの。女性って嫌ね。」

「酒井さんか。少し怖い人だよね。まあ、もう魅力がない年齢になって、澪のことひがんでいるんだよ。はいはいと笑顔で接しておけばいいって。」

「そうね。でも、ちゃんと仕事しているのに、叱られてばかりいると滅入っちゃうの。」

「だから僕がいるんだろう。僕に、何でも相談すればいい。僕ができることがあれば、するからさ。ところで、今朝は土曜日だから、もう1回しよう。」

「くすぐったいってば。」


私は、朝から竜也の腕に包まれた。

竜也は私の体の扱いがうまい。

それとも相性がいいって、こういうことを言うのかしら。

もう、竜也なしで生きられない。


でも、同じころ、実は、同期の斉藤くんが、私に近づいてきたの。

本当に困るわ。

斉藤くんが近づいてきたのは、職場の飲み会で、横に座ったのがきっかけ。


同期だし、お酒をついだり、斉藤くんの話しに大笑いとかして、その場は楽しく過ごしたの。

それに勘違いをしたのかしら。


「僕らは気が合うね。みんなに内緒なんだけど、今度、一緒に映画に行こうよ。」

「いつなの?」

「今週末とか、来週末とか。」

「今週末、来週末、どうだったかな。あ、両方とも埋まっているからだめだね。

「じゃあ、今月末とかどう?」

「今月末もだめ。」

「じゃあ、有村がいい日でいいや。」

「半年ぐらいだめかな。また、半年後に考えてみようか。」

「じゃあ、ランチとかどう?」

「ランチ、友達といつも一緒だからだめかな。」

「たまには、友達とのランチを断って、僕とさ。」

「女どうしの付き合いとかあるのよ。」


そんな感じで、すべて断っているのに、いつも誘ってくるの。

用事があるとか言って断っても、じゃあ今度ねってしつこい。


何回も断れば、その気がないって分かるじゃない。

私だって、あなたのことは興味がないなんて言いたくないの。

みんなから嫌われたくないの。

だって、みんなが大好きな澪でいたいでしょう。


本当は、付き合っている人がいると言いたかったわよ。

でも、社内恋愛で公表できなかったし。

だからか、斉藤くんは、私が内向的で、本当は好きなのに、言えないんだと信じていたんだと思う。


私も、良くなかったかもしれない。

この前、夜遅くなって、お腹が空いていたので、久しぶりにサイゼリアに入ったの。

そしたら、斉藤くんが同席をしてきたの。


「おや、有村じゃないか。今夜は空いているんだ。一緒に飲もう。」

「いや、今夜、女友達と約束していたんだけど、病気でキャンセルになっちゃって。だから、1人ごはんなの。」

「そうなんだ。でも僕にとってはラッキーだったな。有村と飲めんだから。今日は、とことん飲もうよ。」

「今日は、親戚が来ていて、早く帰らないといけないの。あと30分ぐらいで出るけど。」

「じゃあ、30分でいいや。有村って、どんな男性が好きなの?」

「う〜ん。仕事ができて、私に優しい人かな。」


斉藤くんじゃないと思って言ったんだけど、通じなかったみたい。


「それって、僕じゃない。ねえ、付き合おうよ。」

「今は、そんな気持ちになれないかな。」

「どうして。」

「まだ1人前じゃないから、仕事に専念しないとだし。」

「僕と一緒でも、仕事に専念できるさ。いや、僕が仕事を教えてあげるし。」


断るのも角が立つと思い、少しだけお酒に付き合うことにしただけなのに。

もう会いたくないなんて言う勇気がなくて、笑いながら30分を過ごした。

でも、そろそろ察してよ。


そんな中、会社からの帰り道で、暗い道に入ると突き刺すような視線を感じたことがあった。

恨みを持ったような強い視線。


振り向いても誰もいない。

私を鋭く見つめる2つの目だけが浮いて、着いてくるっていう感じかしら。


もしかしたら、斉藤くんなの?

はっきりと言わないとダメなのかしら。

なんとか、気づいてもらいたい。


それからも斉藤くんは何回も誘ってきた。

もう、中途半端じゃダメだと思ったわ。

だから、会社の廊下で会った時に、はっきり断ったの。


「斉藤くん、これまで言わなかったんだけど、少し前から私には彼がいるの。」

「それって、最近なのか。というのと、僕と付き合っているときに浮気をしたとか。」

「私たち、付き合っていないでしょう。」

「いや、一緒に夕食もとったじゃないか。しっかりと付き合っていただろう。」

「なんで、そうなるの? いずれにしても、私は好きな人がいるの。そして、それは斉藤くんじゃない。もう、つきまとわないで。」

「何を言っているんだ。有村は騙されているんだ。その男は誰だ? 僕が文句を言ってきてやる。」

「もう、やめて。私は、斉藤くんのこと嫌いなの。もう顔も見たくない。」

「有村、冷静になろう。今日は帰ってあげる。もう少し、時間が経てば、僕と付き合う方がいいと思うさ。」

「そんな日は来ない。さようなら。」


人を傷つけることになると思い、かなり勇気がいたの。

でも、なんとか伝えると、斉藤くんは、だまって去っていった。

これで、良かったのよね。


でも、その後すぐに、竜也は転職し、連絡がとれなくなった。

どうしてなの。私は、一生、一緒にいるつもりだったのに。


竜也に連絡しても、ブロックされているのか既読にもならない。

私には、竜也しかいなかったから、目の前は真っ暗となった。


私って、あまり積極的じゃないから、彼氏って竜也が初めてだったし、女友達もあまりいない。

あえて言えば、職場の同期の音羽ぐらいだけ。

でも、音羽とは、時々一緒に飲みに行くぐらいで、親友というわけでもない。


仕事の悩みとかも相談できずに暗い日々が続いた。

そして、また最近、見えるはずがないものが私の周りに現れ始めた。


そんなとき、音羽が鬱になり、自殺したという話しを聞いたの。

当社は、激務でひどい会社だから。

そんなことがあっても不思議じゃないわねって感じただけだった。

私は、竜也にふられ、仕事は激務で、周りの人のことを考える余裕がなかったから。

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