5話 守ってあげる
最近、生理がこない。これは、もしかして。
殺されかけるという衝撃的な経験で生理が遅れているのかもしれない。
検査キットで調べるしかないわね。
そしたら、妊娠しているってでてるじゃない。
私は当惑した。これは殺人鬼である淳一の子ども。
相談できる人もいないから、悩む日々が続いた。
でも、私は決めた。というより、どうしても子どもを産みたかったの。
私の遺伝子を残したいという生物としての欲求だったのかもしれない。
お腹はだんだん大きくなり、会社にもシングルマザーと公言することにした。
誰も、私のことなんて嫌いだから構わない。
影で噂する人もいたけど、私に直接行ってくる人もいなかった。
だって、私を敵にすれば、報復が怖いでしょう。
あの、総務部のメンタルになった子みたくなっちゃうとか。
そういえば、その子は、私が産休で休んだのを契機に一旦復帰したみたい。
でも、多分、今でも仕事ができずに周りに迷惑をかけているんだと思う。
でも、最近、自分が嫌なやつになっていることを少し反省している。
私って、こんな人だったかしら。
なんか、イライラして周りにあたってしまう。
少し前まで、除霊師として人助けをしようと燃えていたのに。
今は、また、周りから嫌われる存在になっている。
これって、私の本性なの?
いえ、私が男性だったころは自己否定はひどかったけど、他人を攻撃はしていなかった。
そして、体を交換したあとも、静かに過ごしていたわね。
そう、公安の力で翠になったころから攻撃的になった気がする。
たしかに結心になって再び優しくなった。
でも、翠の心が奥底で眠っていたのかしら。
再び、攻撃的になったみたい。
そもそも、あの世とこの世界を行き来することは許されないことなんだと思う。
そして、体を変えることで、別のホルモンとかが体内を巡り、心は大きな負担を受ける。
気づいていないけど、私の心は、もうぼろぼろなのかもしれないわね。
ところで、出産当日は辛かった。
横では、いずれも旦那さんが支えてくれて出産をしている。
1人で陣痛を迎えているのは私だけ。
でも、陣痛のなか、辛いとか、我が子と会える喜びとかじゃないことを考えていた。
見ず知らずの人に、あそこを丸出しで、こんな恥ずかしい姿を見せるなんて屈辱。
でも、子どもを産むにはしかたがない。
なんとか、赤ちゃんの泣き声を聞くことができた。
かわいい女の子だった。今、私の腕の中にいる。本当にかわいい。
私の昔の名前、そう、澪という名前をつけた。
私は産休で、シングルマザーだから給料はでない。
でも、育児休業給付金と過去の貯金でなんとかつないだ。
本当にシングルマザーは厳しい。
お金だけじゃない。夜泣き、歩き始めると怪我をさせないように部屋を養生する。
ご飯も離乳食とか、いつも別に作らないといけない。
メンタルが強い私でも、さすがに死ぬかと思ったわ。
3年の育休を明けて、澪は保育園に預け、また仕事を再開した。
誰もが私のことを辞めればいいのにという顔で見ていたの。
育休とは関係ない、周りの社員を次々と潰していく女性として。
でも、私は澪を育てていくの。
どんな仕打ちを受けても。
だって、仕事ができない人を叱って、何が悪いのよ。
私には澪しかいない。
だから、どんなに嫌われても、会社で働いていくの。
いえ、低レベルのみんなが悪いの。私は悪くない。
そして、更に2年が過ぎた頃だった。
私は、自分の部屋で違和感を感じたの。
「私は、今、どこにいるの? あ、自分の部屋だった。なんで、浮いているの?」
そう、さっき、会社から帰ってきて、ドアに鍵を入れたんだけど、その後の記憶がない。
少しづつ記憶が戻ってきた。
ドアに鍵を入れた時だった、後ろに人の気配を感じた。
鍵をドアに入れたまま振り返ると、いきなりお腹に激痛が走り、その場で倒れ込んでしまった。
力を出して、人影の方を見ると、総務部の備品係の女性が震えている。
血がべったりついた包丁を手に持って震えていた。
「あなたは、この世の中にいない方がいいのよ。私は、あなたと出会ったことが、本当に不幸だった。これで、私の人生は幸せになるわ。」
「人を殺したら、幸せになれないでしょ。馬鹿なの? 早く救急車呼んでよ。」
「あなたは死ななきゃいけないのよ。救急車を呼ぶぐらいなら、こんなことしない。早く死になさいよ。」
だんだん周りが見えなくなっていき、意識が遠のいていった。
そして、玄関前の廊下は血でいっぱいとなった。
私は死ねない。澪がいるから。
でも、目の前は暗闇に覆われていった。
また、あの感覚。
そう、鉄の匂いがする血のうえに横たわる。
体を動かそうと思っても、とてつもない重いものが私の体に覆いかぶさる。
やっと、指が動かせるぐらい。
そして、寒さが体中を凍りつかせる。
暗闇が私に覆いかぶさる。
なにも見えない。寒い。もうだめなのかな。
ごめんなさい。私は、澪を、もう育てることはできない。
幸せにすると誓ったのに。
それから隣人が警察に通報したみたい。
廊下に呆然と立ちつくす総務部の女性は警察に連行されていった。
あの刑事が、私を見ながら言った。
「また、あなたか。警察は、犯人を捕まえられるけど、死んだらしょうがないだろう。最大の防御は、恨まれないことだって言ったじゃないか。なんで分からないのかな。まあ、もう遅いけど。」
私の心臓は止まり、その体は、ブルーシートをかけられ運ばれていく。
ただ、私は、部屋の中で浮いていた。
「そうだ、私、刺されたんだ。やめて、私の部屋に入らないで。どうして、気づいてくれないの?」
私は、また、誰かに乗り移り、現世に戻れるのだろうか?
いえ、無理だと思う。
だって、前回とは違って、私の体はなくなり、誰かに追い出されたんじゃないから。
公安の組織も、私のことはもう知らないと思う。
だから助けてくれたりはしない。
澪は、養護施設に預けられていった。
私は、その後もずっと、澪の後ろで守っている。
よく見ると、他の子どもたちにもいろいろな霊がついているのね。
私は、澪に危害が及ぶようなことには大きな力で攻撃した。
もともと死後の世界を何度も経験して、普通じゃない力を得たんだと思う。
澪が車に轢かれそうになったときには、車を壁に衝突させて澪を守った。
私は澪を守る。
そのために幽霊としてこの世に残ったんだと思う。
そして、澪は順調に育っていった。
私の子供だから頭はよく、大学も卒業して会社に就職した。
私と違うのは、少し、引っ込み思案なところかしら。
でも、意志は強い子どもだと思う。私の子だから。
最近、私の意識は薄れていく。
澪が一人立ちして、もう私の役割が終わったのかもしれないわね。
もう、見るべきものは見た。さようなら、澪。
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