4話 盗聴する霊
次の依頼主の家に入った時の感想としては、ごく一般的な空気。
依頼主も、可愛いらしい、ややぽっちゃりした明るい女子大生という感じだった。
玄関を入ると、廊下の片側に電気コンロとシンクがあった。
もう片方にトイレバスがあって、そこを通り過ぎると8畳ぐらいの部屋。
窓は2つの壁にあり、陽がいっぱい入り込む、明るいワンルーム。
8畳ぐらいだから、ベッドと、小さな机、椅子、そして、小さなテーブルがあった。
この人に憑いている霊なんているのかしら。
彼女は机の椅子に、私は、小さなテーブルの椅子に座った。
インスタントだと思うけど、シナモンの香りがするコーヒーを紙カップで出してくれた。
本当に女子大生の1人暮らしって感じ。
「聞いて。いつも、夜道で誰かの気配がして、振り返っても誰もいないの。そして、この部屋で、親に、今度、友達と伊豆に旅行に行くって話したら、次の日には学校で話しが広がっているの。それって、私に幽霊が憑いていて、夜道で私に着いてきたり、この部屋で話したこと聞いて、学校の友達に吹き込んでいるんじゃないかと思って。」
「そんなこと、するかな。なんか、そのようなことされて当然という事件とか、気になることはあるんですか?」
「あるって言えば、ある。去年、仲良くしていた男女8人グループの男性陣が、格安バス旅行に行ったんだけど、その途中でバスが横転して、そのうちの1人が亡くなっちゃったの。多分、その人が、寂しくて私に取り憑いているんじゃないかって。」
「では調べてみますね。今は、この部屋には何もいませんよ。」
「そうか。じゃあ、お願いね。」
まず、夜道を歩く彼女の後ろを着いて行ってみることにした。
でも、いつも思うけど、電灯が少ない夜道って、怖い。
亡霊とか、ストーカーとかに襲われそう。
襲われると、力に自信はないから、抵抗できない。
殺されてしまうかもしれない。
だから、私にとっては霊の方が扱いやすい。
街中は人がいっぱいいて、そんなことは思わない。
だけど、住宅地に入ってからとか、電車の下をくぐるトンネルとかは本当に怖い。
襲うのは1人とも限らないし。
路地で双方から追い詰められるかもしれない。
刃物をもっているかもしれない。
最近は、夜ランニングしている人も多い。
後ろから足音が急に近づいてくると、心臓が止まるんじゃないかと思うくらい。
そんなことを考えながら歩いていたけど、なんか、霊の影も見えないな。
部屋にも見当たらないし、夜道にもいない。どういうこと?
もしかしたら、あれじゃない。
次の日、彼女の部屋に行って、装置を取り出し、ぐるっと回ってみた。
「これって、ゴーストバスターみたいなやつ。面白い。」
「ちょっと、黙っていて。」
その機械がビービーという方向に近寄っていった。
電源ケーブルをコンセントから抜いて解体する。
そうすると、盗聴器ができて、抜くと、そのランプが消えた。
大きく、盗聴器には電源を供給するタイプと、単体のタイプがある。
今回は、前者で長期的に盗聴していたんだと思う。
盗聴器は、そう遠くまで電波を飛ばすことはできないはず。
だから、この近くに車を停めて、この女性の会話を聞いているのかもしれないわね。
そうだとすると、まだ、この近くにいる。
私は寒気を感じた。
「この他にはなさそうね。」
「この機械と、今、見つけたものはなんなの?」
「これは盗聴器の電波を探す機械で、秋葉原とかでも売っているやつよ。そして、これは盗聴器。」
「え、盗聴器、なんで? 私は除霊してもらいたいってお願いしたのよ。」
「どうも霊の仕業じゃないと思って。実際に、盗聴器があったわね。霊は盗聴器とかつけないもの。もう外したから、話しても伝わらない。それで、次は、明日の晩、あなたが夜道を歩いている後をつけて、ストーカーを捕まえてやる。」
「え、人間のストーカーの仕業っていうこと?」
私は、まだ近くにいる可能性もあると思い、外に出てみたわ。
たまたまいなかったのか、バレたと思って逃げたのかしら。
幸いなことに、夜の道に誰もいなかった。
そこで、次の晩、依頼主に、再度、夜道を歩いてもらったの。
そうすると、案の定、マスクをして、深々と帽子を被った男が後ろをつけていた。
「あなた、何をしているの?」
「え、なんのこと?」
「あの人のストーカーをするのは、もうやめて。これ以上、何かすると警察を呼ぶわよ。」
「なんだ、バレちゃったか。でも、女のお前に何ができるかな?」
そう言って、男は私にナイフで襲いかかってきた。
私は、ピーと笛を鳴らして、2人の警察官の助けを呼んだ。
そして、警察官は、男を取り押さえたの。
「傷害未遂の現行犯で逮捕する。言い分があれば、警察署で聞くから、こい。」
「あの女が悪いんだ。俺のこと好きだっていうから、可哀想で付き合うと言ったら、なんか俺のこと避けてきて。全くわからないやつだから、少し、いじめてやろうと思って。」
「いいから、パトカーに乗って。」
男性は、頭を垂れ、警官に連行されて行った。
「ほら、ストーカーだったでしょ。みたことある人?」
「大学の同じクラスの人。彼、話したことなかったのに、急に、告白とかしてきて、でもタイプじゃなかったから断って、それっきりと思っていたのに。」
「一番怖いのは人間だってことね。では、報酬をもらうわ。」
「報酬って、霊じゃなかったんだから半額とかにできない?」
「できない。むしろ、男性からナイフで襲われたんだから、すごく危険だったわ。ということで、値切らないで20万円をお支払いください。」
「仕方がないな。お父さんにお願いしてもらったお金、20万円全額払うわ。」
「ありがとう。でも、このままだったら、ストーカーが部屋に入ってきて、あなたを襲っていたかもよ。少なくても、盗聴器を仕掛けに、あなたの部屋に入ったんだろうし。」
「そうだ。怖い。部屋に入ったんだ。これから気をつけないと。では、おやすみなさい。」
今回は霊じゃなかったけど、結果として、女性にとりつくものを払ったことには違いない。
そんなことを考えながら、明るい気持ちで家へと電車に乗った。
でも、最近、電車に乗っていると、幽霊をみることが増えてきた。
いろいろな人に、いろいろな霊が憑いている。
私は、できるだけ見ないように、空いていれば出入口にいて窓から外を見ている。
でも、いつも、そうできるとは限らない。
そんなときは、本当に悲しい気持ちに包まれる。
人間は、嫌なことがあっても、笑顔で隠せる。
でも、霊は、その不幸、憎しみ、悲しみがそのまま顔の形となる。
だから、その表情を見れば、その苦しみはわかる。
血だらけの霊もいる。
どうして、こんなに不幸な霊であふれているのかしら。
戦争とかないし、そんなに不幸な人生ばかりではないと思うけど。
人間には欲望が尽きないから、普通の人生と思っていてもやり残したことがあるの?
それとも、行方不明者とかはみんな殺されていて、この世に未練がある霊が多いとか?
意外と、踏み台にされて悩み続けている人が多いのかもしれないわね。
それに比べると、霊がなにも付いていない人もいる。
本人自体も穏やかに生きているように見える。
でも、そんな人に限って、強い守護霊みたいのがいて、守っているみたい。
そういうご加護がないと、人は穏やかに生きていけないのかしら。
もともと、人を憎み、蹴落とし、攻撃する生き物なのかもしれないわね。
でも、こんな姿をみていると、穏やかに生きていきたいと思う。
私も過去にいろいろあるけど、それ以上に人のために努力していくつもり。
そういえば、前に座っている女性には、別の女性がものすごい形相で睨んでる。
この女性が略奪愛をしたせいで、彼との関係を潰され、それを苦に自殺した女性らしい。
なんか心臓を手で強く掴んで、潰しそうだから、心臓病でこの人死んじゃうかもね。
横にいる男性には、おじさんの霊が憑いてる。
銀行の審査でNGにした結果、倒産し、首吊り自殺をしたみたい。
今度の海の旅行で、お前とその家族を海で溺れさせて殺すぞと、大声で叫んでる。
いずれも、今生きているこの女性とか男性が悪いのよね。
でも、死んじゃったんだから、これまでのことを忘れて、心穏やかに過ごす方がいいじゃない。
このようなことは2人だけの話しじゃない。
でも、私が霊が見えると感づかれると、手伝ってくれとか面倒だし。
だから、見えていても無視するしかない。
席で、目をつぶり、寝たふりをすることにした。
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