3話 犯す霊

斉木さんから2件目の連絡がきた。

今度は、ワンルームマンションに住む25歳ぐらいの女性会社員だった。

家に入ると、なんかベタついた嫌な空気で、吐き気を感じた。


壁は、黄色いネバネバしたような塊が一面に飛び散っている。

床も、歩くたびにベタベタと歩きにくい。

なにか、カエルとかサンショウウオとか大きな両生類が生きてるみたい。


部屋の空気は、重ささえ感じる。

なんというのかしら、目に見えない黒い蜘蛛の糸があたり中に張られているような。

歩くたびに、顔にべっとりとした何かがくっつく。


そして、ジメジメとした湿気が体にこびりつく。


掃除は行き届いていて、普通の人には、陽があたって爽やかな部屋にしか見えないのわね。

だけど、私には耐えられないぐらいの気持ち悪い部屋。

こんな部屋は初めて。


この女性には、この雰囲気は感じられないのかしら。

部屋はとてもきれいに整頓されているから、おそらく感じていないんだと思う。

だから、この邪気は幽霊によるものにちがいない。


「こんにちは。何かいますね。困っているのはなんですか。」

「有村さんが女性なので、そのまま話すと、3ヶ月ぐらい前からなんですけど、この部屋のベッドで寝ていると、生理の時も含めて、毎日、何かが私を抱いてきて、胸とか、体が舐め尽くされたあと、私の体に男性のあれが入ってきて犯されるんです。この部屋に誰もいないし、いつも、私がいっちゃうまで止めないないから、毎晩、体はぐったりで、困っているんです。」

「生理の時もですか?」

「そうなんです。そんな時はベッドとかも汚れちゃって、いつもより困っちゃう。」

「この部屋には何かいるから、これは霊の仕業ね。なんか、キッカケとかあったんですか?」

「よく分からないけど、3ヶ月前ぐらいに大阪に行って、幽霊経験をしたっていうか、なんか不思議な経験をしたのですが、それぐらいですかね?」

「どんな経験でしたんですか?」

「夜、チェックインして、シャワー浴びて、そのあと、寝ていたら、頭の上の方からシャワーの声が聞こえてきたの。多分、横の部屋の浴室がベッドの横にあるのかなと思ったんだけど、なんか、音は明らかに自分の頭に接している、自分の部屋の浴室から聞こえてきて、不思議だなと思ったんです。」

「そうなんですね。」

「翌日にチェックアウトする時に聞いてみたら、部屋の構造はみんな同じだということで、そうなると、横の部屋では、私のベッドの横にはTVとかあって、浴室とかはないですよね。でも、特に乱暴されるとか、何かが見えたとかじゃないんですよ。だから、別に気にしていなかったんです。変だなぐらいに思っていたんですけど、確かに、言われてみると、それから起こっているのかも。」

「多分、原因はそれですね。部屋からあなたについてきてしまったんだと思います。でも、毎晩だと疲れるでしょ。大変だから、今日、解決しちゃいますね。」

「そうだと助かる。お願い。」


何かがいるのはわかるけど、霊は話しかけてこない。

アクセスできずに時間がかかっていた。


「ごめんなさい。なかなか話しができないので、ちょっと、ベッドで寝てくれない。」

「寝れるか分からないけど、じゃあベッドで横になってみます。」


女性がベッドで横になると、思ったより早く眠りに落ちていった。

そして、寝てから10分ぐらい経った頃かしら、依頼主が喘ぎ声を上げ始めた。


Tシャツは着たままだけど、胸は上下に動かされてる。

この女性の手は横にあるからこの人の手ではなく、明らかに誰かから触られている。

どうも、ブラは下におろされ、バストを直接手で揉んでいるように見える。


そのあと、足が上げられ、腰は上下に動いていた。

パンツは履いたままだったけど、明らかに何かが入って、動いている。

愛液が飛び散る。パンツも愛液で濡れているじゃないの。


女性のエッチの姿は気持ちが悪い。

見ていて、グロテスクで吐きそうになったわ。


それに輪をかけて、1人で体が激しく動き、不思議な光景だった。

女性は、大きな声を出し、両手を上げながら体をのけぞって、急に脱力した。

その時、うっすらと男の姿が見えてきた。


「あなた、この子が困っているのわかっているの?」

「困っているんだって。この子も楽しんでるじゃないか。みてただろう。女だって性欲はあるんだよ。それを満たしてあげているんだから、感謝してもらいたいぐらいだ。お前も俺が好きだったら、やってやるよ。」

「私はやらない。また、彼女については、あなたの一方的な思い込み。確かに、女性だって性欲はあるけど、多くの人は、好きな人としたいと思っている。あなたとしたいと思っていないわ。」

「お前こそ、勝手な思い込みをしているんじゃないよ。みてたろ。いってたじゃないか。」

「それは、寝ていて本人もよく分からず、あとはあなたの霊力で、無理やりしているからでしょ。」

「2人の間の問題なんだから、他人が口を出してくるなよ。」

「もしかしたら、あなた、死んでると気づいていない?」

「死んでるって? お前、何いっているんだ?」

「やっぱり、気づいていないのね。あなたは、何歳、いつ生まれたの? 何しているの?。」

「俺は、30歳で昭和39年生まれ。神戸で商社マンをやっているんだ。すごいだろ。女はみんな、すごいすごいって、俺に集まってきて、とてもモテるんだよ。そんな時、大阪のホテルに泊まっている時に、この女が俺の部屋に入ってきて、ベッドで俺を誘うから、気持ちよくさせてあげたんだ。こいつが一緒にいてと言うから、相手してあげているんで、他人が入ってくるなよ。」

「そうなんだ。でも今は2025年だから、昭和39年生れだと、あなたは60歳過ぎになるけど、30歳って、矛盾してるね。」

「そんなことはないだろう。あれ、新聞には確かに2025年と書いてある。どうしてなんだ? そういえば、なんか、思い出してきた。そう、大阪で酔っ払って電車のホームから落ちたような。それで、助かった? いや、俺が手術台に載せられ、それを俺が上から見ていて不思議な感覚だったが、医者は助からなかったと言っていた。それから、気づいたら、ホテルの部屋にいたんだ。どういうことだ?」

「そうなのよ。あなたの話しからすると、あなたはホームから落ちて、亡くなったんだわ。気づいたでしょう。この子、あなたのことも知らないの。あなたを好きなこともないし、誰かわからない人に犯されることに毎日悩んでたわ。もう、そろそろ解放してあげて。」

「あれ、なんか事故のこと思い出したら、体が消えてきた。そうだったんだね。この子には迷惑をかけた。謝っていたと伝えておいてくれ。気づかせてくれて、あり・・・。」


消えたね。よかった。


「起きて。」

「あれ、寝ていた。やっぱり犯されていたでしょう。でも、なんか体が軽い気もする。」

「やっぱり、男の人が憑いていました。30年ぐらい前に亡くなった人だったけど、あなたのことを恋人だと思っていて、他人が口を出すなとか言っていましたよ。ただ、本人は亡くなっていると気づいていなかったみたい。気づいて、あなたに迷惑をかけたって謝っていたわ。これで、毎日、何もなく過ごせると思います。

「そうなんですね。」

「信じられないと思うから、1週間過ごしてみて。それで犯されることがないとわかったら、私に謝礼を払ってもらう。1週間後に来ますね。」

「そうだったら、嬉しい。何もないといい。また、お会いしましょう。」

「では、これで失礼します。」


部屋を出ると、すっかり夜になっていて、お店の光が並ぶ街を歩いた。

さっきの男性は女性の体が好きなだけなのかも。

それほど悪い人でもなかったんじゃないかと考えていた。


その晩、Uberで名店のイタリアンを頼み、冷蔵庫にあるワインで乾杯することにした。

頼んでしばらく経つと、配達員が料理を持ってきた。


「おまちどうです。ところで、先日、郵便ポストに入れたメッセージカード読んでくれました? 僕、有村さんに一目惚れして、今度、一緒に食事でもどうかなって。」

「あなただったんですね。私、今、男性と付き合うという気分じゃないし、ごめんなさい。」

「そんなこと言わずに、一回でいいですから、行ってみましょうよ。」

「ごめんなさい。では。」


料理をテーブルの上に置き、ワインを注いで食べ始めた。


さっきの人、肩に、傷だらけの5人の女性の霊がぶら下がっていたわね。

なんか、今日こそは殺すって、ゾッとしたわ。

多分、この帰り道で交通事故とかになりそう。


派手に遊んでいるようだったから、さっきの男性に邪魔になって殺されたのかも。

相手にされずに自殺した女性かもしれないわね。

自業自得としか言えない。でも、嫌なもの見ちゃった。忘れよう。


配達員は、今度はどう私を誘おうかなんて笑顔でエレベーターホールに向かった。

通路からは、ビルが広がり、その窓1つ1つから、それぞれの生活の光が漏れる。

それぞれが質素に、誠実に生きているんだと思う。


それなのに、この男性は、女性のことばかり追いかけ、飽きたら捨ててるのね。

だから、あんなに多くの女性の霊を引き連れている。

短い人生を悔やむ苦痛の顔をした女性たちの霊を。


騙された、あなたたちにも責任があるんでしょう。

だから、あなた達は本当に醜い姿なのね。

満たされない欲望のまま死に、体を失ってしまった。


もう、この配達員は、あなた達を幸せにはしない。

淡い期待なんて持っても無駄。

もう、死んでいるんだから。


そんな姿を見たら、この配達員は恐怖のあまり、あなたに去れというでしょう。

そうなったら、もっと惨めになるだけだから。


みんな悲鳴を上げているもの。

早く、この配達員を殺し、自由になりなさい。

もう、そんな悲痛の姿は見たくない。


でも、こんなことが日常的に見えるようになってきた私だった。

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