5話 襲ってくる霊

「何に困っているんですか?」

「毎日、怖くて、怖くて、なんとかしてください。」


目の前の、30代後半の女性は私の腕にすがり、怖さに震えていた。

狂乱の一歩手前という感じかな。

まずは、話しを聞かないと、進められない。


「わかりました。おちついてください。で、具体的には?」

「3年ぐらい前から、ときどき幽霊みたいものが見え始めたんです。最初は、道歩いていると、横の家の玄関に気配を感じたので見てみたけど誰もいないとか、自転車を運転してきた女性の後ろに、子供がいると感じて見てみたら、子供用のチェアはあるけど、誰も乗っていないとか、不思議なことが時々あったんです。」

「なるほど。」

「また、朝日ですごく爽やかな公園で、3人の男性の学生がいて、楽しく話しているようだったけど、よくみて見ると、そのうち1人が、1人の学生の肩にだら〜んと両腕を垂らして、肩に乗っていました。まあ、いじめているのかな? と思い通り過ぎたんですが、後で考えて見ると、いじめられているとしても、腕が乗っけられていた人、明るく話していたから、今から考えると変だったなと思ったんですよ。」

「それで。」

「その後、この家でも、なんか人の気配があって、気にしないようにしてきたんですけど、ここ数ヶ月、夜、まだ旦那が帰ってくる前に、すごい形相をした男性が、私にぶつかって来たんです。怪我するとか、そんなことはないので、実際の被害はないんですが、怖くて怖くて、もうメンタルが持ちそうもない。」

「もともと、幽霊を感じやすい方なんでしょうかね。この家には、そんなに嫌な空気は感じないのですが、なんなんだろう。申し訳ないですが、2晩ほど、この家で一緒に過ごしてもいいですか。」

「旦那も、私のことを心配しているから、大丈夫です。うちは、まだ結婚したばかりで、ここは子供部屋にする予定だけど、まだ子供がいないから使ってください。ベッドはないので、布団を敷きますね。旦那もいるので、お風呂とか使うときは言ってください。ご飯はどうします?」

「ご飯は気にしないでください。その辺で、適当に食べますから。」

「では、こちらへ。」


この家で、ご夫婦と一緒に過ごすことになった。

でも、なんか分からないな。

この家で、特に殺気とか感じないけど。


旦那さんが原因なのかな?

例えば、旦那さんが浮気している女性の生霊とか。

その日は何もなく終わって、翌日、この女性と会話を重ねた。


「結婚はいつされたんですか? かっこいい方ですよね。」

「そろそろ1年目の結婚記念日っていう感じ。私、一目見て、この人だと思い、積極的にアプローチして、なんとかゲットしたの。有村さん、手を出さないでね。」

「大丈夫ですよ。他の方の旦那さんに手を出すって、ドラマじゃないですし。こんなこと聞いて失礼かと思うんですけど、旦那さん、モテるとすると、今でも、多くの女性が誘ってきて、浮気とかないとは言えないと思うんですけど、どうですか? 誤解があると困るので、言っておきますが、浮気相手の生霊という可能性もあるのかなと思って。」

「まず、旦那は私一筋だって、いつも言っているし、その目は嘘をついている気はしない。また、すごい形相の霊は、間違いなく男性だと思うんです。」

「そうなんですね。じゃあ、違うかな? 何か、男性から恨まれることって、ありますか?」

「あえていうと、今の旦那と結婚する前に、別の男性と付き合っていて、その人とは別れたのですが。」

「その人は、いまだにあなたと結婚したいとか?」

「それは違うと思う。あちらからふってきたの。他の女性ができたとかで。私は、その頃は、彼のこと、それほど好きでもなくなっていたから、それもいいんじゃないと思って別れたわ。」

「じゃあ、その彼も、あなたを恨んでいないと。」

「そうね。」

「じゃあ、誰なのかな?」


その晩、部屋で、何が原因かと考えていた。

その時、なぜか赤ちゃんの泣き声のような音が聞こえたの。

猫でも鳴いてるのかな。

この家は、若いご夫婦だけど、この辺は、高齢者ばかりで、赤ちゃんはいなそうね。


赤ちゃんを連れて親のところに戻ってきているとか。

夜、泣いてうるさくないといいけど。

でも、考えてみると、赤ちゃんという可能性はあるかも。


そこで、赤ちゃんはいないかと話しかけてみた。

いくら頑張っても返事はなかったわ。

でも、根気良く続けていると、30分ぐらいしたあたりから、相手が話しかけてきた。


「お前、邪魔。」

「どうして。」

「お母さんと一緒がいい。お前は邪魔。」

「その人、お母さんなんだ。どうして、死んじゃったの?」

「いいたくない。」


その後、私は、強い力で、3度ほど壁に叩きつけられ、頭から血が少し出てきた。


「力、強いんだね。強引なことはしたくなかったけど、今回は、そうしないと無理。」


赤ちゃんのうっすらとした姿の腕を、斉木さんが呪文を書いた手で掴んだ。

その時、赤ちゃんの動きは止まり、私は、眩い光を出しながら赤ちゃんを包んだ。


「ひどいよ。僕、死にたくない。お母さんは、お父さんと別れて、今の人と結婚する話しが進んでいた。その中で、お母さんは、子供がいると結婚に支障があるって、僕を堕ろしたんだ。でも、僕は恨んでいない。そうしないと、お母さんが困ったんだもんね。僕は、お母さんを困らしたいわけじゃないんだ。ただ、お母さんのお腹の中に戻りたくて、何回も、お腹に向けて走ったんだ。でも、これで終わりだね。お母さんには、会いたかったと言っておい・・・・・。」


消えちゃったね。

でも、今回の依頼主は、きちんと、このことを話しておいて欲しかったな。

いいづらいのはわかるけど。

あと、名も無い赤ちゃん、お母さんに言っても、困るだけだと思うよ。

静かにお眠りなさい。


「おはようございます。昨晩、除霊は終わりました。」

「それは、ありがとうございます。なんだったんですか?」

「道で拾ってきた、暴力男っていう感じですかね。これから何もないと思いますが、1週間経って、何もなければ報酬を払ってください。私が1週間後に受け取りに来ます。」

「では、そうするわ。本当にありがとうございました。」


なんとなく、堕ろした赤ちゃんかもって思っていたかもしれない。

また、言わずに済んだって、舌を出しているのかもしれない。

そんな、したたかそうな女性だもんね。


でも、それでいい。

女性が生きるために必要な嘘もあるし。

別に、私の除霊は、本当のことを明らかにすることじゃないから。


明るくなった依頼主は雑談をしてきた。


「そうそう、昨日、ホテルのパーティーに参加して、その時にトイレに行ったら、横から、ジャーという大きな音がしてきたの。女性じゃ、あんな大きな音はしないから、多分あれは、女性の服を着た男性のトランスジェンダーね。実際にいるんだって、びっくり。でも、気持ち悪いわよね。どうどう?」


そうなんですねと、興味のない話しに相槌を打っておいた。

こんな馬鹿な女性の子供でなくて良かったんじゃないの。

まあ、あの子は、いいお母さんの記憶しかないんだろうけど。

他人の気持ちを、どうのこうのって言う立場じゃないわね。


今晩は、学生の頃の女友達との飲み会があり、依頼主の家から直接、会場に向かった。

もちろん、元の私の友達じゃない。

この体に変わってから、連絡があり、時々会っている。


昔の私のことを知ることにも役立つし。

昔の縁を切るのも、よくないかと思い付き合うことにした人たち。


到着すると、みんなはすでに到着していた。

友達を見ると、誰も霊を背負っておらず、まだ見えていない可能性もあるけど安心したわ。

この年代の女性が集まると、だいたいは恋バナ。


「結心、そろそろ彼氏できた?」

「それがね、まだなの。IT業界、オタクが多いし、リモート勤務が多いと出会いも少ないし、なんとなく時間だけが経ってしまうの。」

「だめじゃない。やっぱり、婚活サイトでしょう。」

「出会い系の前に婚活なの?」

「だって、もうすぐ30歳でしょう。女性の旬は短いのよ。いえ、もう終わってるかも。」

「やだー。」

「だから婚活サイト。結婚できそうにない人なら断ればいいんだから。」

「でも、知らない人と会うんでしょう。怖いかな。」

「そんなこと言ってるから彼氏ができないのよ。彩葉なんて、婚活サイトで出会った男性3人と付き合っているのよ。それぐらいしないと。」

「3人ってどうやって付き合うの?」

「職場とかじゃないから、結婚に適しているかを確認してるだけ。恋愛しているわけじゃないからね。それで、今週は、水曜日はAさん、金曜日はBさん、日曜日はCさんという感じで、毎週、順番を変えていくって感じかな。」

「罪悪感とかないの?」

「ないない、どこのメイク道具があうかななんて感じで、合うか合わないかを確認しているだけだもの。それが婚活なの。」

「勉強になる。」


今日は恋バナというよりは婚活で盛り上がっていた。

こんな会話は後腐れがなくていい。


でも、横のテーブルのおじさんたちの話しが耳に入ってきたの。

クダを巻いているおじさん達は、5人中3人の肩に霊が憑いている。

酒に酔ったのか、大声で話していた。


「この頃の、若い奴ら、本当にやわだよな。用事があるから5時に失礼させてもらいたいだって。そんな用事、会社に関係ないじゃないか。俺たちの頃は、終電がなくなっても働いて、翌日は朝7時には会社に来て、新聞のスクラップとかしていたのによ。本当に、ワガママというか、なんというか。クズだな。毎日18時間働かせて、教育してたら、ある朝来ないので1人暮らしの部屋に行ってみたら首つって死んでるんだよ。お礼のせいだとか言われて、本当に迷惑だ。早く死んで良かったんじゃねぇ。」

「本当にそうだよな。俺も、そんな理由で、サボってばかりの櫻井ってやつ、いびり倒したんだけど、会社に来れないので辞めるって。今でもメンタルで家を出れないって噂だ。その分、俺の仕事量が増えて賠償請求したいぐらいだ。」

「そうそう、うちも、女性社員が口から血吐いちゃって、なんか俺が悪いみたいに言われて、本当に迷惑なんだよ。その女が、のろまで仕事ができないだけじゃないか。」


こんな会話を聞いていて、吐きそうになった。

このおじさん達こそ死んだ方がいい。

ただ、友達は明るく会話していたので、邪魔しないよう、笑顔を保っていた。


でも、3人の肩に憑いている霊はひどい形相でおじさんたちを睨んでる。

本当に、最近のおじさんたちはひどい。

自分たちのやり方が最高で、それしか方法はないと信じ切っている。


世の中は変わり、価値観も多様化してきたのよ。

だから、仕事のやり方、人との接し方、組織のあり方も大きく変わるべきなの。

でも、昔の価値観を押し付け、変わることを悪という。


それについて行けない人は排除すべきだという。

だから、こんな若者の霊が増えちゃうの。


もう老害こそ死んでほしいぐらい。

でも、この年代はタフだから、そう簡単に死なないわよね。

それで、更に、若者の霊が増える。


本当に、老人って、わがまま。

コロナのときも、朝の公園は健康のためと言って独占した。

そして、子どもが遊ぶ砂場はコロナの温床だと言って潰していた。


年金は当然の権利だといって満額もらっている。

若者が苦労しているから、一部返納して分け合おうなんて考える人もいない。

そんな中で、若者が困窮して自殺していく。


そんな社会でいいはずがないけど、おじさんたちは気づいても気づかないふり。

もう、そんな人達はいなくなってほしい。


女子会も終わり、夜でも明るい街の中をゆっくり歩く。

この頃の私は、本業より副業のほうがやりがいを感じていた。

私にしかできない仕事だし、みんなの笑顔を見れるから。


でも、そのときには、恐ろしいことが起こるなんて知らなかったの。

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