5話 もう一人の迷い人

その人はなかなか見つけられなかった。

というのも、誰が普通の人間で、そうでない人は誰かを見分けるのが難しかったから。


そこで、子供とかが、その人の中を通り抜けるなんていう人がいないか探してみた。

また、私の体を通り抜けさせ、変な顔をしている人がいないかも試してみた。


1ヶ月ぐらい経っても、そのような人は見つからない。

もしかしたら、ある程度期間が経つと、もとの人間に戻れるんじゃないかと思い始めた。

そんな時、後ろから声をかけられたの。

同じぐらいの年齢の女性だった。


「あなたも、この世界に迷い込んでしまったのね。」

「あなたもですか?」

「そう。もう2年以上になる。」

「ここから抜け出せる方法って、ないんですかね?」

「あったら、ここにいないでしょう。また、できることって少ないし。」


そう、私は、いろいろな所にでかけて、普通の日常生活をしているようにみえる。

でも、現実世界の物を動かすことはできない。

話した声も伝わらない。


食欲はないんだけど、食べることができないのも、とても退屈。

この人、2年も、そんな退屈な中、よく過ごしてきたんだと尊敬する。


「最初は、平和記念公園で亡くなった方の御冥福を祈るとか、できることはいろいろとしたの。」

「なんか、原爆と関係はありそうだけど。私が、この世界にきたときに、原爆の投下ポイントに人が集まっていくようだったし。」

「やっぱり、原爆は関係ありそうね。」

「そういえば、比治山の東の方にはいけないけど、なんでなんですかね。」

「それは、多分、比治山が壁になって、その東は原爆の影響が少なかったと聞いたことがあるから、それと関係があるのかもね。」

「そうなんだ。」

「でね、次に、人に乗り移ることができないか試したけど、だめだった。人によるのかなと思って、男性とか女性とか、おばあさんとか赤ちゃんとか、どれもだめだった。」

「私たち以外に、同じような幽霊とかいるんですか?」

「見てる限りは、いないみたい。」


結局、何もわからなかった。


あたりは夕立が降り始め、土砂降りになっていた。

私たちは濡れないから、関係はないけど。

その時だった。いきなり雷が横の女性に落ちたの。


あたりは、何も見えないぐらい真っ白になって、轟音が鳴り響いた。

そして、だんだん落ち着いていくと、その女性は消えていたの。


現実世界に戻れたのかしら。

それとも、完全に消えてしまったのかしら。

戻れるのなら、雷にあたりにいくけど。


でも、断定はできなかったから、次の行動には移せない。

なんとなく、2年経って、幽霊としての寿命が尽きたという感じだったし。


また、私は1人ぽっちになってしまった。


ただ、それから数日過ごしたときに、あることに気付いたの。

現実社会で生きている動物、犬とか猫とかは、私のことが見えている。

そして、お話しができるの。


ある日、猫が話しかけてきた。

猫が話すなんて、とっても違和感があったけど、聞いてみることにした。


「お前、人間は気づいていないようだけど、人間なんだよな。」

「ええ、私のこと見えるの?」

「だって、そこにいるじゃないか。」

「私、理由はわからないけど、あなたが生きている世界から、この世界に連れてこられて、戻れないの。どうしたらいいかわかる?」

「そんなの簡単だよ。親から聞かなかった?」

「そうなの? 教えてよ。」

「入れ替わればいいんだよ。」

「私と同じく、ここに来ちゃった人に聞いたんだけど、入れ替われないと言ってたよ。」

「それは、やり方があるんだ。お前は、いつ、どこでこの世界に来たんだ?」

「多分、あのウィークリーマンションの部屋かな。8月6日の夜。」

「そうだったら、8月6日の、その部屋にいる人を、今いる世界に引きずり込めば、その代わりにお前は戻れる。お前も、同じように交代されたんだろう。」


そうだったんだ。私は、騙されていたのね。

誰か知らない人によって、現実世界に戻るための犠牲にされた。


部屋で待ち構えていたんだ。

逃げられないように気配を消して。

そして、私の気分をよくさせ、体を乗っ取った。

「猫さん、ありがとう。ところで、猫さんは、同じ方法で人間にも入れるの?」

「それは無理かな。猫は猫にしか入れない。でも死ぬ時に、別の生き物として生まれ変わることはできるんだ。こちらから指名はできないけどね。猫から人間に生まれ変われたというやつがいたと噂はあるよ。」

「そうなんだ。じゃあ、人間から猫になることもあるの?」

「前世の記憶は消えちゃうから、今の猫に、昔人間だったのかと聞いてもわからない。でも、多分、そんなこともあると思う。」

「知らなかった。輪廻とかいうやつが本当にあったんだ。よくわかった。ありがとう。じゃあね。」


我慢を重ね、今日は、8月6日。この1年は我慢の日々だった。

今夜、あの部屋で戻れる可能性がある。

私は、夕方から、あの部屋の中で住人が帰ってくるのを待っていた。


住人は、1週間ぐらい前から住み始めた女性で、会社勤めみたい。

私と同じ30歳ぐらいに見えた。


飲んできたのだろうか、夜10時ぐらいに部屋に戻ってきた。

酔っ払ってか、よろけながら部屋に入ってくる。


部屋に入った直後に、なにかあったのだろう。

クソと大声で叫んで、ベッドに倒れるように飛び込み、あっという間に寝てしまった。


私は何をすればいいのかわからなかったけど、彼女の上に覆いかぶさると入り込めた。

そうすると、透明なふわふわしたものが外に追い出されたの。


その、ふわふわしたものは、ゆっくり部屋から出ていき、見えなくなった。

楽しそうに、ゆらゆらとしていた。

そして、私はベッドから起き上がると、さっきの女性になっていた。


あれ、元の自分に戻るんじゃないの?

でも、どうやっても、この女性から外にでることはできなかったの。

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