第4章 除霊師
1話 上海の夜
私は、別人として暮らしていた。
男性とかおばあさんとかではなく、同年齢の女性だったのは良かった。
女性に乗り移った後、カバンとかで、勤め先とかを調べたわ。
偶然なのか必然なのか、私と同じ独身の女性で、IT会社に勤めていた。
だから、仕事をするうえでは、特段の問題はなかったの。
この部屋に居続けると、来年、私がこの体から追い出されてしまうかもしれない。
だけど、この女性は、すぐに社宅に入ることになっていた。
前の私と同じで、社宅に入るまでの短期的なウィークリーマンションだったから。
広島は転勤族が多いのかしら。
せっかく広島に来て心機一転、明るい未来をみて生きようと思っていた。
しかも、別の女性に乗り移ることができたし。
もう、暗い人生から飛び出そう。
前も思ったけど、体が変わると、性格も変わる。
この体にいた人の性格はわからないけど、明るかったと信じるしかない。
私は、自分のことを否定だけして暮らすのはもう嫌。
明るく、前に向かって進みたいの。
私は、とびっきりの笑顔で職場に向かった。
ただ、仕事はかなり忙しかったの。
特に、いま担当しているお客様が、次から次へと仕様変更をする。
いくらシステム構築をしても、決着しない。
お客様は、お金は出すから働けという。
会社は、儲かるからボーナスをはずむよといって見て見ぬふりをする。
最初に会ったときに、クソと言っていたのは、このお客様のことだと思う。
いくらやってもゴールが見えなかったけど、そのうち完了することになった。
なんでも終わりは来るんだと思った。
その後、いくつかの業務は変わり、今は、中国案件に携わっている。
夜11:30に上海のホテルのチェックインカウンターに私はいた。
上海の中心地にある人民公園近くの由緒あるホテル。
「会社も人使いが荒いわね。お昼まで仕事させて、それから上海なんだから。もう、こんな時間になっちゃった。私の部屋は1102号室ね。西くんは908号室。なんかあったら、部屋番号でホテル内は電話できるから、覚えておいてね。初めての海外出張、お疲れさま。」
「有村さん、今日はありがとうございました。なんとか来れました。明日は朝7時に朝食会場で待ち合わせですね。」
「時差があるから間違えないでね。じゃあ、おやすみなさい。」
同僚を9階で下ろしたあと、自分の部屋がある階でエレベーターを降りた。
3泊4日で、夏だったし、さほど荷物はなかったのよ。
でも、華奢な私にとっては、やや重めのキャリーバックだった。
キャリーバックが運ばれるのを嫌がって抵抗しているように見えたかもね。
このホテルは、それなりに高級感はあるけど安いから、いつも助かるわ。
でも、ひどくない。
メークを落としたりとかしていたら、4時間ぐらいしか寝れないじゃないの。
こんな生活していると肌も荒れちゃう。
エレベーターを降りてから、ぶつぶついいながら廊下を歩き、部屋の前に着いた。
ドアを開けると、突然、何か強い威圧感を感じた。
殺気で空気が凍りついた感じで、夏なのに鳥肌がたった。
入口の壁は奥まっていて、絵が飾ってある。
そこを進むと、大きなベッドと机がある広い部屋。
日本なら2人用の部屋という感じかしら。
でも、今、振り返っても、玄関の方に、強い何かのエネルギーを感じる。
出ていけという圧力。なんなのかしら。
でも、部屋はごく普通のインテリアだったし、疲れてるから気のせいかな。
綺麗なシーツとふかふかのベッドは気持ちがいい。
ところで、飛行機の食事はおいしくなかったな。
そんなつまらないことを考えているうちに、眠気に襲われ、眠りについた。
プルプルプル、プルプルプル、夜中の2:15に電話がなった。
「なんですか?」
「無事ですか?」
「なんのことですか? 夜の2時過ぎですよ。」
「お客様のお部屋からエマージェンシーコールがなったもので。でもご無事ならいいです。夜中に失礼しました。」
エマージェンシーコール? 寝てたのに、なんだったの。
本当に迷惑だわ。眠むれる時間自体が少ないのに。何かホテルのミスね。
少し目が覚めてしまったけど、明日のこともあるので、そのまま眠ることにした。
次の朝、何があったんだろうという気分もあった。
でも、部屋の空気は爽やかで、昨晩の緊張感は全くない。
メイクをしているうちに忘れていた。
その後、眠りが足りず少し疲れ気味だったけど、予定通り仕事をしたわ。
そして、やっぱり中国に来たなら中華よね。
一緒に働いている日本人メンバーと一緒に中華レストランに行ったの。
「お名前、難しい字ですけど、ゆなさんでいいんですよね。」
「そうですよね。大体、なんて読むのって聞かれるんですけど、よく読めましたね。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。私、半年ぐらい中国語を勉強して、1ヶ月前に駐在で来たんですけど、中国語って難しいですよね。簡体字はなんとかわかるんですけど、発音が難しくて。その点、結心さんは、中国語お上手で、中国人と普通に会話しているのってすごいです。」
「私も、半年ぐらい必死になって勉強しただけよ。これができないと会社クビと思ってがんばっただけ。」
「そうなんですね。私の勉強が甘かったということですね。」
横に座っている女性が、私だけに聞こえるように、小さな声で耳元で話してきた。
「話しは変わるんですけど、男性って、どうして女性の胸ばかりジロジロと見るんでしょうね。男性が見ていると、例外なく見てるって気づきますよね。でも、中国人も同じで、これって、万国共通の男性の本能なんでしょうかね。」
つまらない話しで、やっぱり1人が気楽でいいなと思っていた。
でも、嫌われても面倒だしと、相槌を打っておいた。
私も、最近は、少しは大人の対応ができるようになっている。
今夜も、ホテルに帰ったのは遅い時間になってしまったわ。
寝たのは12時を過ぎになっていた。
ただ、お酒のせいか1時間半ぐらいで目が覚めてしまい、逆に寝れなくなっちゃった。
1:45だったけど、バスタブにお湯を入れて体を温めれば、気分が変わって眠れるかな。
お風呂に入っていると、2:15になった時、また電話がなった。
「なんですか?」
「お客さまのお部屋からエマージェンシーコールがなったので電話したのですが、大丈夫ですか?」
「昨日もそうでしたけど、何もありません。なんなんですか? 深夜に邪魔しないでくださいよ。」
「そうですか。では失礼します。」
このホテル、なんなのかしら。これじゃ、寝不足になっちゃう。
次回からは、別のホテルにしようかな。
不満いっぱいだったけど、疲れていたからだと思う。
ベッドに入った途端、いきなり眠りに落ちてしまったの。
その直後、夢で、私は、この辺りの道路に立っていた。
なんなんだろう。あれ、なんか、人が轢かれたとか声が聞こえる。
そう思った瞬間、鳥の羽根のようなものが覆いかぶさってきて、周りが真っ黒になった。
そして、左肩を急に掴まれた。
なんなの? 泥棒?
周りを見ると、半透明な老婆が私のことを、すごい形相で睨んでいた。
誰なの? 声を出せずにベッドの中で凍りついた。
「出ていけ。」
「ここは私の部屋よ。あなたは誰?」
「黙って、出ていけ。出ていかないなら、力づくでも追い出してやる。」
そう言って、老婆は私の腕を掴んだ。
やめて。老婆の腕を逆に握り返し、自分の腕から外そうとした時だった。
私の体から光が出て、光は、老婆に伝わっていき、老婆を包み込んで、燃やし始めた。
そして、老婆はゆっくりと消えていった。最後の瞬間、老婆の声が聞こえてきた。
「私は、5年前、上海に旅行に来て、夜、飲んでこの部屋に戻るときに、楽しくて浮かれていたのか、この前の道で交通事故に遭って死んじゃった。でも、ふと気づいたら、この部屋にいて、夢でも見たのかなと思ったの。」
老婆の目からは涙がこぼれた。
「その後、何人も、この部屋に入ってきて、私の部屋に入らないでって叫んだんだけど、無視して入ってきたから追い出そうとしたのよ。でも、事故の時間になると、いつも事故現場に戻っていて、そこで轢かれてしまい、その繰り返し。もう嫌だと思っていたわ。」
ほとんど消えかかった老婆が最後の言葉を話した。
「そんな時に、お嬢さんが入ってきて、私のこの苦しいループを断ち切ってくれた。ありがとう。この部屋に入ってきて驚かせてしまった人達にも、今は、悪いと思うわ。これから心が落ち着く日々を過ごすわね。さようなら。ありがとう。」
なにが起こったかわからないまま、普通に戻った部屋で横になったままだった。
でも、落ち着いたようだったし、そのままベッドで眠った。
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