4話 私に気づいて

私の横を広島電鉄が通り過ぎる。

日差しは眩しく、とても暑い。

地球温暖化で気温は毎年上昇している。

それに加えて、広島は東京より暑いんじゃないかしら。


川沿いの木々の下には小さな木陰ができていた。

小さな公園に、木陰になっているベンチがあったの。

そのベンチに座りながら、道を通る人たちを眺める。


学校に向かう小学生達が、友達と走りながら笑って通り過ぎる。

それから2時間ぐらい経つころ、ベビーカーを押すお母さんが横を通り過ぎる。

ゆめタウンという大きめのスーパーに向かっているみたい。

朝の掃除が終わって買い物なのかしら。


暑い夏の、ごく普通の風景だけど、私の姿には、だれも気づいてくれない。

気づくというよりも、私にぶつかってきても、なにもないように通り抜けていく。

存在しないかのように。


あの日から、だれからも見えない存在になってしまった。

こんなに、私にははっきりと意識があるのに。


また、あの公安の組織の仕業なのかしら。

そんなはずはない。

上司を追い出してから、もう10年近くコンタクトがないもの。


死後の世界に行ったから、また引き寄せられた?

わからない。でも、そんなことはどうでもいい。

昔の経験から、もう、こんなところにいたくない。


この世の中で、だれにも見えない存在。

楽しみもない世界。

どうして、いつも、幸せが目の前に見えた時に、こうなの。


以前、幽霊になったときも、結婚しようとしているときだった。

別にきらめいていたわけじゃないけど、穏やかな日々は見えていた。

今回もそう。私には、幸せという文字がないのかもしれない。


前回もそうだけど、私は、炎天下のもと、ごく普通に歩いている。

幽霊って、夜に人の背後からなんてイメージよね。

なんというか、全く日常生活の中にいる。


違うことといえば、汗とかはでなくて、お風呂とかに入ることもない。

食事もしないから、トイレとかにいくことはない。服を着替えることもない。


周りを歩いてみたこともある。

比治山に登ってみると、山頂までは道路に沿っていける。

でも、美術館とか公園とかを過ぎる頃になると、先に進めない。

それより先は真っ白になって、よく見えないし、どうしてなのかしら。


私が住むはずだったウィークリーマンションに行ってみたわ。

男の人たちが、私のキャリーバックを外に持ち出していく。

私のものだから、やめてと叫ぶけど、その声は届かない。


ここの住人は荷物だけ置いて外出し、行方不明になったと話していた。

私は、ここにいるのよ。聞こえないの。見えないの。

そういえば、1年前も似たような事件があったとも話していた。


そして、翌日、私の同僚だった坂井くんが、この部屋に入居してきた。

電話で話しているのが聞こえたわ。

私が引き継ぐはずだった業務が、私の行方不明で、坂井くんに引き継がれるんだって。


しばらく、坂井くんの暮らしをみていたけど、なんかとても質素ね。

同僚が下着だけで歩き回るのを見るのは罪悪感もあったけど。

家に帰るとお風呂に入って、それからコンビニで買ったお弁当を温める。

そして、ビールを飲むという感じで、毎日、このルーチン。


まあ、1ヶ月で社宅に変わるのだから、寝るためだけの部屋という感じなのね。

ホテルに泊まっているような気分なんでしょうね。


坂井くんの会話とか聞いていたら、私のことも話しているじゃない。

周りの男性からそんな風に思われていたんだと驚いた。


私は、いつも無愛想で、朝、会っても挨拶もしない。

目が合うと睨んでるし、人としてどうかと思うと話していた。

行方不明なんて、本当に何考えているかわからないやつだって。


まあ、そうかもね。

別に、あなた達を嫌いというわけじゃないのよ。

ただ、私は暗い性格だから。

あなた達のために笑顔を作る必要なんてないでしょう。


仕事はちゃんとしているんだし、文句言われる必要はない。

そういえば、坂井くんは、時々優しくしてくれたね。

でも、私より、もっと明るい女性に声をかけた方がいいよ。


そんな気分で、そっけないふりをしたんだと思う。

それでも、そんな誤解をされるんだとびっくりね。

もう、あなたとは話したくないとはっきりと言ったほうがいいのかな。


ある晩、坂井くんが、ベッドの上でなにかしていた。

自分の棒にティッシュを巻いてさすっている。

何をしているのかしら。


いきなり震えたのを見て、何をしていたのかわかった。

なんか、男性の1人エッチって、静かに終わるのね。


これ以上、プライベートを覗き見するのは良くないわね。

坂井くん、ごめんなさい。

そう思って、その部屋を出た。


そういえば、1年前に私と似た事件があったと聞いたわね。

その人、探してみようかしら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る