2話 行きはよいよい
広島に着くと、思ったより、多くのビルが立ち並んでいる。
マツダスタジアムで野球観戦した人たちかしら。
カープのシャツを着た若者たちが笑いながら横を通り過ぎる。
どうして、あんなに楽しそうな顔ができるのかしら。
私には、あんな顔なんて人生になかったのに。
私が異常だから。
だめ、また暗くなっている。
広島に来て、気分を変えようと思っていたんだから。
下ばかりみている自分に、顔を上げろとムチを打った。
でも、暑い。
紺のスーツを着ているからね。
ジャケットを腕で持ち、スカートから生足が出てるのにまだ暑い。
今年の夏は、殺人的な暑さ。
広島駅を出て、現地では100m道路と言われている方向に進む。
すぐに川がみえた。電灯が美しく光る。
夜の街を照らす電灯は、私の暗闇も照らしているよう。
私にも、この広島で明るい未来が待っている。
そう信じて、前に進んだ。
10分ぐらい歩くと、平和大通り沿いのウィークリーマンションに到着した。
どこにでもあるマンション。
私の部屋は、5階建の3階。
見上げると、小さなベランダがある真っ暗な部屋。
ウィークリーマンションはネットで契約をしたの。
不動産屋は、この時間にはもう閉まっている。
だから、部屋の鍵は、ポストの中に置いておくとメールが来ていた。
鍵がなかったら、不動産屋はもう閉まっているし不安だったわ。
でも、言われた所にあって無事に部屋に入れた。
今は8時過ぎで、周りは静かなんだけど、にぎやかな雰囲気がする。
窓から見下ろした道には誰もいないのに、大勢の人が溢れている感じ、
どうしてなのかしら。
この部屋には私1人なのに、この部屋にも人が溢れているみたい。
でも、不思議と、恐怖とか攻撃的な感じは全くしない。
なにか楽しげな、暖かい雰囲気で溢れている。
さっき、ドアを閉めたから、この部屋には私しかいないのは間違いない。
周りを見渡しても誰もいない。
でも、楽しそうに、ふわふわと、私の周りを通り過ぎていく。
横に感じる気配は、私のことに気づいていないみたい。
ベランダから外を見渡しても、なにかお祭りとかしているわけではない。
とても賑やかな感じは漂ってるのよ。
でも、神輿をかつぐかけ声とか、太鼓とかの音は全くない。
どうしてなのかしら。
なにか、大勢の人がおしくらまんじゅうをしているよう。
とはいっても、圧迫感とかはない。
とっても楽しそうにふわふわとしたものに囲まれている感じ。
さっきまで暗くなりかけていた私の気持ちは、少し華やいでいた。
これが住む場所を変える効果というものかしら。
もしかしたら、これから少し楽しく生きていけるかも。
今更なんだけど、ふと、今日が広島原爆の日だったと思い出した。
私は、時々、見えないはずのものが見える時があるの。
死後の世界にいたからかもしれない。
原爆で亡くなった人たちが、この広島に戻ってきているのかもしれない。
でも、苦しみといった雰囲気は全くなく、落ち着いた、優しくて、楽しい雰囲気。
もう、被爆から多くの時間がたったからかもしれないわね。
初めて来た広島の街を歩いてみることにした。
ここで、明るい人生に変えられるかもしれない。
そんな街に早く飛び出したくなった。
夜8時すぎとはいえ、大通りは街灯で明るく、襲われるなんて感じはしない。
スマホがあれば、道に迷うこともない。
むしろ、楽しそうに歩く人の気配にあふれている。
こんな状況だと、本当なら恐怖を感じるんだと思う。
でも、不思議なことに、そんな感じは全くなかった。
3階の部屋から出てエレベーターで降り、道路に出た。
その時の光景は、信じられないものだったわ。
さっきは、誰もいないと思った道路が人で溢れている。
しかも、みんな浴衣を着て、提灯みたいなもので、かなり明るい。
更に、私がいたビルとかは見えなくなっていて、周りは木造建築の家ばかり。
あれ、どこに来ちゃったんだろう?
私は、横にいた女性に、今日はお祭りなんですかと尋ねたわ。
そしたら、暑いし、みんなで夕涼みをしに外にでてきたと返事があった。
たしかに、この辺は京橋川のおかげか、街中よりは少し涼しい感じがするわね。
目の前の女性は、うちわで扇ぎながら、ゆっくりと美しい後ろ姿で歩いていった。
優雅な後ろ姿で、むしろ妖艶といった方がしっくりとくる。
私は、平和大通りを白神社の方向に歩いてみることにしたの。
大勢の人が、笑顔に溢れ、子供と手を繋いだりしながら歩いている。
本当に幸せそうだし、賑やか。
さっきまで笑顔いっぱいのカープファンをみて暗くなっていた自分がばかみたい。
そう、無理しても笑顔でいれば幸せになれるかもしれない。
しかも、ここでは、無理しなくても、みんなの笑顔の中に溶け込めそう。
提灯のような明かりも、暖かくて、なんか心が和む。
まるで、暗い街を照らすシャボン玉の光か、七色の毛糸の玉のよう。
私の心も、ほのぼのとした気持ちになっていく。
いつの間にか、街灯も、昔の電球のようになっている。
場所によっては、縁日のような屋台もある。
やっぱり、お祭りだったんじゃないの。
なんか、さっきより人が増えている。
歩くだけでも、人にぶつかりそう。
でも、どうしてか、さっきから圧迫感はないの。
横の人に触れても、ふわふわした感じしかしない。
昔のような風景にも、いつの間にか違和感はなくなっていたわ。
この場に溶け込んでいた。
実は、私も浴衣を着て歩いていることにも、ずっと気づかなかったぐらい。
道を歩いていると、声をかけられた。
お嬢さんは、この辺でみないけど、どこから来ちゃったと。
広島は大都市だから、見たことがないのは当たり前じゃないの。
でも、とても優しそうな人だったので、東京からと答えたの。
それは、遠い所からきちゃったね、広島を楽しんで。
そう優しい顔で声をかけてくれて、通り過ぎていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます