11月14日土曜日 18:30再診②
2.11月7日土曜日 23:15
王子神谷の自宅のマンションに帰ると、娘の
時刻は23:00を少し過ぎたところだ。
「あ、パパ、おかえり!」
愛結実が私が提げているコンビニのレジ袋の1つを受け取り、もう1つは実花が持っていってくれた。
「おつかれさま、義兄さんも焼きそば食べるよね?」
冷蔵庫に残っていた焼きそばと余っていたソーセージとキャベツ、シメジで焼きそばを作ったようで、他には実花が東京大丸の惣菜類の売れ残りを貰ってきたらしい。
「ああ、ちょっとだけ貰うよ。」
私は洗面所で手洗いとうがいをして、自室にショルダーバッグを置いて、宴会の仲間に加わる。
「おじさんはどれにするの?」
実花がテーブルに並べた酒を私に見せる。
「うーん、そのレモンサワーにするかな。」
私は、実花がちょうど指さしているレモンサワーを選んで、秋奈の「では、改めて」の発声で乾杯をして、冷えたレモンサワーをグイと飲んだ。
レモンの味わいが濃いめのサワーがスッキリとしていて美味い。
あのコンビニでもよく売れているのか、私が3本取るとストックが無くなっていた。
秋奈はビール、実花は私が半年ほど前に出張先で買ってきた地酒をキッチンで見つけたようで、それをチビチビと舐めるように飲んでいる。
「私もお酒飲んじゃダメ?」
まだ19歳の愛結実が私のレモンサワーをちょんちょんと小突いて甘えるように聞いてくるが、「お母さんがいいって言ったらな」と、亡くなった妻の結佳の写真を指さしながら返すと、「じゃあ、コレでいい」と、ぷしゅとジンジャーエールのペットボトルをもう1本開けた。
私は別に19歳の愛結実が酒を嗜んだところで、特に叱ったりするつもりはない。
ただ、結佳はこういったことにはきっちりとしていたので、愛結実も結佳に見られていると思うと、諦めるしかなかったのだろう。
「ふむぅ、たしかに、うん、姉さんなら叱っていたと思うなぁ。」
惣菜の唐揚げを頬張りながら、秋奈も私に同調するように言った。
「それより、歯医者さんの助手さん、えらく美人さんだったんだってぇ?」
ウチにあった酒類で先に出来上がっていた秋奈が絡むような目線を向けて、もう1つ唐揚げを頬張りながら言う。
「ああ、加藤さんのことな、確かに美人だな。この前まではマスクを付けていたから分からなかったけど、今日始めて素顔を見たよ。」
Tファミリーデンタルクリニックの歯科衛生士の加藤さんのことだ。
電車の運転見合わせのおかげというべきか、妙な縁で、すぐ近くまで一緒に帰ることになったのだ。
「この近所なんでしょ?その人。」
「うん、そうみたい。そこのラーメン屋あるだろ、並んでいるとこ。あそこを駅の方に行ったところみたいだよ。」
秋奈たちもウチと同じマンションの別棟に住んでいるので、なんとなく位置感は分かったようだ。
「おじさんはあっこのラーメン屋さん、食べたことあるの?」
ラーメン屋が出てきたので、最近はラーメンばかり食べては写真をSNSに上げている実花が海老マヨおにぎりに手を伸ばしながら聞いてくる。
最近はめっきり大人の女性らしくなってきて、今日はバイト代を貯めて買ったというLOEWEのシャツワンピースがよく似合っている。
「ああ、何度か食べたことあるよ。最近は二郎系の専門になって、それからは1度だけかな。」
「えー!いいなぁ。私も行きたい!二郎系も食べてみたいし!」
実花が海老マヨおにぎりの米粒をせっかくの高級ワンピースにこぼしながら、身を乗り出す勢いで、一緒に連れて行って欲しいとねだる。
「また今度、愛結実と一緒に行ってきたらいいじゃないか。愛結実もラーメン好きだろ?」
大きなシュークリームに齧り付いている愛結実に話を振ると、「うーん、二郎系のやつ?わたし、アレあんまり好きじゃないよぉ。ヤサイばっかりだもん」と、露骨に嫌そうな顔をした。愛結実は小さい頃から野菜嫌いなのだ。
愛結実のキャンパスライフと“半ひとり暮らし”の話題で、1時間半ほど飲んでいると、当の愛結実がウトウトしだして、和室に敷いた布団へと旅立ち、実花も「1本だけ吸ったら、私も寝るかなぁ」と大きなあくびをして、バルコニーへ喫煙に出た。
バルコニーのサッシを開けると、一層冷えた風がリビングに入ってきて、もう冬なんだと思った。
「私も泊まっていこっかな?」
客間を使ってもいいでしょ?と秋奈が言う。
「泊まっていくって、義則はどうするんだよ?」
義則とは秋奈の夫のことである。
「旦那は昨日から大阪ぁ。また、製薬会社の営業に誘われて、展示会と勉強会だってさ。」
秋奈の夫の義則は薬剤師だが、元は製薬会社の研究職として働いていた。
義則は秋奈と結婚したことで、
「なんだ、義則は大阪か。俺と愛結実と入れ替わりだな。」
義則もちょくちょくとウチに来て、今日みたいに一緒に飲むことが多い。
結佳が亡くなって、愛結実も大阪の私の実家の離れから大学に通うようになって、私がひとり住まいになってからは、義則たちの家で一緒に飲むことも増えた。
「ホント、展示会なんてさ、東京で行けばいいのに、わざわざ大阪まで行って。スミちゃんとか他の薬局の人はいい迷惑よ。」
スミちゃんというのは秋奈の幼馴染の人で、義則の薬局で薬剤師として働いている。
少し飲みすぎている様で、赤い顔をしている秋奈は愚痴モードに入っているが、当の秋奈は薬剤師ではなく、今は出版社のWEBメディア部門のデスクをしている。
秋奈も私と結佳と同じ大阪の国立大学を卒業して、大手の新聞社の社会部の記者になった。
ただ、大新聞の社会部記者としては取材方法から記事の内容までが過激すぎたのが原因で、3年を待たずに地方の支局に飛ばされることになり、ちょうど義則と結婚してすぐだったこともあって潔く新聞社を退社した。
新聞社を退職したその翌年に実花が生まれ、そのまま家庭に入るのかと親族の皆に思われたが、実花が2歳になった頃に、新聞社時代の先輩のツテで、今度は大手の出版社の週刊誌記者に転身した。
だが、週刊誌でも秋奈という記者は持て余したようで、出版社の色々な部署を渡り歩いて、今ではWEBメディア部門のデスクに辿り着いた、というわけだ。
秋奈は姉妹という以上に、妻の結佳とよく似ていて、黙って楚々としていれば、少し垂れ目で柔らかな優しい感じの美人なのだが、どうにも言動は真逆で破天荒な人間だ。
それが原因で色々とトラブルに巻き込まれたり、周りに疎まれることもあったようだが、当の本人はそれすらも楽しんでいるようで、毎度愚痴を言いながらも、デスクという管理側の仕事も楽しんでいる。
「なあ、俺、そこのコンビニで、お化けを見たかもしれないんだよ。」
実花がタバコを吸い終えて、洗面所でうがいだけして和室に行ったのを見計らって、私は秋奈に先程の小さな男の子のお化けのことを打ち明けた。
「なになに?小さな男の子のお化け?なにそれ?」
唐突に私がお化けなんて言い出したものだから、ケホケホとチェイサーの烏龍茶に咽ながら、秋奈がその垂れ目を見開いて身を乗り出した。
秋奈は心霊関連のいかがわしい雑誌の特集の編集や、今もWEBマンガのオカルトモノの編集なんかも扱っていて、この手の話にも詳しい。
以前も、義則と秋奈と一緒に赤羽の居酒屋で飲んでいる時に、この手の話で盛り上がったことがあった。
私が、掻い摘んで先程のコンビニで見かけた顔の無い小さな男の子の話を聞かせてやると、「うーん、残念だけど、あんまりインパクト無いわね」と、声のトーンが落ちる。
「インパクトってなぁ。こっちは顔の無い男の子を見て、腰を抜かしそうになったんだぞ。」
私が少しムッとしているのを察して、秋奈は「ごめんごめん」と慰めるようにするが、こうも続けた。
「実は、その手の話がいっぱい入ってくるのよ、今。WEBコミックでも怪談モノやホラー系が多くてね。それも実話系のやつがさ。」
秋奈によると、コロナ禍でYoutubeなどの動画サイトの視聴が一般化したことで、地上波テレビやメジャーな雑誌などから消えていたオカルトやホラーを扱うチャンネルや配信者が日の目を見るようになり、静かなブームになっているらしい。
「ウチでもWEBコミックで3作品を連載してて、これが結構売れてるのよ。」
秋奈がスマホで、自身の出版社で連載しているホラー作品を見せてくれるが、どれも昔のおどろおどろしい画風の漫画ではなく、読みやすそうな感じがする。
「じゃあ、俺が見たあの男の子のお化けと同じ様な話も珍しい話じゃないのか?」
「うん、まぁね。夜のコンビニで、とかの話はよく聞くし、子どものお化けというのも珍しくはないわ。」
「義兄さんの話でちょっと珍しいのは、その男の子のお化けが付いてきたってことかな。うーん、でも、途中でバイバイしてたんだもんね。まぁ逆にそっちのほうが珍しいのかも…」
秋奈はひとりでブツブツと私の体験談を分析をしているが、こういうところは編集者の職業病なんだろうか。
「って、おいおい、付いてきた、なんて怖いことを言うなよ。」
私は怖くなって、背後を振り返ってしまう。
「まぁまぁ、義兄さん、ちゃんとその男の子はバイバイってしてたんでしょ?だったら、大丈夫よ。知らんけど。」
あはは、と笑って、秋奈は言う。
「だって、実花が何も言ってなかったでしょ?あの子が視ていないんだから、大丈夫よ。」
「まぁ、そうだ、な。うん。」
実花が何も言ってなかった、それだけで私も納得してしまった。
実花の霊感というのは、それまでオカルトの類を信じていなかった私でも、実花のソレだけは信じている。そうなるだけのことを、少し前に私は経験した。
「義兄さんこそ、ホントはソッチの方の素養があってもおかしくないでしょう?」
「んなわけないやろ。ウチの家系の話なんて。もう何百年も前の話だぞ。」
秋奈が言っているのは、私の家系図をウンと遡ると、平安時代の陰陽師の家系に繋がるらしい、ということだ。
昔、父方の爺さんが、爺さんの爺さんまでは陰陽道に通じていたとか、私が子どもの頃によく話してくれた。
ただ、陰陽師や陰陽道と言われても、現在のウチの家系にはそれらは何も残っておらず、それこそ爺さんの爺さんが明治の時代に、広い土地を残してくれたお陰で、大都市の大阪に離れのある古い家と少しばかりの土地が残っている。
「ふぁぁ、ふぅ、私もだいぶ眠くなってきたから、寝よっかな…」
秋奈が大きく欠伸をし、メイクを落としてくる、と洗面所に行った。
私はテーブルの上の空き缶を集めてキッチンに持っていき、惣菜の空き容器やお菓子の袋をゴミ袋にまとめて、秋奈が洗面所にいる間に、客間の布団を敷いてやった。
「じゃあ、おやすみ。」
私も今から風呂に入るのは面倒になって、秋奈も明日の朝に入ると言うので、ガスの元栓を閉めて、自室に戻ってベッドに入った。
酒のお陰で、私はベッドに入って、あの男の子のお化けのことを思い出す間もなく、眠りに落ちた。
明日は、愛結実と共に結佳の墓参りに行く。
今晩のことを結佳に話してやったら、なんて言うだろうか…
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