第2話
いいんだな? 始めるぞ。
その日は……だいぶ目が覚めるのが遅かったのを覚えてる。とにかく朝から頭が痛かったんだ。あんな痛みは転生して草原の中に放り出された最初の一日以来だった。なにせ次の日からの俺はレベル999魔力以外ほぼ全ステカンストの超ド健康脳筋勇者だったからな……。
とにかく、俺は目を覚まして体を起こした。屋敷のベッドだ。元は変態のロリコン大臣の家だったんだが色々あって俺のものになった。どうにも妙な心地は感じていたんだが少し寝坊しただけかもわからない。呑気に立ち上がろうとして、俺は、自分が布団を被らずに寝ていたことに気がついた。そりゃだるいはずだって話だが、布団に倒れ伏すほど疲れて寝た記憶はなかった。というかそもそもベッドに寝た覚えがない。じゃあ俺はいつ寝たんだ? 俺は酒も飲まないし、おかしいなとは思ったんだが……。
ともかく服を着ながらダラダラしてたら、コンコンと、控えめにドアを叩く音がした。俺が起きた気配に外の誰かが気がついたんだろう。特に何も考えずに「どうぞ」と答えたら、そっと白いフリルのついたカチューシャと黒髪が見えた。予想してた通り、メイドのサネアだったよ。
サネアは元々この屋敷のメイドだったわけじゃない。冒険者ギルドの受付をポンコツ過ぎてクビになって泣いてたところを偶然、転生したての頃の俺と出会ってそれからずっと……まあ、なんとなく察してくれ。三白眼気味というか、極端に無表情なせいで誤解されやすいが、実際は内気なだけの可愛い女の子だったよ。戦う力はないけど最初の仲間だし、初めての女でもあるし……俺が
その彼女が、ドアの隙間から、ジトッと心配そうな目で俺を覗いていた。
「悪い、だいぶ寝坊したな」
俺は笑って両腕を広げたんだが、いつもと違って、サネアが近づいてこない。目を泳がせて、不安げにオドオドしてる。
「どうかしたのか?」当然俺は聞いたさ。
「あのぅ……お邪魔して大丈夫だったのでしょうか?」顎を引いての、上目遣い。サネアが勇気を出して何か言うときは大体これっていう仕草だった。
「ん、どうして?」
「良いと言うまで誰も入るなって……」
キョトンとしたよ。俺がね。
「誰がそんなこと言ったんだ?」ベッドに座りながら、サネアの
今度は、向こうがキョトンとしていた。
「……ツナギ様が」
ツナギ。
そう、俺の名前だ。和田
「え、俺?」よくわからんがちょっと吹き出したよ。なんたって全然覚えがないからな。昨夜は別に何もなかった。ホントは一時一緒に旅してたターニャっていう半獣人の女戦士が訪ねてくる予定だったんだが、豪雨で馬車が走れないってんで足止めを食らって、挙げ句にコボルトの巣が見つかったから一度討伐のために引き返しててまた3日くらいあと伸びになったところだったんだ。
「なにそれ、全然覚えてないな。いつそんなこと言った?」
俺はそう聞き返した。
これが多分、俺が人生で最後にしゃべった、気楽な言葉だったかもな。
「あの、
「一昨日? 昨日じゃなくてか?」
「お、一昨日……です」
ピリッと、頭に血が回った。この時点で何か、普通じゃないことが起きてることには気がつけたんだ。我ながら冴えてたな。体のだるさ、言った覚えのない言葉、丸一日飛んでるらしき記憶……魔法のある世界でここまでやられたら、誰だって何かを警戒するよな。
「……昨日一日、俺は部屋から出て来なかったってことか?」俺は聞いた。
「ほえ? それは、はい、そうですが……」
「飯はどうしてたんだ?」
「部屋の前に置いておけと……」
こんな会話だったかな。サネアは状況が飲み込めずだいぶ不安そうだったが、俺はまだ冷静だったよ。最初に考えたのは、何か未知の幻術を食らった可能性だ。俺はステータスチートはガン積みだが、バステ(※
考えながら俺は、ドアの前に立ち尽くしてる彼女を見た。相変わらずの仏頂面だったが、もう付き合いが長いから、大体何考えてるのかは眉毛の微妙な角度とか雰囲気でわかる。俺が何を言ってるか全然わからなくて、少し怯えてるようだった。
こういう状況の簡潔な解決方法を知ってるか?
自分の状況を正直に、できるだけ正確に、包み隠さず話すことだ。空気を読もうとするのもだめ、見栄も張らない。何よりいちばん大事なのは、真面目に話すってことかな。安いサスペンスかホラーみたいに紛らわしいこと言って混乱を助長する必要はないんだよ。だから俺は彼女に言ったさ。誰も部屋に入るななんて言った覚えはない、それどころか自分がベッドに入った記憶すらない、今日がターニャの連絡から二日経ってることに驚いてる、混乱してるってな。
サネナも最初は引いてるみたいな作り笑い(この表情しかできないから誤解されるんだよな……)で話を聞いてて少ししょげたが、段々と状況が飲み込めてきたのか、口に両手を当ててちゃんと、自分から冷静に一昨日の状況を思い出そうとしていた。元々サネアは自己評価は低いが頭のいい子なんだ。機転は効かないかもしれないけど熟考に向くタイプさ。
だから、俺はちゃんと聞けたよ。「俺が部屋に入るなって言ったのは、ドア越しだったか?」ってな。
冴えてるだろ?
割とイエスを想定した質問だったんだが……。
「いえ……ドアを開けて、私に直接そうおっしゃっていました」
それが彼女の答えだった。
少しだけ、間が空いたよ。
だって、それはかなりおかしい話だろ?
そこから更に具体的に何を聞いたか……残念だが、俺は覚えてない。
気がついたら、また自分のベッドで目を覚ましていたからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます