第3話

 まあ、夢であればよかったと思うよな。

 だけどな、言った通り、俺は目を覚ましてからサネアとそれなりに会話したんだよ。それが夢だったかどうかなんてそんなこと、わからないわけがない。

 俺はまた自分の部屋を見廻した。無駄に豪華な暖炉や絨毯、カーテン付きのダブルベッド、グラスが無駄にたくさん入った戸棚、俺用じゃない化粧台、それとは別の姿見……壁には王妃からもらった感謝状、コロシアム優勝の盾、新ギルド『グレイプニール』設立時の署名の写しみたいな記念品と、10歳の女の子に書いてもらった似顔絵……いつもの俺の部屋だ。おかしいところは何も無い。

 だけど、何かが起きてるのは明白だ。

 てかなんつーか、俺は普通に怖かったよ。また一日過ぎたんじゃないだろうなって。

 まさか、な。

 ここでようやく、俺は自分のステータス画面を開くことを思いついた。念じれば目の前に現れるリストみたいなもんだ。普通何かデバフやバステを貰ってれば通知が来るから気にしてなかったんだが、異常事態が俺自身に起きてる可能性が大ならこれを見ないのは馬鹿だ。

 上からスクロールして確認、力999、体力999、俊敏999、魔力はサネアと一緒にほんのり鍛えた愛の11……。

 ■■、4。

 ……なんだ、これ?

 ともかくデバフはなかったのはいいが、ステータスの一番下に見慣れない文字化けした欄ができてる。あんまりにも当たり前にそこにあるからイマイチ危機感わかなかったんだけど、考えれば考えるほどこれは異常なことだよな。

 4、4か。

 なんの数字だ? まさか記憶が飛んだ日数か? 一日どころか今度は3日飛んだってことか?

 ドン、ドン、と乱暴にドアを叩く音が、あれこれ考えを巡らす俺を現実に引き戻した。

「入るぞ!」

 でけえ声で返事も待たずに入ってきたのは、貫真ガンマって名前の、俺よりも3年くらい先にこの世界に生まれ変わった転生者だった。齢も大体3つ上。俺と違ってチートと言えるほどのステータスはもらえなかったが、銃に見立てた指先から火炎弾を放つ魔法を鍛えて凄腕のハンターとして活躍してた兄貴分だな。格好つけたがりすぎて空回ってるのをよく身内にいじられてるような、そんな、愛すべき先輩だった。

「……具合悪かったってことか?」そのガンマの兄貴がデカいハットの下の目を細めて俺を見てる。「幽霊みたいな顔してるぜヒーロー。帰ったほうがいいか?」

「いや、大丈夫っす」俺はすぐにベッドを降りた。半裸のまま化粧台の前に立って、顔を覗き込んでみたら、なるほど確かにひどい顔をしてた。「……ガンちゃん、今日って何日っすか?」

「あ? あぁ……14日だな」

 ターニャから連絡があったのが11日。その2日後にサネアと話したのなら、その翌日で14。大丈夫、3日記憶が飛んだわけじゃない。ガンマさんの態度を見る限り実は1ヶ月後でしたなんて驚愕のオチもなさそうだ。時計は確か、ほとんど正午くらいの時間を指していた。

 つまりは結局、サネアと話をしてから丸一日以上経ってるってことになる。

 やっぱりどう考えてもおかしいよな。

「ガンマ先輩パイセン……」と、俺はまた昨日(驚くべきことに昨日だ)やったような完全暴露型話術でガンマさんに俺の身に起きている異常について話そうとした。

 だが……そこで言葉がつっかえた。

「あ、どうした?」

「いや……待って、サネアは?」俺は聞いた。

 一瞬、変な間があった。

「てっきり……ベッドの裏にでも隠れてるんだと思ってたんだが」

「は?」

 ガンマさんの後ろに目をやったら、メイド長のナタリアって金髪美女が、何人かのメイドをともなってこっそり俺の部屋を覗いてるのと目が合った。

「あれ……サネアちゃん、いらっしゃらないんですか?」なんてキョロキョロ部屋を見回す彼女の声はいつもどおり、どこか呑気でとぼけてた。

 俺は寒気がしたよ。

「サネアを探してくれ!! みんな急いで!!」大慌ててシャツを着ながら俺は叫んだ。後ろではメイドたちが騒いでるしガンマさんも説明を求めてた気がするが正直この辺の会話はちゃんと覚えてない。俺自身この世界に来て以来ついぞ感じたことのなかったねばつく不安に思考が潰されちまってたからな。だけど今考えれば、まだこのときの俺は楽観的だったよ。あり得る可能性、あり得ない妄想、最悪のパターン、色々な思考を脳内でグルグルさせてはいたけど、は所詮妄想だけだろうとは思ってた。思いながらも、念のためベッドの下に隠してある愛槍『グングニル』を取り出そうと手を伸ばして……。

 なあ?

 その時の俺の手が、何にぶつかったと思う?

 なあ?

 …………。

 泥みたいな汗が、脇と背中を一瞬でグッチョリと濡らしたのを、いやに鮮明に覚えてる。

「どうした? ツナギ」って、ガンマさんが俺に言ってるのが聞こえてたけど、返事もできなかったし、そもそも体がピクリとも動かなくなっていた。

 ホントに、夢であればよかったのにな。

 俺の指が触れたソレは柔らかくて……少し冷たくて、濡れていた。

 突然、気分が悪くなった。眼の前が暗くなって、視界がベッドの下の闇に飲み込まれるような……。

 ……違う。

 やばいって、気がついた頃には遅かった。

 異常事態にセンサーが敏感になっていたのか、それとも一種のか……きっと0.1秒にも満たない一刹那に、俺は自分の意識が、ドロンと自分の内側に落下していくのを知覚した。

 そしてそんな俺と、俺の中にいたナニかが表に現れるのを……。

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