第2話


「おっ」

 教会を覗き込んで、イアン・エルスバトは明るい表情を見せた。

「イアン」

 フェルディナントが気付く。話していた部下達に何かを言うと、彼らは敬礼をし、やって来たイアンにも一礼してから、教会を出て行った。

「今大丈夫だったか?」

「平気だ。いつもの街の巡回に向かった」

「んじゃ、ちょっと今話せるか? ここじゃない所だといいんだが」

「二階に客間がある。そこで話そう。少しここを任せるぞ」

 側にいた騎士が頷く。

「お茶をお持ちします」

「ありがとう」

「悪いな」

「いや、いいんだ。この前駐屯地を訪ねてくれたと聞いた。こちらこそ留守で悪かった」

「気にすんな。俺あの日街で飲んでてん。ここに寄れば会えたのについ失念しとったわ。

 んでも驚いたで……ネーリが怪我したって聞いて。びっくりや」

 二人は二階へ上がって行く。すぐに騎士がやって来て、紅茶を淹れて下がった。二人きりになると、さて、と向かい合う。

「えらい三週間くらい寝込んどったって聞いたで。何があったんや」

「……話が少し複雑でな。イアン。お前何か話しに来たんだろ。先にそっちを聞こう」


「そか? んじゃ、まず俺から話すわ。いや、別に大した話やないんだけど……さっきこの前街で飲んどったって言ったやろ? この近くの店なんやけどな。曾祖父から続いて今三代目の老舗やねん。めっちゃ食事も酒も上手かったで。ネーリも連れて今度三人で食べに行こうや! ――んで、そこのおっちゃんらから、面白い話聞いたんや。お前、王妃から言われて【有翼旅団】って賊を探してるんやったな?」


「ああ」

「【有翼旅団】の呼び名の起源ってお前知ってるのか?」

「ネーリにそれとなく聞いたことがある。なんかヴェネトに伝わる伝承なんだろ? 昔からいる、何かヴェネトの民が困っていると助けてくれる、そういう一団を総じて【有翼旅団】と言ってたとか……」

「おっ。それは知ってたんやな」

「ああ。有翼っていうのはヴェネトが古くに使っていた、国紋にいた【有翼の獅子】を示しているらしいぞ。街のいたるところに像が作られているんだとか……ネーリが街を案内してくれた時に見せてくれたよ。本当に翼の生えた獅子が色んなところにいるんだヴェネツィアは」

「楽しいヴェネツィアデートした自慢か?」

「ばっ……! 違う! 言われるまで像に気づかなかったという話をしているんだ! 俺は!」

 突然ニヤニヤ笑うイアンにからかわれて、フェルディナントは赤面して怒った。

「冗談や! なに本気にしてんねん!」

 ばしっ! と肩を強い力で叩かれる。

「お前が余計な口を挟むからだろ……何の話をしていたか忘れたじゃないか」


「【有翼の獅子】や」


「そうだった。……それで有翼旅団は、有翼の獅子の紋章をよく掲げて、義賊めいた活動をしていたらしい。人助けするそういう集団を、ヴェネトは昔から有翼旅団と総じて呼んでいたようだな」

「うん。俺もそう聞いた。ただしそれは御伽噺の方やろ。お前、前国王が在位五十年の長期政権って知っとるか?」

「前国王? ああ……確かそんなことを聞いたことあるよ」

「んじゃその王様がほぼ一年丸々海に出とって自分の艦隊率いてヴェネトを外敵から守っとったの知ってるか?」

 フェルディナントの顔に出た感情に、イアンは満足する。

「知らない。そうなのか?」


「そうや! 俺も知らんかってん! この国海軍おらんやろ? 有力貴族が自分で交易する時に私兵団みたいに使う護衛とかはおるの知ってたんやけど、その王様がな、即位してから急激に交易とかでヴェネトは栄えたんやと。同時に、交易路を海賊船とかが狙い始めたんやって。

 お前の国は空路が使えるから分からんやろうけど、スペインも海洋国家やねん。海洋国家にとって交易路を襲撃する海賊の存在っていつも頭悩ませる問題なんや。ヴェネトがなんで長い間こんな無防備で生きて来れたかって聞いたら、その国王がな、自分の私兵団みたいなのを組織して、周辺海域を見回って警護してたんやと。陸におるのも稀な王だったらしいで」


 イアンの目がキラキラ輝いている。

「なんか嬉しそうだなイアン」


「いや、嬉しいのか分からんけど、俺も船の上大好きやからなあ。その王様の生きざま聞いて、ずっと船の上におって、国の為に戦って、国民もそれを分かってくれてるなんて、羨ましい生き方やと思ってな。俺も小さい頃から船の上で暮らしたかった。ヴェネトは今の王妃も、王太子も城に閉じ籠もったまま夜会三昧で一体こんな生活の何が楽しいねんって思うような毎日生きとる。けど、亡くなった王様はちゃうんかったんやなって」


「王宮を不在にしてたってことか?」

「そや。けど、民は王様が海に出て、何のためにそこにおるのか知ってるし、王宮も王が揃えた首脳が政を行い、それも逐一王に報告しとったから、ほぼ海から政をしとったらしいで。その話してくれたおっちゃん、俺たちヴェネトの民にとっては父親みたいな人や! ってものすご自慢して、亡くなった話した時ほんまに涙ぐんどったで。会いたかったなあ、その王様に……。街の酒場で今でもその名前出すとみんな嬉しそうに王様の話してくれるんや。ものすごいカリスマ性やで」

 フェルディナントは嬉しそうに話すイアンを笑いながら、ふと首を傾げた。

「それと【有翼旅団】が何か関わりがあるのか?」

「いや。それなんやけどな。さっき話したやろ。元々、ヴェネト海域に伝わる義賊をそう呼んどった伝承があるって。それになぞらえて、その王様の一団を、国民は【有翼旅団】って呼んどるらしいんや」

 え? という顔をフェルディナントがする。

「しかし王妃は交易路を脅かす、悪質な賊と言っていたぞ」


「だからそれや。そもそもそいつらも【有翼旅団】が善なるものや、っていうのを逆手に取って、その名のもとに悪いことしてる連中なんやろ。それは俺の思う限り、有り得るかもしれんことやねん。前国王の信頼は、今も民の中に鮮烈に残ってる。それが【シビュラの塔】を他国にぶっ放したり、滅多に城下にすら顔を出さん、今の王族への不信すら、上回ってんねや。だから【有翼旅団】って聞くと、みんな嬉しそうな顔しとった。あれなら確かにそれを名乗って、同じ旗を掲げて近づいて来たら、あっさり身ぐるみはがされる思うわ」


「その【有翼旅団】王の軍は、今はどこへ行ったんだ?」


「在位五十年の王と共に戦い続けた海軍やぞ。カッコイイよな~! けど、王は自分が長い在位を持ったから、死んだ時に王位が変わると国が混乱する思ったらしいねん。せやから、生きてるうちに譲位して、王位が安定したのを見届けたいいう気持ちがあったんやと。

 引退してからも海には出て、大型の交易船の護衛とかをしてたらしいんやけど、その時に一団は一応縮小したらしいねんな。かつては大艦隊だったらしいけど、引退してからは三、四艦くらいでヴェネト周辺の守りと、交易船の護衛をやっとったらしい。縮小した兵士は城の守りに編成したらしいんやけど、なんか国王の死後解散させられたらしいわ。

 街の者の話じゃ、今の王が、前王に仕えた者たちを嫌って、解散させてもうたんじゃないかって言っとった。

 惜しいよなぁ……絶対強い兵士たちやったはずやぞ。

 国の大きな守りになるはずの連中を、王がそんな理由で罷免するなんて。

 ……フェルディナント。俺が思うに、ヴェネトの混乱なんぞ、まだ全然始まってないのかもしれへん。俺はその話聞いた時、前王に対する国民の大きな信頼を感じた。その信頼が、身勝手なことをする今の王家にも何とか従おう、っていう守りになってる。けどな。それにも限界があるで。もしその前王への信頼があっても、今の王家を許せへん! ってなった時……きっと一気にヴェネトの波の向きが変わる、そう思うんや」


「……。何が起こると思う?」

「分からん。でも今のヴェネトは穏やかに見えて、危い均衡の上に立っとるのかもしれん。

 そや! 聞いてくれ! お前に話したかったんや!」

 イアンが両腕を広げた。


「俺【仮面の男】に会ったで!」


「えっ?」

「多分、お前を襲った奴やと思う……。ネーリが『矢』の違いを指摘して仮面の男が二人おるかもしれんってことになったんやろ? あれ多分正解や。城に二人出たで」

「いつのことだ?」


「ついこの前や。王妃が箝口令出したから伝わってへんやろ。三週間前かそんな感じやけど、王妃の名で夜会が開かれた夜や。俺が庭で優雅に一服しとったら突然出よった。お前が言ってた通り、とんでもない身体能力やなあれ。森の方から現われて、樹から王宮に飛び移っとった。その瞬間を見たんや。リスみたいに王宮のテラスの手摺駆けて行って、何もない壁も二枚以上あったらぴょんぴょんって飛び上がって行って……」


 フェルディナントは頷く。

「俺が見た奴も凄かった。身体能力もそうだけど、夜目が利く。嵐の夜の、ヴェネツィアの街の屋根を、少しも苦にせず走って行ったのを見たよ。現われたって、二人現われたのか?」

「それがちょっと複雑やねん……一から話すけど今大丈夫か?」

「平気だ」


「俺の前に現われたそいつは、守備隊で追って城の、西の塔の方に追い詰めたんや。西の塔っていうのは湿地帯に隣接する見張りの塔のことや。【仮面の男】は、新設された俺の近衛隊に追われたけど、あいつらには手を出さへんかった。戦闘になるのを、避けてる感じやったな。お前と会った時はそういう感じやなかったんやろ」

「もともと娼婦を暴行してる警邏隊をあいつが助けに入ったからな。だから最初から戦闘になったけど、俺が止めに入ったら躊躇いなく俺にも斬りかかって来たよ。俺は警邏隊じゃないと、言ったんだが、聞き入れられなかった。……ただ、あいつの敵意も感じたし、殺気も確かに感じたんだが、あいつは単なる連続殺人犯や通り魔とは違う印象を受けた」


「さすがにお前剣のこととなると鋭いな」

「?」

「そうやねん……。俺も初めて対峙して分かった。あいつは無差別に人を殺す奴じゃない。多分、冷静に、厳格に、もっと殺す相手を吟味しとる。あいつが殺そうと決めた相手には、一切の容赦は与えない。けど、殺さへんって決めた相手には、決して手を出さへん覚悟があいつにはあるんや」

 まさに同じ印象を受けていたフェルディナントは頷いた。

 フェルディナントと遭遇した時は、形として悪事を働いていた警邏隊を、不本意だがフェルディナントが助けに入った形になってしまった。だからあんな刃を向けられたのではないかと、彼は冷静にそう分析している。

 例えば、フェルディナントの方が先に現場にいて、あの女たちを警邏隊から守っていて、そこに【仮面の男】が加勢したとしたら、また全然違うものになったのではないかと思うのだ。同じ場所に鉢合わせてもあの男はフェルディナントには刃を向けず、警邏隊を打ち払ったらすぐに消えた気がする。

「それで、どうなったんだ?」


「戦闘を回避して逃げ回っとったから、あの時は、運よく俺たち近衛隊が囲い込んで西の塔まで追い込んだ。あいつが塔にまで逃げ込んだから、俺が追ったわ。他のやつに手を出されたくなかったから、一人で追った。

 最上階で対峙した時……、話に聞いてたような凶悪な奴じゃないことに気付いた。

 顔は分からんし、声も聞いてへん。でも不思議な感じがした。俺も相当戦場で色んな敵と戦ってるけど――ちょっとああいう奴には遭遇したことがない。

 お前は初めて会った時、殺気も敵意も感じたって言ったけど、俺は逆や。全くそのどっちも感じなかった。かといって友好的な気配も全く無かったけどな。俺が一方的に問いかける形やったけど、少し話した。

 横暴な警邏隊を容赦なく襲っとった奴が城の近衛には指一本触れなかったからな……何のためにそういうことをしたのか、何か言いたいことがあるのか、無駄な抵抗しないで投降したら、全ての罪は帳消しにはならんけど、お前の話は俺が聞いたるからって、説得しようとした。向き合った時のあの感じ……話したら分かる奴やないかってその時は思ったんや。

 けどダメやった。

 投降せぇへんかったわ。塔から飛び降りよった。

 あそこから落ちたら即死しとるはずやから、付近探したけど、遺体は見つけられんかった。湿地帯の方に落ちたんやなんかってそっちも三日、探し続けたけど。あそこは場所によっては深い所もある。そこにもしかしたら落ちたんやないかって思うんやけどな……」


 フェルディナントはあの【仮面の男】が塔から落ちて死んだと聞いて、胸が妙に、穴が開いたようになった。それは形としては、有望な部下が戦死したと聞いた時のものに似ていて、不思議だった。

 もう一度会ってみたかった、そう思っていたことを自覚する。

「……そうか……。」

「お前もなんか残念そうに見えるで」

「いや、紛れもなく人を殺した奴だとは思うんだが。奴は何か目的があって、そうしてるような気がしたんだ。お前に投降せず、飛び降りて死んだと聞いて、やっぱりあいつには自分を理解してもらいたいとか、知って欲しいとか、そんな気持ちは皆無で、ただ何か目的の為に一人で戦ってる、そういうものを感じていたからな」

「お前が敵に情けを掛けるのも珍しいわな」

 イアンがそう言うと、フェルディナントは小さく笑って頷いた。


「さっき二人出たって言わなかったか?」


「言った。とにかく、俺が会ったのがこの一人目や。こいつはお前が見た奴と同じだと、俺は思ってる。もう一人の方は王家の森の方に出た。一人目が城で騒動起こした後に【シビュラの塔】に向かう王妃とラファエルの元に出たんや」

「ラファエル・イーシャ?」

「ラファからも後日話聞いたわ。王妃は一人目が西の塔の方面に現われたって聞いてものすごナーバスになっとったらしい。塔が無事か見に行くって聞かへんかったから、側にいたラファエルが護衛で付いてったらしいわ。あいつホンマ……剣もロクに使えへんバカのクセに調子乗って護衛とか買って出るから、そんな変なもんに遭遇するねんな。よりによって【仮面の男】と鉢合わせるなんて、悪運が相変わらず強い言うか……」

「戦ったのか?」


「あいつは全く剣使えへんから戦わん。守備隊が運よく居合わせて、そいつらが深手を負わせて、こっちも崖の上から海に落ちて死んだ。深手を負わせたのも、海に落ちたのも守備隊もラファエルも見とる。

 あの日海は荒れてたから、間違いなく死んだはずや。あの変な自動弓もラファが使ってるとこ見たから、二人目の【仮面の男】にまず間違いないと思う。

 けど、こいつは城に出た奴と違って本気で剣を向けて来たらしい。

 ラファエルも王妃の命も狙った。見境ない感じは、俺の駐屯地に出た奴に似とる」


「王家の森は警備が厚いんじゃないのか? 入り口は王宮しかないと聞いた」

「そうや。あとは海から続く湿地帯と、断崖絶壁に囲まれてるから、【シビュラの塔】へ行くには王家の森を抜けるしかないし、あそこにはネコ一匹通らせないような厚い警備が敷かれてる。正直なとこ、どっから入ったかは今も謎なんや。

  ……そういやラファエルが妙なことを言っとったな。

 あいつは戦えへんけど、王妃もその場におった手前、逃げ出すこともさすがに出来ひんかったから一応形だけはその【仮面の男】と剣は交わしたらしいわ。すぐ手に負えへんって守備隊に任せたらしいけどな。あいつ、仮面の男の正体は女やないかとか抜かしとった」

「女?」

 フェルディナントもさすがに怪訝そうに聞き返す。


「いや、あくまであいつが勝手に言っとるだけや。推測が正しければラファの方に出たのはスペイン駐屯地で三人の警邏隊を惨殺した奴や。断言してもええがあれは男の仕業や。うちの姉貴も信じられへん戦闘能力持った女やからな、俺も信じられへんくらい強い女がいるってのは別に否定はせぇへん。けど、それでもあんな人間の身体を数分でバラバラにしよるのは女の力では絶対に無理や。あとスペイン駐屯地に女はほぼおらんから、そんな男みたいな怪力持った女が堂々と入ってきおったら一発で分かるしな」


「なんでラファエル・イーシャは女なんじゃないかなんて言ったんだ。声でも聞いたのか?」


「いや。何も聞いてへんし見てへん。けど勘で女のような気がしたとか言ってんねん。腹立つわ。あいつアホやけど女のことに関しては異常な勘の良さ見せることがある……。けど、今回はあいつの見当違いやと思うで。

 そう思うんやけど、俺も、俺のところに出た奴には違和感感じた。

 俺は女とかじゃなく、子供なんやないかって思ったんや。

 あいつらは自分が望んでとかじゃなく、命じられて動く兵士かもしれん。

 ヴェネトは有力貴族が警邏隊を買収して私兵団のように扱ってるって言っとったやろ。

 自分たちの欲の為に。けどな、俺は人間の欲ってのは、悪しきものばかりじゃ無いと思うねん。自分の強欲の為に兵を動かすやつもそらおるだろうけど、前の王様の話聞いて思ったんや……。

 ものすごく高潔で、何の見返りも求めない理想……そういうことに自分の欲を使う奴かて、おる。

 あいつは投降を呼びかけても、話は聞く言うても、死を選んだ。

 諦めて死んだ感じも、絶望感も、俺は感じなかった。

 フェルディナント。

 人が死ぬ時に絶望しない時はどういう時だと思う?」


「……。」

 フェルディナントは腕を組む。


「……自分以外の、願いを託せる、絶対的な信頼を向けられる相手がいる時か」


「そうや。自分は独りじゃないって思った時に、絶望じゃなくて願いを託せる希望が生まれる。あいつらは一人二人とかいうんやない。組織の人間なんやないか?

 前王の率いた【有翼旅団】の話を聞いた時に、思ったんや……。

 ヴェネトの利権を食らう有力貴族、それに飼われる、警邏隊、【シビュラの塔】で他国を消滅させる王家の連中……、本当にヴェネトにはそういう人間しかおらんのやろうか?

 街のおっちゃんたちが目を輝かせて前王の話をするように、今の王家のやり方に反意を持って、これではダメだと思ってる連中かてきっとおるはずや。

【仮面の男】はもしかしたらそっち側の人間かもしれん。

 要するに、反乱分子やな。仮面をつけとるのは面が割れてるから。

 前王の率いた【有翼旅団】は、解散させられたって聞いたけど、だとしたら王や王妃も中には顔を知っとる奴がおるはず。せやからあいつらは顔隠してるんやないかな。

 前王は、俺は会ったことはないけど街のやつらの話を聞けば、ヴェネトの護衛には力を惜しまなかったが、他国との交易を重んじて、国を栄えさせた。古代兵器をぶっ放して他国を征服するような考えとは、明らかに違う。前の王が生きとったら、きっと【シビュラの塔】なんて起動させなかったはずや。

 だとしたら、その王と五十年もの間共に戦って来た【有翼旅団】の連中かて、同じ理想に生きてる可能性は高い。もしあいつらがヴェネトにまだいるなら、決して【シビュラの塔】を撃った王家の連中を許さんはず」


「……。その森に出た【仮面の男】は王妃を狙ったのか?」

「詳細は分からんわ。ラファの話じゃ出会い頭に戦闘になったらしいし。ただ王妃は、そいつの目的が【シビュラの塔】じゃないかと思ったらしいけどな」

 イアンは舌打ちをする。


「ラファエルの奴、【シビュラの塔】の前まで見に行けるとこやったんや。それを、ヴェネトの神域ですからって王妃と共に行くのは辞退して森で待っとったらしいわ。スカしやがってあいつ……腐っても大貴族なら欲を隠して冷静に見て来ることくらい出来るやろ。

どんな状態で塔がそこにあるかだけでも、俺らにとっては重要な情報やってのに。あいつは何のためにヴェネトに来てん。あいつのああいうとこが俺は嫌いやねん」


 フェルディナントは怒っているイアンに苦笑した。

 気持ちとしては彼はイアン寄りだが、ラファエルがそんなことをしたのかと聞くと、とても自分は思いつかない理由で、軍人と貴族との考え方の違いを見た気がした。

 確かに長く王妃と付き合って行くならば、またその関係を重んじるなら、そういうことも必要なのかもしれない。

(まあ、俺には無理だが)


「そうや。ついでだからこれも話しておく。

 後日ラファエルの奴締め上げて吐かせたんやけどな。あいつが例によって暢気に、王妃に『そんなに大切な場所なら貴方がこういう時にわざわざ行かないでもいいように、厳重に警備を塔につけておけばいいんじゃないですか?』って聞いたらしいねん。そうしたら、以前はつけてたこともあったんやと。けどある日、その展開してた守備隊が全滅したらしいわ」


「全滅……?」


「奴が、王妃から直接聞いた表現らしいけど、殺された守備隊は全員『獣に食い散らかされたようだった』んやと。比喩的な意味じゃなかったとか、言っとったわ。まあけど、あいつの話やから、それは話半分に聞いてた方がええ。

 フェルディナント、お前が王妃から【有翼旅団】という賊の拿捕や討伐を依頼してるなら、気を付けろよ。今のヴェネトは、あいつらが正しいみたいな顔しとるだけで、本当はあいつらの方が間違っとるし悪や。どんな理由があろうと、罪もない国民一人残らず殺されていい国なんかあらへん。あいつらはそれを実行した連中や。

 あいつらが殺せとか、探せとか、捕まえろとか言う奴は、もしかしたら思想は俺たちと一緒かもしれないんや」


 フェルディナントは頷いた。

 イアンは今日は、厳しい顔をしていた。戦場にいる時と同じ顔だ。

「イアン。お前、今日は戦場にいる時と同じ顔してるな。ヴェネトに来てから、お前のその顔は初めて見る」

 フェルディナントがそう言うと、イアンは黒みがかった緑の瞳を瞬かせ、笑った。自分の頬の当たりを笑いながら手の甲で軽く叩く。

「怖い顔しとったか?」

「いや。元気出て来たな」

 快活にイアンは声を出して笑った。


「まあな! 前の王の話聞いて、ほんまに驚いたんや。この国は最初から最後までクソなのかと思っとったから。そういう、民の近くに生きてくれた王がいてくれた国なんやなあって分かって。確かにまだ何も、どうすればいいのかも分かってないんやけど。

 この国に来る時に俺がこの国に対して間違っとると思ってたことも、こうあって欲しいと願ってたことも、どっちも答えを見た気がした。

 フェルディナント。もう叶わへんことやけど、俺はもし前の王様が生きとって【有翼旅団】っちゅうその艦隊と今もヴェネトの為に戦ってたら、多分王宮側じゃなくてその王様と一緒に戦ったわ。

 俺が思ってるのが正しければ、きっとその王様は今の王宮と戦ってくれたはず。そんなやり方では誰も幸せにならへんってな。その王様はもうおらんけど、その想いを無駄には、やっぱりしてはアカンねや。【有翼旅団】の捜索の方はどうや?」


「いや。姿形もない。王妃が、自分たちにとっての都合の悪いものを、悪しきものだと俺に吹き込んで、討たせようとしてると思うか?」

「可能性は大いにあるけど、まだ分からん。そこまで影響力あるなら悪党だってその名を使いたいと思ってもおかしくないしな。けど答えは明らかや。ヴェネトの民にとって【有翼旅団】とは、自分たちの為に戦ってくれる者たちのことを示しとる。

 他の有翼旅団がなんぼおったって、民を苦しめたり、利権に迎合するようなのは、あいつらにとって有翼旅団なんかじゃないねや。お前も捕まえて、その時の判断でどうするか決めたらええ」

 フェルディナントは小さく笑んで頷いた。

「そうだな。確かに」

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