第12話

 リリファに怒られてしまった。


「今度から何かやるときは私に相談してください! いいですね!」


 俺はただ、この村の安全を守りたかっただけだ。しかし、どうやらリリファの感覚ではやり過ぎだったようだ。


 まあ、なんとなくやり過ぎたような気はする。村長や村人たちが俺を見て「あなたは聖人様なのですか?」と勘違いされてしまい、何度も「いや、俺はただの錬金術師なんだが……」と否定しても聞き入れてもらえなかたった。


 もちろん俺は聖人ではない。錬金術師だ。元聖女の知り合いはいるが、俺は聖人でもなんでもない。


 聖人や聖女とは聖魔法のスペシャリストだ。それに比べたら俺なんざ羽虫以下だが、どうもリリファからすると聖域を構築できる時点で聖人級の実力者らしい。聖域は聖魔法が使えてある程度コツさえ掴めれば簡単にできるとリリファに説明したが、聖魔法を使える人間自体がかなり少ないらしく、俺はその数少ない聖魔法使いという認識のようだ。


 そんなことはないと思うが、リリファの考える普通ではそう言う認識らしい。


 とにかくリリファには注意され村民たちから聖人だと勘違いされたが、結界を張ることはできたし聖域の構築にも成功した。ただ、ゴンスケは再び封魔水晶に封じるしかなかった。村の住人がドラゴンを怖がってしまってどうにもならなかったからだ。聖獣だから大丈夫だ、と説明しても納得してはくれなかった。


 なので別の聖獣を用意した。小型でなるべく目立たない物がいい、とリリファに注文されたので、俺の持っている聖獣の中で一番小型のスターオウルを呼び出した。人間の十歳男児ほどの大きさのフクロウの魔物を聖獣化したもので、他の聖獣たちと同じように白い羽毛と青い瞳をした聖獣だ。


 聖域に聖獣を置くことで聖域を維持することができ、同時に聖獣が魔物に戻ることも防ぐことができる。聖魔法を使用して聖獣化した魔物は、時間が経つと魔物に戻ってしまう。それを防ぐためには定期的に聖域で休息をとる必要があるのだ。


 聖域はあらゆる邪悪な物を防ぎ、穢れた物を浄化する。井戸水や川の水は聖水となり、作物の育ちも良くなる。人間や動物、植物も病気になりにくくなり、病気や怪我を負ったとしても治りが早くなる。聖域は生きる者たちにとっていいことずくめ。それを維持するのには多少の労力は必要だが、それ以上の利点がある。


 簡易ではあるが結界を張った。村を含んだ周囲一帯の聖域かも成功した。成功、したんだ。


 ……まあ、おそらくジジイならこんな俺の結界や聖域なんざ小指一本でぶち壊せるんだろうな。


 そう、ジジイは超人だ。人を超えていることは俺にでもわかる。


 なのに、なんで俺なんだ。俺より優秀な弟子は他にもいるのに。


 ジジイは言った。俺に後を譲ると言った。ジジイは俺を後継者に指名した。


 俺は逃げた。十年前、ジジイの後を継ぐ自信がなくて、ジジイの元から逃げ出した。


 情けない。本当に。


「ジェイドさん。聞いてますか」

「ん? ああ、なんだ?」

「これからどうするのかって話です。このままだとジェイドさん、本格的に祀り上げられちゃいますよ?」


 そうだ。余計なことを考えている場合じゃない。


「俺は錬金術師だ。多少、聖魔法が使えるだけのただの錬金術師だ」

「ただの、の部分は大いに異論を唱えたいですけど」


 俺はリリファの助手兼師匠だ。彼女と共に工房を運営しながら錬金術を教える。そのためには俺は裏方のほうがいい。リリファ曰く、聖域を作れる聖魔法使いがいると噂が広がれば面倒なことになるらしい。この程度で騒ぎになるようなことはない、というのは俺の感覚で、それはリリファや一般的な感覚とは違うのだ。


 貴族や神殿勢力、もちろん王国の奴らが俺のことを探しにくる。それはリリファからするも確実らしい。まあ、王政府の関係者は探しには来ないだろう。俺を必要ないとクビにした奴らが今更俺を必要とするわけがない。


 とにかく表に出るのも目立つのも御免被る。となれば、何か対策をしなくては。


「ジェイド様、発言してもよろしいでしょうか?」

「アール、何か意見が?」


 話し合いを静かに聞いていたアール。なにか考えがあるようだ。


「今回のことはジェイド様の力ではなく、別の誰かから借りた力を使ったといことにするのはいかがでしょう」

「別の誰か、か」


 今回のことは借り物の力を使った。聖人はその人だ、と言うのことにするわけだ。


 さて、その誰は誰にするか。神殿の高位神官には知り合いがいるが、勝手に名前を使うわけにもいかない。エルナルナは、ダメだ。彼女はもう聖女じゃない。巻き込むわけにはいかない。


「無理に名を明かす必要はないのでは?」

「そうだな。それで納得してくれるかわからんが、そうしよう」


 今回のことは知り合いから借りた力を使った。その知り合いの名前は教えることはできない。表に出たがらない人間なのだ、ということにしよう。


 そう決めた俺たちはさっそく村長に話をしに行った。納得してくれるか不安だったが、どうにか納得してくれた。


「とりあえず今回のことは『ふらりと立ち寄った謎の人物』がやったということにしてくれ」

「わかりました。そう言うことにしておきましょう」


 何とかなった。俺は聖人ではなく錬金術師に戻ることができた。これで良し、万事解決だ。


「本当に大丈夫なんですかねぇ……」

「大丈夫だ、心配するな」

「そうですよ、リリファ様。ジェイド様が余計なことをしなければ誤魔化せますよ」


 そう、今後は聖魔法を使わなければいいだけだ。そうすれば聖人だと勘違いされることもない。簡単なことだ。


「……大丈夫じゃなさそう」


 リリファがため息をついている。疲れているのだろう。苦労をかけてすまない。たが、これからは大丈夫だ。余計なことをしなければいいだけなのだから。


 

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