第11話

 今日、リリファの店がオープンする。何とか店に並べる商品をそろえることができた。在庫も十分、何があっても対応できる。


「いらっしゃいませ!」


 店舗の方からリリファの元気のいい声が聞こえる。俺はそれを聞きながら工房で作業をしている。その作業の合間にちらっと店の様子を見たが、カルナや他の村人たちが顔を出してくれているようだった。接客もリリファとアールの二人で間に合っているようで、俺が手伝う必要はないだろう。


 リリファは村に受け入れられている。この村に来てから彼女は、作業の合間に村のあちこちに顔を出して交流を図っていた。そのおかげでリリファは村人たちから可愛がられているようだ。


 俺は、まあ、あれだ。なんとなく怖がられている気がする。一応、リリファの助手としてここにいるのだが、どうも村人の様子がおかしい。村長などは俺に対して「ジェイド様」と敬称を付けて呼ぶ始末だ。


 なぜこうなったのかわからない。俺としては友好的にいきたいのだが。


 どうすれば村人たちと仲良くなれるのか。カルナとジェーンの二人とはそれなりに友好的な関係を築けているとは思う。だが、他の村人とは距離があるような気がしている。リリファに迷惑をかけるわけにはいかない。俺と村人たちとの仲が険悪になれば、リリファの人間関係にも影響が出てしまうだろう。


 最悪、この村を出て行けばいい。何かあれば俺が村を去ればいいだけの話だ。と、思う。


「……無責任だな、それは」


 居心地が悪いわけじゃない。ただ、どうすればいいのかわからないだけだ。リリファの手伝いはしたいが、自分が足手まといになることは避けたいというだけだ。


 まあ、深く考えても仕方がない。俺はやれることをやるだけだ。


「さて、次は魔法付与だな」


 とりあえず村人全員にいきわたる程度の投擲瓶の作成は終わった。予備は後回しにして、魔法を付与した護符の作成にうつるとしよう。


 材料はそこらに転がっているただの石。これがなかなかいい素材になる。


 地脈というものがある。大地に流れるエネルギーの通り道、人間で言うと血管のような物だ。その地脈は大小さまざま存在し、場所によってエネルギーの質が違う。錬金術師や魔法使いたちはそのエネルギーのことを『気』や『地気』と呼ぶ。


 ユクシ村。この村の石にはこの周辺の地気が宿っている。その地気を利用して護符を作ることで、この地域限定ではあるが強力な護符を作ることができる。


 工房の周りで拾ってきた小石。これに火、水、風、土、光、闇の基本六属性魔法の耐性を付与していく。それに加え物理耐性や混乱、呪い、各種の毒などに対する耐性を加えて護符を作り、これを村人全員分用意する。


 次に攻撃用の護符も作る。身体能力を向上させる魔法を付与した別の護符も作成する。これも人数分。


 魔法の効果が上がる護符も作るつもりだが、これは人数分はいらないだろう。魔法が使えない人間に魔法の効果が上がる護符を与えても意味がない。


「一度村長に確認しておくか」


 武器も作っておきたい。ただし、俺は鍛冶師ではないから武器自体を作ることはできない。錬金釜を使用すれば金属の精錬や合金の作成は可能だが、それを武器に加工するのは鍛冶師の仕事だ。


 ただしミスリルは別だ。あれは魔力を加えると素手でも加工することができる。ある程度ナイフやロングソードの形に整えれば使えるだろう。それに切れ味を向上させる魔法を付与すれば立派に武器として使用可能だ。


 防具も欲しい。靴や手袋などにも魔法を付与したほうがいいかもしれない。いや、それなら衣服に直接魔法を付与して鎧の代わりにするのもいいだろう。


 さて、どうしたものか。刺青のように直接体に刻み込む方法もあるが、これは個人個人で許可を得なければ無理だろうな。


「とりあえず護符があればいいか。あとはおいおい相談していこう」


 そうだ。結界も張っておこう。村の四方に柱を立てて、それに魔法を付与すれば簡易結界ができる。本格的な物を張るには多少時間がかかるが、簡易結界ならそれほど時間はかからない。


 いつ何が起こるかわからない。やれることは早めにやっておいたほうがいいだろう。


「ちょっと出かけてくる」

「え? あ、はい。いってらっしゃい」


 俺はリリファに声をかけて出かけた。その足で村長の元に向かって、結界を張る許可を貰いに行った。


「結界、ですか?」

「ああ。魔物除けと侵入防止のために。本格的な物は後日になるが、簡単な物を」

「そういうものでしたら」


 村長の許可を得ることができた。となれば善は急げだ。さっさと張ってしまおう。


「柱は、確か、バッグの中にあれがあったな」


 あれ。アイアンゴーレムを溶かして作った鉄柱。鉱石系の魔物の金属素材は錆びにくくて頑丈だ。木製だと大型の魔物にへし折られることもあるが、アイアンゴーレムの鉄柱ならばそうそう折られることもない。


「四本じゃ、不安だな。よし、立てられるだけ立てよう」


 四方に柱を置いて結界を張ればと思っていたが、それでは不十分だろう。六本、いや十本は必要だ。それを村を囲むように立てて、魔法を付与する。鉄柱が大地の地気を吸い上げ、そのエネルギーを利用して結界を張る。


 そう言えば、結局俺の結界はジジイの攻撃に一度も耐えられなかったな。


「ジジイのデコピンぐらいには耐えられる物にしないとな」


 だとするとかなり時間がかかるだろう。それまでは簡易結界で我慢するしかないが……。


「うわっ、何ですかこれ!?」


 鉄柱を立て結界を張り終えた俺は工房に戻ることにした。その途中、外の様子を見に出ていたリリファに会ったが、空を見て目を丸くしていた。


「結界を張ったんだ。これである程度は魔物を防ぐことができる」

「ある、程度、って、何を想定してるんですか?」

「ジジイのデコピンだ」

「何言ってんですか?」


 ジジイのデコピンは強力だ。頭蓋骨が割れて死にかけたことがある。デコピンでダイアモンドタートルの甲羅を粉砕したことがあるくらいだ。それぐらいには耐えられるぐらいのものを張りたい。いや、今の俺にはそれが限界だろう。


「いや待て、物理や魔法だけじゃ足りない。邪気の対策もしなくては」

「邪気って。冥府の門が開いたのは何百年も昔ですよ」

「それが再び開かないという保証がどこにある?」

「いやまあ、そうですけど」


 冥府の亡者共が現れるかもしれない。邪気は生き物を生きたまま腐敗させる恐ろしい物だ。人間も動物も植物も大地さえも腐らせてしまう。


 邪気を払う方法はある。しかし一度邪気に汚染されてしまうと元に戻すのにはかなりの労力が必要だ。それに元に戻せるのは土地だけだ。動物や植物は元には戻らない。


 ならば最初から邪気を寄せ付けなければいい。この村を聖域化してしまえばいいのだ。いや、聖域化させるだけではダメだ。聖獣の存在も欠かせない。聖獣と聖域はセットになってこそ真価を発揮する。さらに聖女もいたならどんな強い邪気も寄せ付けない。


 残念なことに聖女はこの場にいない。知り合いにはいるのだが、彼女はもう聖女を引退した身だ。今は平穏に暮らしているだろうから、迷惑をかけたくない。


 ここは聖域と聖獣だけにしておこう。最悪の場合には彼女の力を借りるしかないが。


 まずは聖域化だ。


「ジェイドさん、なんかとんでもないことしようとしてません?」

「そんなことはない。必要なことだ」


 結界の支柱の配置は終わった。すでに簡易ではあるが結界は発動している。これを利用して聖域を構築しよう。


 まず村の中央にアイアンゴーレムの鉄柱を建てる。村の中央広場がいいだろう。そして、その鉄柱の上に祭壇を置き、その祭壇に聖石を配置する。そしてその聖石を結界とリンクさせ、結界に利用している地気が聖石に流れ込むように調整する。


「……あの、スイカぐらいある、大きな石は」

「聖石だ」

「あんなに大きなの見たことないんですけど」

「そうか? これぐらいならすぐに作れるぞ」

「つく、る?」


 聖石は魔石を浄化することで作り出すことができる。大きな聖石を作るには聖石を錬金釜で結合させればいいだけだ。天然の聖石よりも質は下がるが、聖域構築には問題なく使える。


 聖石に力が注がれたことで周囲の浄化が始まった。それを加速、維持させるには聖獣の力も必要だ。


「いえ、あの、作るってどういう」

「俺の言うことを聞いてくれるかわからんが、暴れることはないだろう」

「話聞いてます?」


 そう言えば捕まえてから一度も出してやったことがなかったな。バッグの中に入れっぱなしだった。機嫌を損ねていないといいが。


「あったあった」

「……それって『封魔水晶』」


 確か五年前だったか。彼女を、エルナルナを助け出して、二人で旅をしているときに捕まえて、そのままだった。


「ジェイドさん?」

「出てこい『ゴンスケ』」


 二人で旅をしていた時遭遇したダークドラゴン。そいつの体内にある魔石を浄化したら聖獣化した。まさか魔物が聖獣になるとは思わなかったし、こんなところで役に立つとは思いもしなかった。


 捕獲しておいてよかった。なんでも取っておくものだな。うん。


「あ、ああ……」


 ホーリードラゴンのゴンスケ。久しぶりに見たが、素晴らしい白銀色の鱗だ。


「ど、どりゃ、どりゃご」

「久しぶりだな、ゴンスケ」

「その名で私を呼ぶな。嚙み殺すぞ」

「しゃ、しゃべ」


 聖なる気が満ちていく。やはり聖域には聖獣がいなくては。これで結界の強化と維持はとりあえず何とかなるだろう。


 それにしても、なんだか騒がしいな。というか、リリファが泡を吹いている。


「錬金術師様!!」

「ああ、村長。ちょうど聖域が完成したところだ」

「せ、聖域!?」


 村長が慌てている。何をそんなに慌てる必要があるのか。


 まさか、何か現れたのか? 緊急事態が。


「あ、あのドラゴンは」

「俺が呼び出した聖獣だ」

「聖獣!?」


 何をそんなに驚いているんだ? ……いや待て、そう言えば。


「すまん。そう言えば広場に柱を立てる許可を貰ってなかったな」

「い、いえ、それは、構いませんが」

「そうか。それなら問題ない」

「問題ありますよ!」


 おお、泡を吹いて倒れていたリリファが復活した。もしかしたら重症なのかと思ったが、元気そうで何よりだ。


「いろいろとツッコミたいことがありますけど、とりあえず説明してください!」


 説明? 説明……。


「……結界を張って村を聖域にした」

「説明になってない!」


 いや、見たままなんだが。説明することは得に無いはず。


 特にない、はずだよな?

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