第10話

 リアたちが町に向けて出発した。ユクシ村から一番近い町まで徒歩で往復三日。リアがいれば大丈夫だとは思うが、ドラゴンより強い魔物ができたら、さすがのリアでも手こずるだろう。


 リリファたちはいつものように製薬作業中。すでに釜の扱いに慣れているようだ。感覚がいいのだろう。


 そうなると俺はやることがない。アールに手伝いを任せても問題なくリリファの作業は行える。


「俺も備えをしておくか」


 俺は投擲用の爆炎瓶などを作ることにした。工房の端に釜を用意し、リリファの邪魔にならないように作業を行う。


 作る物は爆炎瓶、氷結瓶、雷撃瓶。それぞれ別々の魔法薬を作り瓶につめるだけだが、それなりの量を作るつもりなので時間はそれなりにかかる。村人全員に行き渡らせ、かつ予備も用意しなくてはならないのだ。


 何が起こるかわからない。備えあれば憂いなし。やれることは今のうちにやっておいて損はないはずだ。


「……城でも攻め落とすつもりですか?」


 と、作業の途中で休憩をしていたリリファに言われた。何が起こるかわからないのだから城を落とせるぐらいは必要だろう。いや、それ以上いるかもしれない。


 ついでに武器や防具に魔法付与もしておいたほうがいいだろう。あらゆる状況に対応できるようにしておかなければ心配だ。


「そういえばリリファはどんな武器を使うんだ?」

「武器?」

「ああ、武器だ。剣か? 弓か?」


 戦うためには武器が必要だ。まあ、素手で戦う奴らもいるが、魔物と戦うなら武器を持つのが普通だ。


「えっと、錬金術師は後衛の生産職ですよね? アカデミーで戦い方は学びましたけど……」


 リリファの反応がおかしい。いや、待て。まさか武器を持っていないなんてことはないはずだ。そもそも錬金術師が戦えないわけがない。戦い方も徹底的にジジイに仕込まれたのだから、錬金術師にとって武器術や格闘術は必須のはず。

 

「ちなみにジェイドさんは」

「武器なら大体使える」

「錬金術師なのに?」

「錬金術師、なのに?」


 どういうことだ? 錬金術師は戦えるはずだ。それが普通のはず……。


「普通じゃ、ないのか?」

「はい。そうですね」


 いや、おかしい。そんなわけがない。ジジイや姐さんや兄さんたちは普通に戦っていた。姐さんなんか素手でブラックフェンリルを殴り殺していた。それに比べたら俺なんざ大したことはないが、それでも普通に戦える。


 それが普通じゃない? 普通じゃ、ない。


「普通じゃないなら、どうやって今まで?」

「いや、普通に守ってもらうだけですけど……」


 リリファが言うには素材採集の時などは護衛を雇ったり、アカデミーの騎士過程の生徒と行動したりして身の安全を確保していたようだ。普通はそうなのだと。


「えっと、ちなみにジェイドさんは今まで」

「一人旅だったからな。一人でどうにかしてきた。一時的にパーティーを込んだこともあるが、その時も一緒に戦った」

「武器を持って?」

「ああ、武器を持って」


 そう、自分でどうにかしてきた。どうにかするしかなかった。一人の時は一人で戦ったし、仲間がいる時は仲間と一緒に戦った。


「そう言えば、驚いていたな。錬金術師なのに、って」


 ああ、そうだ。思い出した。あれはマリアレッサと一緒に行動していた時だ。俺が彼女とその仲間たちとオルトロスと対峙した時、俺が戦う姿を見て全員が驚いていた。


「そうか、あの驚きはそういうことだったのか」


 俺が弱すぎて驚いているのかと思っていた。錬金術師なのにそんなに弱いのか、と驚き呆れているのかと思っていたが、もしかして逆だったのか。


「錬金術師はやることが多いですから。製薬や金属精錬に魔法付与に、それ以外にもできて初めて錬金術師を名乗れるわけで、戦闘訓練にさく時間の余裕はないと思います」


 確かにリリファの言う通りだ。錬金術師はやることが多い。錬金術師は薬師と魔法使いと武器や防具職人を一緒にしたような職業だ。だから戦闘はほかの者に任せる、と言うのは理解できる。


 理解できるが。


「そ、素材の採集はどうするんだ? 魔物の素材なんかは戦えなければ」

「普通にハンターに依頼すればいいのでは?」

「……確かに」


 確かに、確かにその通りだ。魔物の狩猟を専門とするハンターに頼めばいいだけの話だ。いや待て、それなら薬は薬師に、武器なんかは鍛冶職人やその他の専門職に依頼すればいいわけで、錬金術師など必要ないのでは……。


「ワイルドボアぐらい素手で倒せるだろう?」

「できません」


 できない。なら錬金術師はどうしてこの世に存在しているんだ? 戦えない錬金術師など、そんなものに存在価値なんて……。


「ジェイドさん?」

「なら、俺は、一体。錬金術師とは、一体、なん――」

「ジェイドさーん」

 

 そうだ。そもそも専門家に任せればいい。錬金術師ではなく、薬は薬師に、鍛冶は鍛冶師に、魔法付与は魔法使いに任せればいいわけで、錬金術師なんて。


「ジェイドさん!」

「ハッ!? ……俺は、一体何を」


 いかん。深く考えすぎてしまった。頭がよくないのだから深く考えすぎれば頭が混乱して当たり前なのに。


「……とりあえず、リリファは戦えないわけだな?」

「自分の身ぐらいは守れるつもりですけど、さすがに魔物を相手にするのは」


 リリファには戦闘能力がない。護身術ぐらいは身に着けているが魔物を相手にするには心もとない、らしい。


「ちなみにジェイドさんはどれくらいやれるんですか?」

「そうだな。一応、知り合いのハンターと同じぐらいには」

「えっと、そのハンターさんはランクは」

「わからん。そう言えば聞いていなかったな」

「……名前を、うかがっても?」

「聞いてもわからんと思うぞ」

「まあ、そうかもしれないですけど。一応」

「マリアレッサという名前の」

「マリアレッサ!?」


 マリアレッサの名前を聞いたリリファが驚いている。どうも彼女を知っているようだ。


「知っているのか?」

「知らないわけないでしょ! AAダブルエーランクの凄腕じゃないですか! 『赤雷のマリアレッサ』なんて誰でも知ってますよ!」

「そうなのか。知らなかった」

「知らないほうが驚きですよ!」


 そうか。マリアレッサは有名人なのか。確かに彼女は強かった。ただ、ジジイや姐さんたちに比べたら、まだまだだったが。


「え? 待ってください。マリアレッサさんと同じぐらいってことは、ジェイドさんは……」


 リリファの顔がなんとも言えない物になっていく。驚いているような、呆れているような、困惑しているような、おかしな顔だ。そんなおかしな顔で何かを考えはじめ、何かに気付いたようにハッとして俺の顔を見た。


「私を助けてくれた時は、魔法、でしたよね」

「そうだ。リリファを襲っていた魔物は魔法で倒した」

「あの時、確か氷結魔法で」

「そうだ。ブルーオーガを氷結魔法で凍らせた」

「ジェイドさんは、水属性魔法が得意なんですね」

「得意、ではないな」


 魔法が得意か、と聞かれると自信はない。俺より優れた魔法を使う人間なんざこの世界に数えきれないほどいる。そんな奴らを前にして、「魔法が得意だ」などという勇気は俺にはない。


「ちなみにですけど、水属性以外には、何を」

「水属性以外は、火属性、風属性、土属性、闇に、光に、聖属性もある程度は。あとは無属性魔法も少し使えるな」

「全部じゃないですか!」

「全部じゃないぞ。使えない物もある」

「いや普通はそんなに使えないんですよ」


 普通。また普通だ。普通とは一体何なんだ。


「いや、これぐらい使えなくてどうする。武器に魔法を付与するなら多属性の魔法が使えなくては」

「一人で全部やらなくてもいいですよね?」

「……確かに」


 確かにその通りだ。リリファの言う通り一人でやらなくてもいい。薬は薬師に、鍛冶仕事は鍛冶師にというように、一人で全部の属性を扱えなくても複数の人間で魔法付与を行えばいい。


 いい、のか?


「俺はただジジイに教えられた通りにやってるだけなんだが」

「ジェイドさんのお師匠様が無茶苦茶な人だと言うことはわかりました」


 無茶苦茶。確かに無茶苦茶な人間だった。そんな無茶苦茶な人間……。いや、人間かも怪しいジジイに教わった俺は、もしかして。


「やはり俺も無茶苦茶なのか?」

「そうですね。どう考えても普通じゃないです。何度も言ってますけど」


 俺はリリファから『普通の錬金術師』がどんなものかを教わった。リリファが俺のことを普通ではないと言っていたが、それを改めて理解できた。


 そして、俺がかなり優秀な錬金術師であることもなんとなく理解できた。まったく実感が湧かないが。


「俺は出来が悪いと思っていた」

「いや、ジェイドさんが不出来なら私なんてそこら辺の小石以外ですよ」


 と言うことらしい。


 そこで気がついた。もしや世間一般の錬金術師は、普通の錬金術師は俺以下なのでは、と。


「何をどうすればそんな自己評価になるんですか?」

「いや、シジイや姐さんたちに比べたら、俺なんざまだまだ半人前だ」

「比べる相手が悪いのかもしれませんね、これは」


 比較対象が悪い。確かにリリファの話を聞いているとそうなのではないかと思えてくる。


「あの、ものすごく聞くのが怖いんですけど。ジェイドさんのお師匠様の名前って、聞いても大丈夫ですか?」

「ああ、問題ないが。たぶん偽名だぞ」

「偽名?」

「そうだ。俺も最初は知らなかったが、ジジイはもうとっくの昔に死んだ錬金術師の名前を名乗ってるからな」


 そう、ジジイは偽名だ。そうでなければ最低でも三百年は生きていることになる。体を乗り換えていると言っていたが、理論的には可能だがそんなことをするわけがない。


「その、偽名はなんと?」

「パラケルスス」

「……パ?」


 リリファが言葉を詰まらせている。呆れてものも言えないのだろう。その反応は正しい。確かにジジイは俺の知る中で一番の錬金術師だが、パラケルスス本人だとは思えない。


「た、確かにそれは」

「だろう? 体を乗り換えていると言っていたが、そんなことをすれば魂が磨り減ってまともでいられるわけがない」

「体を、乗り換える?」

「ああ。次に乗り換える体を見せられたことがあるが、あれは冗談だろう」


 そうだ。あれはシジイの悪ふざけ。本当に魂を別の体に移し替えていたとしたら、三百年の間に何度も体を交換したことになる。そんなことをすれば自我が崩壊して廃人になっているはずだ。


 なぜパラケルススなどと名乗っているのかわからない。パラケルススの名が襲名制だとは聞いたことがないから、あれは偽名だろう。


「リリファ様。そろそろ作業を再開しましょう」

「そ、そうですね。そうしましょうか……」


 アールに促されリリファが作業に戻っていった。さて、俺もやれることをやっておこう。 


「何が起こるかわからんからな」


 とりあえず守護の護符を作っておこう。最低でもドラゴンブレスに耐えられて、六属性魔法を完全無効化できる程度の物は必要だ。


 そう、何が起こるかわからんのだ。備えはしておかなくてはな。

 

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