第9話

 ユクシ村に来て六日目。その日も作業に没頭しているとカルナが店に飛び込んで来た。


「た、大変ですリリファさん! ジェイドさん! すぐに来てください!」


 俺とリリファが大慌てでやって来たカルナと一緒に外に出ると、カルナに連れられて村の外れの空き地に連れていかれた。


「あ、マスター」

「……リア。お前か原因は」


 広い空き地には大勢の村人がいた。その村人たちはリアと側に転がる巨大な魔物を遠巻きに眺めていた。


 リアの横に転がっているのは緑色をした巨大な熊の魔物『グリーングリズリー』だった。体に苔が生えた魔物で、その苔は様々な薬の材料となる貴重な物だ。その巨体は小山のようで、直立すると大人の男三人分程度の高さがある大きな魔物だ。


「リア、どこで見つけた?」

「北の方。持ってきたのはこれ一つだけど、森の中で十体見つけた」

「仕留めたのか?」

「もちろん。お金になるしね」


 俺はグリーングリズリーの近くに行くとその状態を確かめる。頭を一撃で叩き割られて絶命したようで、その体には傷ひとつなく状態は良さそうだ。


「血と皮と肝臓に魔石は貰う。肉は必要な分だけ。あとは売っていいぞ」

「了解。んじゃ他も持ってくるね」

「ああ。リリファ、工房に戻って俺のバッグを持ってきてくれ。あと、エルたちも全員連れて来てくれ」

「え、え、あ、はい!」


 村人に混じって呆けたようにグリーングリズリーを眺めていたリリファに指示を出す。すぐに解体しないと肉に臭みが出てしまう。グリーングリズリーの肉は少し硬いが味は良い。早めに血抜きをすれば臭みもそれほどないが、時間が経てばたつほど独特の臭みが強くなってしまう。なので処理は手早く済ませなければならない。


「あ、あの、錬金術師殿」

「ん? ああ、村長か。どうした?」

 

 俺がグリーングリズリーの状態を確かめていると村長が声をかけて来た。


「そう言えば確認してなかったな。ここで解体していいか? ダメなら別の場所に移動するが」

「い、いえ、それはいいのですが……」


 村長がちらりと背後に視線を向ける。俺もその視線の方に目を向けると村人たちが怯えた様子でこちらを見ていた。


「そうだ。村長、彼らにも解体を手伝ってもらえないか? さすがに十体以上となると手が足りない」

「え? あ、はい。それは構いませんが」

「悪いな。よろしく頼む。報酬は肉で大丈夫か?」

「あ、はい……」


 村長と話しているとリリファがエルたちを連れて戻って来た。俺はリリファからバッグを受け取るとその中から解体に必要な道具を取り出し、グリーングリズリーの解体を始めた。


 村長も村人に指示を出す。村長が指示を出している間にリアが二体目のグリーングリズリーを運んできた。そのサイズは今解体している物よりも一回り大きい。


「リア、運び終わったらお前も解体を手伝え」

「はいはーい」

「エル、アール、フロン。お前たちは運ばれてきたものに順次対応してくれ」


 俺もエルたちに指示を出し、リリファと共に解体を進める。そして、村人たちと共に解体を進め、何とか昼頃にはすべての解体を済ませることができた。


「ありがとう、助かった。肉は好きなだけ持って行ってくれ」


 解体に参加した村人たちにグリーングリズリーの肉を配っていく。


「あ、あの、ジェイドさん」

「リリファもお疲れさん。今日はこの肉で豪勢な食事といこう」

「いえ、そうじゃなくて、ですね」


 リリファは何か言いたげだ。何か食べたい物にリクエストでもあるのだろうか。


「グリーングリズリーの肉は少し硬いが味は言い。良く煮込むと絶品だ。シチューなんか特に美味い」

「いえ、そうじゃなくて」

「そうじゃない?」


 リリファがこめかみを押さえている。頭でも痛いのだろうか。


「どうした? 解体で疲れたか?」

「疲れてはいます。でも、今はそうじゃなくて」

「よくわからんな。はっきり言ってくれ」

「本当にわからないんですか?」


 わからん。本当にわからん。リリファは何が言いたいんだ? さっぱりわからん。


「グリーングリズリーは凶暴な魔物なんですよ」

「凶暴?」

「そこからですか……」


 リリファが疲れた様子でため息をついている。解体作業で疲れたのだろう。それに最近はずっと製薬に没頭していた。


「グリーングリズリーの肉は栄養満点だ。食べると疲れが吹っ飛ぶ」

「ああ、そうなんですね。それはいいんで、私の話を聞いてくれますか?」


 話。どうやら何か話したいことがあるらしい。


「まずですね、グリーングリズリーは凶暴な魔物なんです。危険度はA級。普通ならハンターが複数のチームを組んで対処するような相手です」

「そうなのか?」

「はい、普通は」


 普通。……なるほど、普通か。


「それが普通なのか?」

「はい」

「じゃあ、リアが一人で仕留めたというのは」

「普通じゃないです」


 なるほど。なんとなくわかってきた。


「さらに言うと十体以上の群れとなれば騎士団が出てきます」

「この程度でか?」

「この程度、ですか……」


 リリファが苦笑いを浮かべている。いや、俺にとってはこの程度なのだが。


「普通はハンターギルドに依頼を出して複数のチームが対応するか、騎士団が部隊を率いて討伐するのが普通です。それが普通です」


 普通。普通はそうなのか。では、今の状況は普通ではない、ということなのか。


「まあ、もう討伐しちゃったんであれですけど、本来なら見つけた時点でギルドと国に報告しなくちゃなりません。危険ですから」

「そうか。なら報告しないとな」

「……なんて報告したらいいんですかね」


 リリファが深い深いため息をついている。なんというか、申し訳ない。


「とりあえず村長に今後のことを相談しましょう。あと、他にも魔物がいないか調べたほうがいいかもしれません」

「わかった。リア、引き続きよろしく頼む」

「はいはい」

「エル。お前も警戒にあたってくれ」

「了解しました」


 村の周辺の警戒と魔物の調査はリアとエルに任せた。その間の庭の管理は俺がやるとして、製薬作業の補佐はアールに、家事は変わらずフロンに任せる。だが、油断はできない。アールとフロンにもいつでも戦えるように準備をさせておいたほうが良いだろう。


 グリーングリズリーの解体を済ませた俺たちはその後、村長と共に今回のことをどう報告するか話し合った。その結果、村の数人がグリーングリズリーの素材を持って報告に行くこととなった。証拠がなければ信じてもらえないだろう、というリリファの判断だ。護衛はリアだ。ついでにハンターギルドに素材を売りに行くようだ。その間の村周辺の警戒はフロンに任せた。掃除や洗濯が数日できなくても問題ない。


 で、その日の夜は宴会となった。大量の肉を消費するため、村の中央広場に集まって熊肉パーティーが行われた。

 

 俺は不参加。自動人形たちも村の周辺警備に向かわせた。そのため宴会に参加したのはリリファだけ。


 祭りや宴会は苦手だ。騒がしいのはどうも好きじゃない。酒を飲むなら一人でゆっくり嗜みたい。


 俺は一人、キッチンで熊肉を焼いて食べる。食べやすく切ったグリーングリズリーの肉を焼き、塩とニンニクと数種の香辛料を加えたソースをかけた簡単なものだ。


 臭みはなかった。血抜きが早かったおかげだ。時間が経つと臭いが出てくるが、新鮮なものは臭みがなく、熊肉独特の風味と強いうま味を感じる。


「……美味い」


 宴の喧騒がかすかに聞こえてくる。その喧騒を聞きながら、俺は思い出す。


「そういや、リアはハンター登録してたんだったな」


 以前、リアが姿を消したことがあった。収納してあったマジックバッグから勝手に抜け出したのだ。その間にハンターとしてギルドに登録し、魔物を狩って荒稼ぎしたようだ。そのせいもあって俺は自動人形をバッグに収納する際は分解して収納することにしている。他の人形たちがリアのように勝手に抜け出すとは思えないが、用心のためだ。


 リアのランクは今どれぐらいだろうか。そう言えば聞いたことがなかったな。


「帰ってきたら聞いてみるか」


 夜が更けていく。外で宴会が続く中、俺は一人食事を済ませると風呂に入って寝た。

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