第8話
ユクシ村に来て五日目。だいぶコツを掴んできたようで、リリファの製薬作業は速度が上がってきた。最初こそ失敗してはいたが、それもなくなった。この調子なら店に並べる回復薬は揃いそうだ。あとはそれ以外に何を店に並べるかだが、リリファはそれも決めているらしい。
「回復薬は怪我は治せても病気は治せませんから。毒消しや麻痺治し、解熱剤や胃腸薬、それにハンドクリームなんかも並べるつもりです」
となかなかの品揃えを考えているようだ。だが、そうなるとそろそろ回復薬以外の物を作り始めなくてはならない。
俺とリリファは材料を確認する。リリファが考えている物を作るための素材は足りているが、さてさて時間があるだろうか。開店が二日後に迫っている中で出来る限りのことをするしかない。
「とりあえず解熱剤や胃腸薬を揃えるか。この辺りはハンターも少ないだろうし」
「そうですね。この辺りは魔物も少ないみたいですし」
ユクシ村は田舎の平和な村だ。ラ・リエス王国の外れの方にあるのどかな村で、村からは遠くの方にコルケア山脈が見える。山脈の向こうには『黒魔の森』と呼ばれる『大陸四大危険地帯』のひとつがあるが、山脈に阻まれて森に生息する凶暴な魔物が村に現れることはない。
リリファは村に来る道中に魔物に襲われた。そこを俺が助けたわけだが、村に来てからは魔物の話は聞かないし、騒ぎにもなっていない。製薬作業の息抜きを兼ねて村人と交流をしているが、怖ろしい魔物が出たという話はまったくない。
本当に穏やかな村だ。だからこそ魔物を狩って生計を立てているハンターがこの村にはいない。魔物が少ない場所に魔物狩りの専門家であるハンターがいなくて当たり前なのだが。
平和な村。だがその反面、何かが起きた場合の対処が難しい。もし魔物が出現した場合、自分たちで対処しなくてはならない。
そして魔物が少ないと言うことは魔物の素材も手に入りにくいと言うことだ。錬金術には魔物の血や皮などを使用する場合もあるため、魔物が少ない場所でそれらを確保するにはかなり苦労するだろう。
「リアとフロンも起動させるか。あまり出したくはないんだが」
俺とリリファは朝から続けていた製薬作業を一区切りして昼食をとっていた。と言っても軽い昼食だ。手抜きというか、パンとチーズと水だ。
現在はリリファが調薬、俺がその指導、アールはリリファの補佐という体制で作業を行っている。そのため、それ以外の家事がおろそかになっている。掃除、洗濯、料理、買い出しに店舗の準備などなどだ。薬など店に並べる商品づくりに時間を取られ、他のことに回す時間がないのだ。
明らかな人手不足。カルナが様子を見るついでに手伝ってくれてはいるが、カルナもカルナで自分の家の手伝いがある。そうそうこちらばかりに構ってはいられない。
間に合わないのなら俺の薬も店に並べるか、とリリファに提案したのだが拒絶されてしまった。自分の店なのだから自分でどうにかしたい、と意地を張っている。ただこれは必要な意地だ。錬金術師として職人としての必須のプライドだ。まあ、本当にどうしようもなくなったら俺も手を出すつもりだが、今はリリファに任せている。
そういうわけで俺は残りの二体の自動人形を起動させることにした。人手は多いほうが良い。とは思うのだが、正直、この二体はあまり出したくはない。特にリアは面倒くさい。かと言って今よりも切羽詰まった状況になった際に慌てて起動させるよりは、今のうちに出しておいた方がいい気もする。
と俺は迷いながらも二体の自動人形を起動させることにした。
まずはリアだ。
「きゅるるーん。おっはようございます、マスター」
「おはよう、リア。さっそく仕事なんだが」
「なぁにぃ、久しぶりに起きたんだからもっと私とお話ししようよぉ」
「俺に媚を売っても何もないぞ」
「うん、知ってる。ケチ臭いもんね、マスターは」
リアはケラケラと笑う。その馬鹿にしたような笑いがなんとなく癪に障るが、こいつはこういう奴なので仕方がない。
続いてフロンを起動さる。
「おう、マスター。久しぶりだな」
「おはよう、フロン。仕事だ」
「おうよ。なんでも言いやがれ」
起動したフロンは服も着ていないのに腕まくりをするような仕草をする。フロンはリアと違ってあまり余計なことは言わないし、物分かりもいい。ただ、少々世話焼きのところがある。
「にしてもマスター、また老けたんじゃないか? もう若くねえんだからちゃんとしないと早死にするぞ」
「ああ、わかってる。とにかく仕事だ」
俺はフロンとリアにそれぞれ仕事を与える。フロンには掃除や洗濯などの家事全般、リアには外に出て村の周囲の警戒と錬金術の素材に使えそうな魔物の狩猟を頼んだ。
「私だけひどくなぁい?」
「お前と話してると疲れるんだ」
「ま、別にいいけど。その代わり報酬はちゃんともらうから」
報酬。リアは自動人形だがお金が好きだ。その金を服や宝石につぎ込み、自分を着飾るのが大好きだ。さらには身だしなみを整えて男を釣り、そいつに貢がせるのが何よりも大好きというどうしようもない性格をしている特殊な自動人形だ。
その他の自動人形たちもそれぞれ性格が違うが、俺の言うことをちゃんと聞いてくれる。リアもある程度は聞いてくれるが、我儘で自分勝手な部分があり他のものよりも扱いづらい。
「必要な素材以外は全部売っていい。それが報酬がわりだ」
「はーい」
「装備は自分で適当に選んでいけ」
まあ、この近くには魔物が少ない。リアの仕事はほとんどないだろうが、それでいい。こいつを近くに置いておくと疲れるんだ。いざという時はしっかり働いてもらうつもりだが、普段はあまり接触したくない。
「ねえ、いつものウィッグある?」
「あのピンク色の派手なヤツか。捨ててないからあるんじゃないか?」
リアは俺のバッグを漁って自分で装備を整えていく。ピンク色の長い髪を二つ結びにしたカツラを被り、目には付けまつ毛、さっとナチュラルな化粧をして、短いスカートにブラウス、その上に皮鎧を身に着けてガンドレットとグリーブを装備する。武器は可変式のマジックハンマー。持ち主の意志に応じて大きさが変わる魔法具である。魔物を狩る際、素材となる魔物の体を傷つけないようにするため頭部をハンマーで叩き潰すのがリアのいつもの戦い方である。
「んじゃ、いってきまーす」
装備を整えたリアが手をひらひらと振りながら工房から出て行く。
「そんじゃ、あたいも始めますかね」
フロンも仕事を始める。リアのように俺のバッグの中から必要な物を取り出して身に着けている。フロンの場合は家の掃除などが主な仕事なので、ロングスカートの黒いエプロンドレスを身に着けている。こちらはカツラを被らずに頭をすっぽりと覆う白いキャップを被っている。いわゆる一般的な掃除婦の衣装だ。
ただ、やはり髪の毛がないと違和感がある。今のフロンは坊主頭、しかも眉毛もまつ毛もない。正直に言って不気味である。
「フロン、誰が来るかわからないし、もしかしたら接客をさせるかもしれない」
「見た目を整えろってこと? はいはい、了解了解」
面倒くさそうにフロンはバッグの中からいつもつけている短い赤髪のカツラを取り出し、キャップを外して頭にそのカツラを被る。それから再びキャップを被って、化粧で眉毛を書き、付けまつ毛をつける。それだけで先ほどの不気味さは無くなった。これで相手を怖がらせることはないだろう。
身だしなみを整えたフロンも仕事を始める。まずは洗濯から行うようで、大きなバスケットを持って工房から出て行った。
残されたのは俺とリリファとアール。エルはすでに庭作業のために外に出ている。
エルとアールも人間に見えるように顔を整えている。昨日は髪無し眉無しまつ毛無しの動くマネキンだったが、今は二体ともカツラを被り、化粧をしている。
エルは黒髪ショートカットに作業着に麦わら帽子、アールの方は青い髪に錬金術師風の青いローブを身に着けている。
「……本当に四体も持ってたんですね」
自動人形たちがそれぞれの仕事に取り掛かったところで、リリファが当たり前のことを言い出した。四体持っていると言ったんだから持っていて当たり前なのだが、どうやら疑っていたようだ。
「バレないようにしたほうがいいかもしれませんね」
「なんで?」
「自動人形自体が貴重ですし、人間みたいに意思の疎通ができる物なんて見たことがないですし」
どうやらリリファはエルたちが盗まれることを危惧しているようだ。確かにそれは俺も心配だ。使用している素材はそれなりに貴重だし、新しく作るにも手間がかかる。
「ドラゴンぐらいなら軽く捻り殺せるの性能はしているが、盗難対策はしたほうがいいな。ありがとう、リリファ」
「ドラ? え?」
もしジジイ並みの実力者が盗みに来たらエルたちでもどうしようもない。俺にもどうにもできない。エルたちが自動人形だとバレないようにしなければ。
一応、カツラを被り化粧をすれば普通の人間に見えるようには作ってある。だが、服を脱いで体を見ればすぐに人形だとわかる。関節部分などを見れば一目瞭然だ。
「ジェイドさん、あの、ドラゴンって」
「リリファ様、午後の作業の時間です。さ、工房に行きましょう」
「え、ちょっと、アールさん。まだ話が」
「ジェイド様も行きますよ。さささ」
「ああ、そうだな。盗難対策は作業が終わった後でじっくり考えよう」
自動人形は貴重品。普通はそうらしい。俺にとっては当たり前の物だが、それは感覚が違うようだ。
「服を着て関節を隠せばなんとかなるだろう。あまり村人たちと接触させるのはマズいかもしれない」
さてさて困った。やることが増えてしまった。
「なかなかうまくいかないな、まったく」
どんな奴が現れるかわからない。なるべく対応できるようにしておかないとな。
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