第7話

 夕方頃にリリファは回復薬作りに成功した。心配はしていなかったが、リリファが安堵している姿を見ると俺もほっとした。どうもリリファにつられて多少なりとも緊張していたようだ。


 作業を終え夕食をすませた俺たちは二人で俺の部屋に向かった。彼女に自動人形を渡すためだ。


「庭の手入れをしたのがアール。その他にエル、フロン、リアがいる。性能に大差はないが、それぞれ性格が違う」

「自動人形に性格、ですか」


 リリファから話を聞いた。言葉を失っていた原因だ。どうやらリリファには自動人形が言葉を発したこと、意思の疎通ができることに驚いていたようだ。俺にとっては当たる前だが、普通はそうではないらしい。


「アールは物静かな性格をしている。あと、たまに辛辣だ。かなり厳しい毒を吐くことがある」

「毒を吐くっていうのは、物理的にじゃないですよね?」

「言葉がきついってことだ。で、他のなんだが――」


 俺はアール以外の三体の説明をしていく。エルは明るく元気、フロンは姉御肌、リアは腹黒いと説明した。


「どれがいい? 好きな物を言ってくれ」

「……腹黒いのは嫌ですね」

「となるとエルかフロンだな」

「オススメは?」

「性能的には同じだ。性格は違うが、どちらも命令はちゃんと聞く」

「なら、そうですね。エルにしてみます」


 リリファはエルを選んだ。俺はバッグからエルのパーツを取りだすと、リリファに組み立てるように言った。


「整備も自分でしてもらうからな。組み立てながらある程度は構造を覚えておくといい」

「わかりました」


 リリファは俺の指示に従い自動人形を組み立てていく。完成した自動人形はアールと同じ、髪の毛の生えていないマネキンのような見た目をしている。


「起動するには背中に手を置いて魔力を流し込む。魔力を流し込んだ相手が主として登録される。やってみろ」


 リリファは床に座る自動人形エルの背中に手を置いて魔力を流す。するとブーンと言うかすかな駆動音と共にエルが目を覚ました。


「おはよう、エル」

「……うーん、おはよう、ジェイド様」


 目覚めたエルはグーッと伸びをするとピョンと跳ねるように勢い良く立ち上がり、自分の体を目で確かめる。


「エル、異常ありません! ご命令を!」

「あー、今回のマスターは俺じゃない」

「あれ? あ、確かにそうですね」


 エルはリリファに視線を向けるとビッと姿勢良く敬礼する。


「マスター! お名前をどうぞ!」

「え、あ、リリファ、です」

「リリファ様! 素敵なお名前です!」

「あ、ありがとうごさいます」


 リリファはエルの勢いに若干押され気味のようだ。まあ、そのうち慣れるだろう。


「ではマスターリリファ! ご命令を!」


 ズズイッとエルはリリファに近寄りリリファの顔を間近で覗き込む。それに対してリリファは少し引き気味だ。


「とりあえず自動人形の扱いについて説明してやってくれ」

「あ、ジェイド様はマスターじゃないんで余計なこと言わないでください」


 バッサリと切り捨てられた。どうやらちゃんとリリファを主人として認識しているようだ。


「あ、えっと、ジェイドさんの言うとおりでお願いします。まだ扱いがわからないので」

「了解しました!」


 了解の意を示すようにエルはビシッと敬礼する。


「それではお部屋に行きましょう!」


 エルにぐいぐい背中を押されてリリファが部屋へと行ってしまった。それと入れ替わりに作業着姿のアールが部屋に入ってくる。


「報告書です。確認を」


 俺はアールから報告書を受け取る。そこにはずらりと薬草の名が記され、それぞれの状態や生育状況が記載されている。なかなかいい物が揃っている。これならいい薬が作れそうだ


「薬草の管理はアールに任せる。頼んだ」

「承知しました」

「足りない物があれば言ってくれ」


 庭のことはアールに任せておけば問題ないだろう。アールに任せれば俺は師匠としてリリファの指導に専念できる。


「それでジェイド様はいつまでここにいるおつもりで?」

「そうだな。工房がある程度落ち着いてきたらか。半年後か、一年後か」

「そうですか。で、いつ戻るおつもりで?」


 アールの冷たい目が俺を見ている。言葉もどこかトゲトゲしい。まあ、仕方がないだろう。悪いのは俺だ。


「いつまで逃げ続けるつもりですか?」

「逃げているつもりはない。まだその時じゃないだけだ」

「その時とは?」

「その時は、その時だ……」


 ああ、嫌だ。アールはいつもこうだ。フロンとリアも似たような物だが、こいつは小言が多い。


「そもそもなんで俺なんだ? 弟子の中で一番出来が悪い俺が」

「本当ですね。いつまでもウジウジウダウダと情けない。頭が悪いのですから悩んでも無駄でしょうに」

「まあ、確かにそうなんだが……」


 ジジイから離れて十年。未だに決心がつかない。まだまだ足りない。ジジイの後を継ぐには、まだ力不足だ。けして逃げてるわけじゃない。逃げてるわけじゃ……。


「とにかくまだここを離れるつもりはない。頼まれたからには役目を果たす」


 まだその時じゃない。その時が来たら、その時はその時だ。


「そうですか。責任感のお強いことで」

「無責任よりいいだろう」


 ……そうだ。俺には今、やることがある。やることができた。なら、それをやり遂げるまでは、戻らなくてもいいたろう。頼まれたのに無責任に投げ出すわけにはいかない。


「とにかく庭の管理はお前に任せる」

「話を逸らしましたね」

「もういいだろう。今日は寝る」

「そうですか。では話しの続きはまた明日にでも」


 アールは一礼して部屋から出て行く。


「また明日か。はあ……」


 ため息が出てくる。気が重い。


「シジイめ、本当になんで俺なんだ……」


 もっと他にいい奴がいるだろうに、なんで俺が後継者なんだよ。本当に勘弁してくれ。

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