第6話
道具は質がいいから良いというわけではない。そして、良い道具を使えばいい物ができるというわけではない。腕の悪い素人料理人が切れ味の良すぎる包丁を持ってもケガをするだけでまともな料理が作れないのと同じだ。と、ジジイは言っていた。
ジジイの例えはよくわからないが、腕が悪ければいい道具を使っても良い物は作れないというのはわかる。
俺が見るにリリファは良い錬金術師だ。彼女の持っていた道具を見せてもらったが、使い古されてはいたが手入れが行き届いており、道具をとても大事に使っているのがわかった。道具を見れば錬金術師の腕がわかる、というところにまで俺はまだ至っていないが、リリファが錬金術に対して真摯に向き合っていることは道具を見ればわかる。
素材の選び方も良かった。リリファが調薬のために持ってきた薬草やその他の素材は質の良い物ばかりだった。良い目を持っているだけではこうはいかない。ちゃんと知識を身に着けなければ素材の目利きはできないからだ。
だから不安はない。俺は釜と格闘するリリファを見ながら、彼女ならできるだろうとそう感じていた。
「目だけではなく音にも気を付けるんだ」
かなり集中しているのかリリファは黙って作業をしながら、うんうん、とうなづく。この様子なら今日中には釜の癖に慣れることができるだろう。
とは思うのだが。
「じゃあ、俺は庭の手入れに」
「だ、ダメです。そばにいてください」
どうやら俺が離れると不安らしい。しかし、それでは庭の手入れができない。錬金術師にとって素材の確保は重要なのだ。せっかく薬草園があるのだから、早めに使えるようにした方がいい。貴重な素材を栽培できるようになれば質の良い薬を作ることができるのだ。
困った。リリファの言葉を無視して庭に行けばいいだけなのだが。
「……初めての弟子だしなぁ」
そう、リリファは俺の初めての弟子だ。彼女が俺を「師匠」と呼んだのだから、つまりリリファは俺の弟子だ。
弟子。弟子を取るつもりはなかった。そもそも俺は人に物を教えるというのが苦手だ。頭が悪いというのもあるが、教え方を知らないというのもある。人に物を教える方法を教わっていないのだ。
俺はリリファの作業を眺めながら昔のことを思い出す。自分の修行時代のことを思い返す。
俺は孤児だった。五歳までは両親と暮らしていたが、母が死んで父が再婚して、継母は俺を嫌っていて、父も俺を邪魔者扱いしていた。父と継母の間に弟が生まれたことで俺の居場所は無くなった。
ある日、父と母と弟がいなくなった。朝起きると家はもぬけの殻で、俺だけが一人取り残されていた。
夜逃げだ。どうやらかなり借金があったようで、父と継母は弟を連れて家を出て行った。俺だけ置いてだ。
それから俺は路上生活をするようになった。家に押しかけて来た借金取りから逃げるように家を出て、そして、十歳の時、やらかした。
「ほほう。ワシの財布を盗むとはいい度胸だ」
生活に困り俺は盗みをするようになった。だから罰が当たったのかもしれない。あろうことか俺はジジイの財布を盗んでしまったのだ。
「いい目だ。反抗的な目。獣の目。実にいい目だ」
俺はジジイに捕まった。そこから地獄が始まった。
「喜べ。お前を弟子にしてやる」
ジジイの修行は過酷だった。今考えれば明らかに異常だとわかる。
ジジイに捕まった俺は知らない場所に連れていかれた。そこには俺と同い年ぐらいの十歳前後の子供が三十人ほど集められていた。
「走れ。とにかく走れ」
最初の修行。それは走ることだった。ひたすら山を走り続けた。睡眠時間は一時間。休憩時間はほとんどナシ。足を止める時は食事のときか排泄や体を洗う時ぐらいのものだった。
俺は三年間、他の子供と共にひたすら山道を走り続けた。足がボロボロになっても、とがった枝や鋭い刃で体を切っても、自分がどこを走っているのかわからなくなるほど疲れていても、とにかく走り続けた。そして、一時間だけ眠った。
しかし、不思議なことに一時間でスッキリと目覚めることができた。あとでわかったことだが俺や他の子供たちが使っていた寝袋はジジイの用意した魔道具で、一時間で十時間以上の睡眠効果を得られる物だったらしい。そうは言っても走り始めた最初の頃はヘロヘロで、魔道具で睡眠時間を確保できたとしてもなかなか疲労は消えてくれなかった。
だが、三年も走り続けていると慣れてくるものだ。二十三時間走り一時間寝るという今考えると非常識な生活に、その修行が終わる頃にはすっかり慣れてしまっていた。
そんな修行がある日、突然終わった。気が付くと子供たちは俺を含んで八人ほどになっていた。
「よしよし。馴染んでいるな。しかし、さて、何人残るか」
俺たちはジジイに連れられて次の修行の場所に向かった。のだが、俺はその修行を覚えていない。
「さあ、お前たち。これを飲むんだ」
残った俺たち八人は何かの薬を飲まされた。その薬が何のかわからないが、気が付くと一年が経っていた。そして、俺一人になっていた。
俺だけが最後まで残っていた。
他の子供たちがどうなったのかわからない。気にはなったが、それどころではなかった。本格的なジジイの修行が始まったからだ。
修行は読み書き計算から始まった。それから錬金術の基礎、応用、実習、対人や対魔物の戦闘訓練、さらには地理や大陸の歴史、神話や伝説、その他あらゆることを教えられた。それらを学びながらジジイの身の回りの世話をし、ジジイの旅にも付き合った。ジジイに連れられてジジイの弟子である姉兄弟子たちにも出会った。
必死だった。ジジイのところで二十年間必死に修行した。そして、十年前にジジイの元を離れて一人旅を始めた。
俺は修行時代のことを思い返す。そして、考える。リリファに俺が受けた修行と同じことをさせるのはさすがにどうなのだろうか、と。
普通。普通とは何なのか。リリファは俺が普通ではないと言った。そうなると俺が受けた修行は普通ではないのだろう。
そう言えばリリファはどんな修行を受けたのだろう。時間がある時に聞いてみるか。
「……ちょっと休憩、します」
いろいろと考えているとリリファが調薬の手を止めた。俺は釜の中を確認する。どうやら順調なようだ。一旦休憩を取っても問題ないだろう。
なら俺はこの間に庭の手入れを始めよう。と言っても休憩の後もリリファに付き合わなければならないだろうから、その間に庭の草むしり程度は終わらせておきたい。
「庭に行ってくる」
「私も行きます。外の空気を吸いたいので」
確かにそれもいいだろう。工房の中にこもって作業をしていたのだ。少し息抜きをしてもいいだろう。
「いい天気ですね」
俺と一緒に庭に出たリリファは大きく深呼吸をしている。さて、俺もリリファの休憩時間が終わる前にさっさと済ませよう。
確かあれがバッグの中に入っていたはずだ。
「よっと」
「ひぃっ!?」
頭に、胴体に、腕に、脚。中の魔石心臓も問題なさそうだ。
「ひ、人の頭!?」
「
「自動人形!? そんなもの持ってるんですか!?」
「驚くことはないだろう」
「いやいや驚きますよ! いくらすると思ってるんですか!」
「さあ? 自分で作ったからな」
「作った!?」
いちいち驚きすぎだ。確かに高価な素材を使用してはいるが、全部自分でそろえればそう高くもない。それより問題は出来栄え、完成度だ。久しぶりに組み立てて確認したが、やはりログルス兄さんの物に比べたらまだまだだ。
「これぐらい誰でもでき……。できないのか?」
リリファが驚いている。もしや、これも普通じゃないのか?
「持ってませんしできません。普通は専門の職人が何カ月もかけて作る物です」
「そうなのか。俺は二週間でできたが」
「……おかしいですよ、それ」
やはりそうなのか。自動人形は錬金術師なら誰でも持ってると思っていたが、どうやらそうではないのかもしれない。
「あの、見せてもらってもいいですか?」
「ああ、構わない」
自動人形なんざ珍しくもないと思っていたが、興味深げに観察するリリファを見るにそれなりに珍しい物のようだ。俺はあと三体持っているが、それも普通ではないのだろう。
「すごい。こんな精巧な物の見たことがない」
リリファが人形の背中を開けて内部構造を見ている。お世辞にも出来がいいとはいえないから、あまりじっくり見られたくはないんだが。
「そんなに気になるなら一体やろうか?」
「くれるんですか!? と言うかほかにも!?」
「ああ。あと三体ある。好きなのを持っていけ」
俺は四体の自動人形を持っている。すべて同じタイプだ。体つきは男にも女にも見えるように中性的に作ってある。
本当ならもっとこう、オーガ型やらオーク型のがっしりして力強いタイプの物を作りたかったのだが、俺に自動人形の作り方を教えてくれたログルス兄さんが許してくれなかった。兄さんは造形美や肉体美に強いこだわりを持っていて、特に女性的な美しさを追求していた。だが、女性的な美しさを求めると強度的に問題が出てくる。いくら頑丈に作ろうとも、女性の細腕は細腕なのだ。
顔の作りもそうだ。ログルス兄さんは美しい顔立ちにこだわっていた。俺はとりあえず不自然ではなければいいと、男にも女にも見えるように顔を造形したが、兄さんは美女や美少女ばかり作っていた。
やはり自分の意にそぐわない物を作るというのはどこかに無理が出てくるものだ。丹精込めて作った作品だから大事にはしているが、納得いっていない部分もある。いつか自分の思う最高の自動人形を作ってみたいものだ。
そんな納得いっていない物をリリファに渡すというのも申し訳ない気もするが、いずれリリファも自動人形を作る時が来るだろう。その参考にしてもらいたい。
「服やカツラなんかは自分で用意してくれ」
「はい。それぐらいはやらせてください」
渡すのはあとで、と言うことで今日の作業が一通り終わってから、人形をリリファに渡すことにした。
俺は組み立てた人形を起動させる。
「……おはようございます、マスタージェイド」
「!!!?」
なぜだかリリファが絶句している。言葉を失う理由がわからない。が、それは後で確認するとしよう。
「オーダーを」
「まずは庭の草むしり。それから庭に植えられている薬草類の状態を確認して報告書を作っておいてくれ。ああ、あと柵が壊れているからその修理も頼む。道具や資材はバッグの中から持って行っていい。作業着もバッグの中から適当に選んでくれ」
「承知しました」
指示を出せば自動人形は自分で考えて動いてくれる。あとは任せていいだろう。
「作業に戻るか」
「……はい」
リリファはなぜか釈然としない顔をしているが、なぜそんな顔をしているのか。もしや自動人形が嫌いなのか? いや、一体譲ると言った時に喜んでいたからそうでもないのか。
わからん。さっぱりわからん。若い女の気持ちは、よくわからん。
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