第5話

 私がこわごわと顔色を窺うと、恵理は相変わらず寂しげな顔をして、花壇の方にぼんやりとした視線を向けているようだった。明るい茶色の瞳に光が当たって、ガラス玉のように透き通った感じになって綺麗だ。私はつい、彼女を苦手なのも忘れて、その横顔に見とれてしまった。色白だし、目鼻立ちもくっきりしているし、お人形さんのようだと思った。加えて、まつげも眉毛も茶色いところを見ると、もしかしたら髪が明るい色なのも染めたからではなく、生まれつきなのかなと思った。頬を彩るそばかすも、うつむいたときに見える長いまつげも、ごく自然な感じ。よく見ると、化粧が濃いのは唇を染める真っ赤なルージュだけのようだった。別に、だからと言ってどうというわけではないけど。

 私の無遠慮な視線には構わず、恵理は話を続ける。



「実は私、結構前から山下のこと気になっていたんだ。静かで、他の子と雰囲気も違って、何だか頭も良さそうで…」


 恵理はここで、困ったように空を仰ぎ、視線を宙に泳がせる。続きの言葉を言うべきかどうかで迷っているのだろうか。それとも、ちょうど良い言葉が見つからないのかもしれない。短い沈黙の後、彼女はためらいながらも再び口を開いた。


「それで、時々見ていたら、いつも一人で、何だか寂しそうで、心配だから声をかけようと思ったけど、その…友だちの目もあるから、なかなか話しかけられなくて。ごめんね、急にこんな話。いきなりそんなこと言われても困るよね」


――いや、大丈夫、別に気にしてないよ。むしろそう思ってもらえて嬉しい。


 そんな風に、自分の気持ちを素直に表現できたらどんなに良かっただろう。でもたったこれだけのことで感動して大げさに騒ぎ立てるのも恥ずかしいし、何より勘違いしてるイタイ人だと思われたくなかったので、私は頭を小さく横に振るだけにとどめておいた。


 私の微妙な反応に困ったのか、曖昧に笑った後、今までと変わらない明るい調子で、恵理は次のように語った。


「あたしの知り合いでも、一人いたんだよね。その手のことで、建物の上から飛び降りかけた子が。ま、この学校じゃないし、未遂に終わったんだけど。事情は知らないけどさ、あんまり思い詰めない方がいいよ。どうせあと1年ちょっとで出ていく場所なんだから」


――確かに、そうだよね。だけど、その「1年ちょっと」が問題なんだ。


 そう言おうと思って、やめた。そんなことは、恵理にだって十分わかっているはずだった。だって、同じ中学生だもの。そんなの今だけだよ、などと言って問題を軽くあしらおうとする、知ったかぶりの大人たちとはわけが違う。


 私を簡単に諭し終えたところで、恵理は何かを思い出したかのように唐突に立ち上がる。何だろうと思ったら、あと3分ほどで、朝のホームルームが始まる時刻だった。。


「じゃ、こっちは教室に戻るから、また後で話そう。これ以上遅刻がかさむと、そろそろ内申がやばいんだよね。山下って、あたしのLINE知ってたっけ?」


 私が知らないと答えると、恵理はこちらにスマートフォンの画面をこちらに見せて言う。


「あたしのID、これだから。家に帰ってからでいいからちゃんと登録しといてね。バイバイ」


 そうしてそのまま、足元のカバンを掴むと、何も言えないまま固まっている私を置いて慌ただしく走り去ってしまった。

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