第3話

「ねえ、そこにいるの、山下だよね?」


 振り返ってみると、同じクラスの島村しまむら恵理えりがいた。明るい茶色に染めた髪、濃い色の口紅を塗った真っ赤な唇。下着が見えないぎりぎりのところまで短くしたミニスカートに、第2ボタンまで開けたブラウスと、ゴムを伸ばしてもっと下の方まで垂らしたリボン。どちらかといえばケバくて、見た目からして私の苦手なタイプの子である。こういうのを巷ではギャルというのだろうか。遅刻はほぼ毎日のことで、いつも大体3時間目くらいに来る。欠席も多く、週に2、3回は休んでいるので、学校をサボって近所の不良グループと遊んでいるのではないかという噂もあるくらいだ。そういうわけで先生たちからのおぼえもあまり良くない。

 

 だから、彼女がベンチのところまで来て、隣に座っていいかと尋ねてきたときには思わずぎょっとしてしまった。それでも、彼女を怒らせるのは怖かったので、不本意ながら小さく頷いて承諾の意を示した。彼女はすぐ隣に来て、ベンチに足を投げ出すようにしてどさっと腰を下ろした。失礼だが座り方からして不良だなと思った。ここでタバコを取りだしても何の違和感もない、と言ったら言い過ぎかもしれないが、少なくともおしとやかな女の子ならこんな座り方はしない。やっぱり不良かギャルなのだろう。


 恵理は鞄の中をごそごそ探しながら私に言う。


「山下は、よくここに来るの?」


 彼女の手には、校内使用禁止のスマートフォン。右手の親指だけで器用に操作している。自分から話しかけてきた割には、さっきからずっと手元の画面を見たままで、こちらに視線を向けようとしない。きっと、私とはあまり話したことがないから、やりにくさを感じているのだろう。そもそも、最初から、私なんかには興味がないのかもしれない。でもだとしたら、どうしてここまでついてきたんだろ。まさかわざわざ意地悪をするために追いかけてくるほど、暇じゃないよね。


 先程の悪口を言っていたグループの中に彼女はいなかったと思うけど、なんせギャルだし私のような根暗のことを馬鹿にしていてもおかしくはないはず。だとしたら、いっそうこのおかしな習慣、つまり落ち込んだときに花壇を訪れるという奇妙な習慣のことを余計に知られるわけにはいかなかった。こんな雑草だらけで、何も見るもののない花壇の周りを、しかもたった一人でウロウロしているなんて、どう考えてもおかしい。それだけで変人だと思われても不思議はない。たぶん、ギャルでない普通の人だって、こんなさみしいことをしている人がいたら馬鹿にするに違いない。常識のある普通の女の子なら引くか、馬鹿にするかのどちらかだろう。私は一人で勝手に慌てて、懸命に自己弁護を試みようとした。


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