第5話
鉱山の地下には夜を知らぬ街がある。
巨大化したアリの巣と見紛うような外観、三次元的な歓楽街には色とりどりにネオンが灯り、未来都市のような風情すらあった。
ダンジョンに根付いた街だ。往路は気まぐれに形を変え、真っ当な建築物など一つも見当たらない。
石を投げれば、当たるのは浮浪者か魔物か冒険者だろう。
穴倉紛いの宿にぼったくられた挙句、運悪く地殻変動に遭遇し、野ざらしで目を覚ますなんて笑い草も、もはや日常茶飯事だ。
道は変われど、街の雰囲気は変わらない。久方振りの再会を果たしたシキにうつるのは、むせかえるような生活臭と、猥雑な店舗看板の数々だ。
張り巡らされるテントの軒先にはガラクタが並び、ダンジョンに清掃されるからと、道にはゴミ山が築かれている。屋根を中継した係留ロープに洗濯物がずらりと垂れて、その下で、子供たちが跳ねまわっている。
何もかもが変わらない。
郷愁に浸るシキを前に女が飛び出してきた。
ちょうどネイアの新人研修の時の娘である。
「おお、先生!元気ですか?」
左手には赤子を抱くように酒瓶を受け止めている。
三日ぶりの再会といえど、偶然の邂逅となれば喜びもひとしおで、それはシキにとっても同様であった。
「その様子だと、勝ったんだな?」
ギャンブル依存症の彼女には、冒険者としてのイロハを教えてやった。そのことで、シキが高圧的に振舞うつもりはなかったが、彼女はやけにへりくだった。
「いや、先生。勝とうと負けようと、酒は賭け事の友ですから」
二人は付かずとも離れることなく、喧騒に埋もれながらも、目的地を定めずに歩みを進めた。
「そういえば、エルフの娘がルストの宿に押しかけてたんすよ。ルスト、また何かやらかしました?」
エルフの娘といえばネイアのことだろう。やはりエルフは利育鉱山街でも珍しいらしく、彼女の噂はたちどころに広まっているようだ。
シキの口元がわずかに緩む。
飯よりも仕事を優先した彼女の心根が嬉しかった。
会社を愛すべきだ、などというブラックな社訓を持つわけではないが、彼女なりの誠意を感じ取ったのである。
もっともルストとネイア、二人の組み合わせには若干の期待があった。
一言で言えば、ルストもまたネイアと同じタイプである。
自堕落で調子のいいおてんば娘、それでいて、ルストは少々人見知りが行き過ぎるきらいがあった。それでも、優秀な冒険者とあって、借金に追われるには惜しい人材だ。
「安心しろ、エルフはウチの従業員だ」
「妹弟子ってことですか?嬉しいな。今度遊びに行きますね?」
「ああ、酒は持ってきてくれるなよ?」
事情を察した彼女は、笑いをこらえて、分かりましたとだけ返事をした。
「ルストの宿はどこだ?」
「ルストばっかりじゃないですか。今度は私にも付き合ってくださいよ」
酒瓶を振りかざす彼女に、シキは思わず苦笑を浮かべた。
「ああ、もちろんだ。仕事が一息ついたらな」
「そればっかりじゃないですか?はぁ。まぁ、いいですけど。それと、ルストの宿はあっちです」
日光を知らぬ肌がスラリと伸びて、北東を指した。シキは礼を言って、別れを告げる。
シキが離れる傍らで、彼女は波立つ喧騒に呑まれていく。
雑踏の中から酒瓶を持った手が、此方に振られている。
橙色ビンの内側で、酒がぐるぐると回り続けるのを視界の隅に収めながら、ルストのことを思い描いていた。
ルスト・ルネサンス。冒険者としては、間違いなく天才の部類に入るだろう。鉱山ダンジョンの最下層探索者にして、生粋の人格破綻者。
彼女を擁するパーティーは、記録を打ち立てて早々に、自然消滅の憂き目に遭った。原因の一端となった彼女を慮って、傷心休暇を取ってみたらどうかという提案が為された。
パーティー解散は随分と心を抉ったらしい。
傷心休暇は随分と長引いた。自堕落な生活は、彼女の莫大な給与をも蝕んだ。
借金といえば、近辺ではシキのところしかないわけで、シキがその事態を把握したころにはとっくに手遅れだった。
無気力な元冒険者は、今も宿屋でぐうたら三昧。
時折、彼女の下へ訪れることもあったが、やる気を引き出すどころか、その怠惰さを後押してしまう。
そして今、ネイアもまた、同じ状況になりつつある。
第二のルストを生み出さないように、或いは、ルストの問題を解決すべく、彼女たちをぶつけてみようという算段であった。
シキは思う。我ながら、なんとお粗末な作戦なのだろうか。
気づけば、一歩先にはルストの家があって、数歩進めば、その洞穴へと足を踏み入れることになる。扉の前に誰の影もないということは、ネイアは中か、もしくはもう事はとうに済んだのか。
前者だろうと思う。
一筋縄ではいかないはずだ。ルストに借金の当てがあるとは思えないし、ネイアにしたって、ないと言われて帰るようには思えない。
ならば、中か。
扉を叩くかどうか暫し悩んだ。
だが、そんな悩みを嘲笑うかのように扉は自発的に開いた。
「不審者!出ていきなさい!」
「だから、私は借金の取り立てに…」
「わけわかんないこと言わないで!」
キャットファイトというには、少々物騒すぎる戦いの幕が切って落とされた。
開かれたドアは壁ごと薙ぎ払われ、ルストの半身がちらりと垣間見える。対し、窮地に立たされたのはネイアだ。ドアを開いて逃げたはいいものの、まさかドアごとぶち破られるとは思いもしないだろう。
しかし、彼女は丸ごと飛び越えて見せた。剣戟も、シキの予想も。
風の魔法の気配を察したのは、シキだけであっただろう。短い詠唱回しは魔術師のそれで、酒飲みでも、自堕落でも、ネイアはエルフであって、魔術の才能は人間とは比較にもならない。
詠唱短縮、語尾接続、連単詩、定義の拡大解釈。
見る者が見れば、舌を巻くような技術の数々だ。終いに名称指定を行い、芸術に半ば足を突っ込んだ魔法は完成する。
「霜竜巻」
局所的な大災害がその場を支配する。
分厚い冷気がシキの身体を取り囲んだ。荒れ狂う暴風は、ダンジョン謹製の壁をガリガリと削り、けたたましい破壊音が辺りに散る。
暴虐無比なる化身がその場に顕現したかの如く、街の隅にある小さな宿屋は丸ごと凍りついた。
その中心にいるルストにはひとたまりもないはずで、しかし、そんな素振りを一つも見せず、ルストは無傷で払いのけた。
「新聞は取ってないし、取るつもりもない」
ネイアは叫ぶ。
「だから、そんなこと、一言も言ってないです」
木刀を握る手を強く締めた。霜の降りた長髪を振り、寒さに白んだ吐息を大きく吐いて、燃え盛るような紅眼をネイアに向ける。
「じゃあ、一体、お前は誰なんだ?」
「話を聞いてください!」
色とりどりの閃光が迸る。つんざくような衝撃音が淡々と鳴り続ける。
二人の激闘は五分にも、或いは永遠にも思えるほど続く。
決着は、大家の一喝でついた。
シキが後に語ったところによれば、確かに止めようとはしたそうだ。
それでも、ダンジョンは生きている。どれほど激しい戦いで荒れ果てようと、数日もすれば元通りになる。
だが、そんなことは隣人たちにとってどうでもいい話だ。
かくして宿を追い出されることとなったルストを、シキは困惑気味に眺めていた。
社員として迎え入れるべきか。シキは思い悩むこととなった。
金貸しとエルフ 山井 @kikiku090
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