第4話

 シキの仕事部屋には統一感がまるでなかった。

 革張りの上等なソファは、錆び付いたパイプ椅子と肩を寄せ合い、木目張りの机は、この地下の空間で場違いな存在を主張している。

 机上には百均の水瓶が鎮座し、棚下にはアミューズメントパークのティーセットが所狭しと並んでいる。全て旧時代の遺物であって、紛れもない一級品だ。


 並ぶ品々は、ダンジョンのお宝で、思い出で、シキにとっては代えがたいものばかり。


 秤ばかりは、遠縁から買い付けたものであるが仕方ない。

 手狭な部屋だ。これ以上、家具を増やすこともないと、そうシキは思っていた。


 ネイアが百均の水瓶でコーヒーを淹れる傍らで、ティーカップは埃を被っている──そんな光景を背に、シキは僅かばかりの違和感を覚えていた。


「これはなんだ?」

 新人研修から三日の時が経ち、共同生活にも慣れてきた頃、部屋には丸っこいスライム型の物品が持ち込まれていた。

「クッションです」


 耳を揺らし、クッションをぎゅっと握り締めるネイアの様子は、上機嫌そのもの。

 上司として、何か気の利いた言葉をやろうとしたシキだったが、喉元にはやはり異物が引っ掛かっていた。


 クッションには値札まで付いている。この値札つき、というのは、旧時代の遺物を示す一種のステイタスだ。

 生半可な値段ではないはず。


「給料は何に使ったんだ?」

「もちろん、クッションです」

 自慢げに胸を張ったネイアの声は、白々しくもあり、どこか飄々とした趣。


「俺は値段を聞いているんだ」

「全部です。給料を全て使いました」

「俺は今週分渡したといったよな?中には食費も、なんなら宿代だって含まれていた」

 部下と言えど、年頃の女性と一つ屋根の下というのは外聞が悪い。そのためにシキは給料は多めに渡したはずだった。


「だ、大丈夫ですって。古来、エルフには霞を食べて生きた長老もいたと聞いています」

 ネイアの目が泳いだ。下手くそな口笛を奏で、子供のように誤魔化す彼女をじっと見つめる。

 射貫くような視線にネイアも折れて、本音を溢した。

「昨日から、何も食べていません」


 ネイアの言葉に、腹の音が後を追った。やはりというべきか、予想が的中したことにシキは溜息を吐いた。

「借金はしてないだろうな?」

「っもちろんです。ただ、少しだけ。ほんの少しだけ貸してもらえませんか?食費の分だけ」


 たぎる怒りが拳をグーに締め上げた。シキは怒りの鉄槌をクッションへと振り下ろす。

 ぼふん。

「や、やめてください。この子を虐めないで」

「返してきなさい」

「嫌です。この子のお世話は私がするんです」


 迷子の犬を拾って来たわけでもあるまいに、ネイアはクッションを抱きしめて離さない。この三日間、彼女の活躍が華々しいものであれば、譲歩の余地もあっただろう。

 現実には、ネイアは眠り姫の如く三日間をやり過ごした。つまり、所かまわず眠りに落ち、一度眠ればテコでも動かなかった。


 そんな彼女にクッションを与えればどうなるかなど、想像に容易い話だ。

「わ、私の腰も限界なんですよ!」

 窮地に陥ったネイアは、禁じ手を切った。

 わなわなと震える彼女は紅潮し耳まで朱に染まっている。こうなれば、弱いのはシキだ。彼女の熱演に、シキは到底太刀打ちできない。

「いいだろう」

 今日という今日は、決して引くことも出来ない。

 ネイアを真人間にするために、シキは覚悟を決めた。


 小言の終わりを察したネイアは、ほっと息を吐いた。

 すかさず、シキはぐっと身体を寄せて

「条件だ。取り立てを三件こなしてもらう。それまで、俺がクッションを預からせてもらおう」


 取り立て、金を滞納する債務者から、債務を回収する仕事のことだ。

 暴力事を茶飯時とする冒険者相手に、脅しは通用しない。金がないと言われて、どう立ち回るかが肝となる。シキにとっても出来る事なら避けたい業務であった。


 ネイアの瞳が揺らぐ。業務の軽重を測りかねた。

 しかし、だからといって、泣き言を吐いてもいられない。シキの苦々しい表情を見て、ネイアはそう結論付けた。


「そんなの簡単ですよ。ちゃちゃっと終わらせます」

 シキが取り出した書類を乱暴に受け取ったネイアは、紙をぺらぺらとめくり上げた。


 犯罪者を相手取るわけでもあるまいに、何を恐れることがあるのか?

 自信に発破をかけて、無理やりに笑顔を形作った。


 ネイアは席を立った。重い胸中を悟られないようにと、かえって軽い足取りで外へと向かう。

「飯の金はいいのか?」

 シキの言葉に、ネイアは恥ずかし気にいそいそと戻って来る。金を受け取って、ペコリと一礼。顔を伏せて、逃げ出すように外へと飛び出た。


 仕切りがたなびき、シキは部屋で一人きり

 淀んだ空気を換気口が懸命にかき回している。しかし、シキの胸中が晴れることはない。


 思えば、一人では広すぎた部屋も、二人で住まうには窮屈さが目立つ。

 短い期間であったが、三日も共にいた。少々、苛立ちも溜まっていたのかもしれない。それでも、ネイアに問題がなかったと言えば、嘘になる。


 彼女は日増しにふてぶてしさを増し、猫のような自堕落さを遺憾なく発揮していた。

 何かしなければ、と思うのは当然だった。


 だが、一時の激情に身を委ねてしまったのも確かで、それはわだかまりとなってシキの心に残った。

 取り立ては、金貸しの業務でも嫌な役回りだ。ネイアを正社員登用するつもりでもなければ、任せる気はなかった。



 シキのような冒険者あがりは、暴力に晒されることも少ない。

 だが、ネイアはどうだろうか?

 異種族で、女性で、おまけに借金持ち。舐められるのは必携で、彼女の強さは未知数ときた。



 俄然、心配が勝ってくる。


 どこか道端で、眠りこけてはいないだろうか?

 乱暴者の冒険者に、暴言でもぶつけられないだろうか?


 不安の種はみるみる膨らむ。無意識の貧乏ゆすりに、ティーセットがカタカタと音を鳴らして応えた。コーヒーに口を付けるも、ネイアの注いだそれはもうとっくに冷めている。

 頭上で回る換気口のプロペラは、着実に時を削り取っていく。

 シキの不安がついに弾けた。


 彼は木剣を帯刀し、いそいそと支度を始める。ネイアの後を追うことに決めたのだった。




 支度を終えたシキは坑道に出た。


 煌々と照らされた左手手前に対し、右手側面は冷たい闇がじっとこちらを見据えている。

 これは『行き』を表す。

 本来であれば、灯火の左右は、地下深くへと潜る標識のような役割だったのだろうと推測される。

 しかし、今は違う。


 ここはダンジョンだ。行く先となれば死と決まっている。危険をしょって奥に進む者は冒険者しかいない。


 シキは『帰り』へと顔を向けた。ネイアの姿はない。

 移住区の飯屋に向かったのだろう。


 まさか、仕事を優先することもあるまい。後ろ向きの期待をネイアにぶつけ、シキは足を踏み出した。

 ひとまずは飯屋に、それもいないことを祈りつつ。

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