第4話 たれ流しキリングマシーン
あれは小学三年生くらいのときだ。
僕の家にはゲームがそれなりにそろっていて、友達がよく遊びにやってきた。
翔太もその一人だった。
その日は新作格ゲー発売後の最初の土曜日だった。
翔太は男兄弟の次男で、ゲーム購入の決定権がない。その格ゲーも「誕生日まで我慢」ということで泣く泣く諦めたのだ。
僕の家にやってくるのは必然だった。
ただ一つ、通常と違うのは、僕がちょっと前にとあるホビー漫画を読んだこと。
同じライバルでもある友人を相手に試合をしたとき、無意識で手を抜いてしまい「友達だと思うなら本気でこい!」と怒られるシーンだ。
本気でやるのが本当の友情なのだ。
だから、本気でやった。
5戦やって5戦とも勝った。
最後の2戦なんてパーフェクトだった。
「ふざけんなッ!」
超必殺技のフィニッシュブローにより見事なパーフェクト負けを食らった翔太は、床にコントローラーを叩きつけ、泣きながら帰っていった。
僕は悟った。
マンガなんて所詮は絵空事。
真に受けちゃいけなかったんだ。
さて、同じ絵空事であるゲームキャラの死に、本気で怒った琴吹先輩。
これは、僕が悪いのだろうか。
いやいや、ゲームにムキになるほうがおかしいでしょ、とは思う。けど、さっきの翔太の例だって、僕が原因であったことはわかる。プレイ初日の初心者に、
では今回は?
所詮はゲームである。しかも対人ですらなく、完全なソロプレイ。高度なAIをウリにしている信長の野望とはいえ、ただのプログラムである。兵数は数字でしかなく、減っても時間経過で回復する。
『兵士は数字じゃない! 一人ひとりが人間なんだ!』
戦争ものの物語によくあるセリフだけど、戦争ゲームの兵士は数字ですよ?
数字なんだけど、ゲームになじみがない琴吹先輩にはその前提が通じなかったのかもしれない。
太原雪斎はおじいさんに似てるとも言っていた。直前には今川家のエピソードも見ていたし、感情移入していたのかもしれない。
分析したところで、彼女の怒りが鎮まるわけでもないんだけど。
さらにいえば、別に鎮めなくなっていいんだけど。
もういいだろ、別に。たまたま出会ってゲームしただけで、それが元に戻っただけ。生徒会長の才女なんて、そもそも別世界の人なんだから。もう二度と会うことがない人のことを気にしたって仕方ない。地球は今日も回って
『殺したのかと聞いているんだッ!』
フラッシュバックして、思わず身震いする。
眼鏡越しの瞳は燃えるような炎を宿していた――ように見えた。涙の膜が光を乱反射して揺らめいてるように見えただけだろうけど。
おっかなかった。
誰にするでもない言い訳を延々と脳内で繰り返すくらいには、ビビってしまった。
結局、ゲームもあれから進んでいない。
無理やり進めようとしたけど、斎藤利政の軍勢に押し負けてしまった。
そのまま漫然とプレイしていたら、斎藤家に今川家、ついでに西方にいた本願寺家にも攻められて滅亡してしまった。
今川家を倒した時点でセーブしているので戻ることはできたが、やる気が起きずそのままだ。
今川家とぶつかる直前――太原雪斎が生きてるとき――のセーブデータもとってあるので、そこに戻ることもできるが、それも違う気がした。
そんなわけでぐるぐると一晩すごしたあと、登校したところで、正門前で琴吹先輩がいた。
「うっ」
見かけた瞬間、電柱の陰に隠れてしまった。
心臓が無意味に早鐘のように動きまくる。変な汗も出てきた。道行く生徒たちがこっちを不思議そうに横目で見てるが、どうしようもない。
落ち着け。ただの生徒会の立哨だ。他の生徒もいるし、何食わぬわぬ顔でいけば見逃してくれるだろう。
ゆっくり呼吸するように努めながら、琴吹先輩の顔を思い出す。
昨日の剣幕とは打って変わって、気の抜けた表情だった。
あれはどういう――
「かいちょー! 助けて!」
甲高い悲鳴が校門前から上げられた。
注意深く電柱裏から覗き見ると、髪を染めた、いかにもなギャルの女子生徒が琴吹先輩に駆け寄っていった。
その彼女を追いかけるように、いかつい男子生徒が追いかけてきた。色黒マッチョ。
「待てよ! お前、俺と別れるってどいういうことだよ!」
「うっさい! 浮気したから! 以上!」
なんとわかりやすい構図。
ギャルさんは琴吹先輩の後ろに隠れて、強気に罵倒する。
琴吹先輩は脱力した表情を動かさず、
「ひとまず落ち着いたらいかがかな」
「あんた関係ないだろ! お前、ちょっと来い――」
琴吹先輩越しにギャルを強引に捕まえようと、腕を伸ばすマッチョ。
琴吹先輩はその腕を掴み、マッチョの懐に入り込みつつ、反転。
マッチョの巨体が宙を舞う。
見事な一本背負いである。
「おおっ、さすがかいちょー、かっこいい!」
ギャルさん大興奮。
「って、え、かいちょー?」
琴吹先輩は、つかんだままのマッチョの腕を両足ではさみ地面に倒れ込む。足と地面で固定したマッチョの腕を体重と背筋によって限界まで引き延ばした。
「あだだだだだ!」
マッチョが悶絶。
いわゆる腕ひしぎ十字固め。
表情一つ変えぬまま極めにかかってる。
「ちょ、かいちょー待って! やりすぎだって! あとスカートで寝技はやばいって!」
「――ああ、すまない。ぼーっとしてた」
技を解き、スカートの埃を払う。
マッチョは右腕を押さえながら走り去っていった。
「マジでかいちょー頼りなるぅ。てか柔道やってたん?」
「体育の授業でやっただけだが」
「体育で腕ひしぎ十字固めはやらんしょ」
「そういう名前なのか? オリンピック中継でちらっと見ただけだから」
「チラ見の極め技をぼんやり出しちゃうって、どんだけキリングマシーンなんよ!」
ギャルはケラケラ笑うが、琴吹先輩は相変わらず視点が定まっていない。
「個の力などなんになろう。大義をなすのは、人を結びつける力ではないか」
「かいちょー、意味深すぎてイミフすぎ! ウケる~」
予鈴が鳴る。ギャルさんは笑いながら会長の手を取り、校舎へと戻っていく。
電柱の陰から様子をうかがっていた僕も、登校せねば。
やはり昨日の今日で琴吹先輩と顔を合わせるのは気まずい。いや、僕のことなんて気にも留めないかもしれないけど、それはそれでなんかつらい。
ここは顔を合わさず結論をあいまいにしておくのが吉だろう。
生徒会長と陰キャ後輩。学年はおろか住む世界さえも違う僕たちなのだ。もう出会うこともないだろう。
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